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ソレがいつから存在するのかは、誰も知らない。
異界へと繋がる、異形の建造物…「ダンジョン」。
天を貫くようにそびえ立つ巨塔…海底に鎮座する神殿…。
未知の技術で造られた工場群…奈落へと続く古代遺跡…。
別世界の史実が産み出した、影の牢獄…。
いずれも、未知の敵性生命体…「モンスター」が徘徊し、それらは時にダンジョン外へと漏れ出し人を襲う。
そんな危険な「ダンジョン」に潜り、探索し、「モンスター」を倒す…。
…それが、「魔導士」達だ。
古の時代より受け継がれし秘儀…「魔法」を操り、人類に仇なす邪悪な異形と戦う存在。
残念なのはその技術の専門性から絶対数が極端に少ない事…だった。
だが、ダンジョンから産出する未知の素材と科学技術が、現代に生きる魔導士達の戦い方を大きく変えることとなった。
本来なら複雑な呪文詠唱や精密な魔法陣が必要な魔法を、魔導書アプリ…通称「グリモア」と、魔法の演算処理に特化した専用のスマートフォン「ワンドロイド」を使用することで手順の簡略化に成功。
「魔導書」を「アプリ」に。
「杖」を「スマホ」に持ち替えたのだ。
この技術革新によって、一部の才ある者だけのものだった「魔法」は急速に一般化することとなる。
常に人材が不足していた「魔導士」が大量生産されたことにより、事態は好転。
人類は脅かされ続けた「ダンジョン」に対し、遂に反旗を翻す事となったのだ。
◇ ◇ ◇ ◇
「…あぁ…?」
目を覚ますと、俺は涎を垂らしながらテーブルに突っ伏していた。
…寝てたのか?
…そうだ!オヤジから「ワンドロイド」が送られてきて…!
思い出した俺はテーブルの上のソレに目をやった。
…そこには、傷一つ無く光沢を放つディスプレイが。
…あれ?
確かコレ、画面に大きなひび割れが入っていたと思ったんだが…。
…それに、本体の方もボロボロだった筈だ。
何が起こった?
…まさか。
話に聞いた事がある。
「ワンドロイド」はダンジョン素材と最新科学技術の結晶。
高純度の魔石をコアに使用し、外装はモンスターの外殻や希少な鉱石が原材料だとか。
…それ故に、非常に高額らしい。
低価格帯のエントリーモデルでさえ、高級車が買える金額。
使われている素材や技術を思えば仕方が無いことなのだろうが…。
そんな「ワンドロイド」の中でも、一部のハイエンドクラス…最高級・最高品質の品には、ある特別な機能が搭載されている…らしい。
それが、持ち主の魔力を使用して故障や外傷を治す「自己修復機能」だ。
…そういえば、気を失う前にそんな表示が出ていた気も…。
…そうか、俺が気を失ったのって、俗に言う「魔力切れ」ってヤツだったのか…。
…ってことは俺、魔力あったんだな。
まぁ、量の大小はあれど魔力持ちって、二~三人に一人位の割合だったハズだから…それほど珍しい話でもないのか…?
改めて、俺はテーブルの上の「ワンドロイド」に手を伸ばす。
…大丈夫…だよな?
…また魔力吸われたりしないだろうな?
おっかなびっくり「ワンドロイド」を手に取り、再度ホームボタンを押す。
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[System]
本体の修復が終了いたしました。
▼進行度…100%(complete!)
■■■■■■■■■■
────────────────
あ…なんか完了してる…。
修復…やっぱり「自己修復機能」が働いたみたいだな。
って事は…このワンドロイド、ハイエンドクラスの超高級品ってコトかっ!?
…なんでそんなモノをオヤジが!?
つーか…もしかしなくてもだけど。
…ウチのオヤジ、なにかとんでもない事件に巻き込まれてる?
汚れた封筒で届けられた、ボロボロのワンドロイド…。
しかもソレが超高級品のハイエンドクラスって…。
…駄目だ、情報が少ない状態であれこれ考えても混乱するだけだ。
この事実からは一旦目を逸らそう。
今は、このワンドロイドの中身を確かめるのが先決だ。
意を決した俺は、修復の終了を告げるワンドロイドの画面をタップした。
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AM10:16 θθθ
[☸]
Little Key
◀ ◎ ■
────────────────
これが…ワンドロイドのホーム画面…か。
初めて見たけど…普通のスマホと大差無い感じだな。
…アイコン一つしか無ぇじゃねえか。
…え?もしかして…誤動作とかで消えちゃった…とか?
…うわ~マジか…どうすんだよコレ…。
…仕方ない、とりあえずこの、たった一つだけ残ったアプリを見て見るか。
え~と…名称は「Little Key」…「小さいカギ」?
アイコンはなんか…魔法陣…かな?
…ってコトは、これが話に聞く魔導書アプリ…「グリモア」か。
確かグリモアって、かなり色々な種類があるって話だったよな。
日々新しいのが制作されてるって聞くし。
…これはどんなグリモアなんだ?
妙な緊張感から生唾を飲み込むと、俺は慎重に「Little Key」のアイコンをタップした。
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[Little Key] θθθ
初回起動中…
ようこそ、相馬 蒼様。
魔導書アプリ「Little Key」は
貴方の魔導士ライフを
快適にサポートします。
◀ ◎ ■
────────────────
おお、なんか出た。
やっぱりコレ、「グリモア」だったんだな。
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[Little Key] θθθ
「Little Key」は操作方法などを
分かりやすくご理解頂けるよう、
AIコンシェルジュによる
音声サポート機能を搭載しています。
音声サポートを有効にしますか?
□了承する □拒否する
◀ ◎ ■
────────────────
AIコンシェルジュの音声サポート…?
よく分からんが、ヘルプかチュートリアル機能みたいなモンかな?
俺は「ワンドロイド」も「グリモア」も詳しくないから、正直助かるな。
了承っ…と。
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[Little Key] θθθ
■了承する □拒否する
AIコンシェルジュによる
音声サポートを開始します。
◀ ◎ ■
────────────────
『…はじめまして、蒼様。これからは私がグリモアの使用方法等、サポートをさせて頂きます。どうかよろしくお願いいたします。』
ワンドロイドのスピーカーから、若い男性の声が流れる。
いかにも執事風といった感じの、礼儀正しい口調だ。
「えっと…コレって俺の声も聞こえるのかな?こちらこそ、よろしくお願いします。」
『ちゃんと蒼様の声は聞こえております。ご丁寧にありがとうございます。』
これなら初心者の俺も安心だ。
…本当に助かった。
「そうだ、AIコンシェルジュさんの事は何て呼べばいいのかな?」
俺の質問に、コンシェルジュはしばし沈黙する。
あれ…何だ?俺、何か不味い事でも言ったか?
『…私の事はご自由にお呼び下さい。』
「いやいや、そうは言っても俺には前情報が無いからさ。何か名前とか設定されていないの?」
…再び、長い沈黙が訪れる。
なんか、この質問っておかしな所でもあるんだろうか…?
優しそうなコンシェルジュさんだし、AIとはいえあまり困らせたくないんだけどな…。
『…私の呼称は設定されていません。ですが、あえて呼んでいただくのであれば…』
そこまで言うと、コンシェルジュは三度目の長い沈黙に入り…
…そして、たっぷりの間を開けた後。
『…そうですね、「クソムシ」とでもお呼び下さい。』
…額に冷たい汗が伝う。
…おや?なんか話が変わってきたぞ…?