灰色の記憶 捌
祖父の事を調べることにした田中は、役所に来ていた。
自分の戸籍など、殆どの人が調べることなどない。
実際、自分もそんなに詳しく隅から隅まで見た記憶はない。
受け取った書類に目を落とす。
大阪での違和感はこれだった。
父は、婿養子。
つまり、田中は母方の姓。
「佐知江さんが酷く取り乱して…」
「ますたに」の店主の言葉を思い出す。
実の父と、夫がお世話になっていた人物。
自分の父の旧年来の友人ならば当然自身も親しくしていたであろう、その人をほぼ同時に失った。
取り乱して当然だろう。
が、本当にそれだけだろうか。
電話越しではあるが、母のあの様子は何か違う気がしてならない。
そこで田中は、「ますたに」の先代、桝谷康二氏についても調べてみることにした。
古い記事なので、資料館の新聞をもう一度漁る。
見通しの良い、広い道路での交通事故。
タイヤには鋭いものを踏み付けたようなパンクの痕。
それで操作を誤ったか。
運転手は死亡。
付近を歩いていた幼い少女が巻き込まれ重体。
その記事を目にした時、胸の奥で何かが音をたてた。
その夜、また例の小料理屋を訪れていた。
調べたことを店主に話す。
店主は、何かに気づいたように奥へ引っ込むと、しばらくしてから、ある料理を差し出した。
「どうぞ、温かいうちに召し上がってください」
一口頬張る。
出された料理は天麩羅のようだ。
「これは、河豚、ですか」
「はい。河豚にはテトロドトキシンという猛毒がありますが、きちんと処理して毒のない部分ならば美味しく食べられます。
昔は、肝も食べていたようですが、肝の部分は猛毒です。ですが、大変美味らしく、度胸試しだったり、町おこしの一環として提供しているお店もあったみたいです。
食べた人が亡くなるかもしれない、でも美味しいし、売れるのなら出してもいいかも」
「でも、食べたら死んでしまうんですよね」
「はい、ですが、亡くならない人もいたようです。
昔は、科学的根拠なんてありませんでしたからね。人が亡くなるかもしれない食べ物を出すなんて、同じ料理人としては許せない行為ですが」
死んでしまうかもしれないけど、美味しいならいい。売れるならいい…
もう一口頬張るが、いくら咀嚼しても飲み込めない。
何かが喉の奥に引っかかっている。
長い沈黙を解くように店主が口を開く。
「未必の故意、というらしいです」
まだ飲み込めない。
「そうなるかもしれないが、それでもいい。そう思うことだそうです」
漸く飲み込めた。
全てを理解したかのように、喉の引っかかりと、胸の奥のつっかえが取れた気がした。