灰色の記憶 漆
大阪からの帰路で「ますたに」での店主の話を思い出す。
ますたにの先代、桝谷康二氏は、自宅前の道路で交通事故を起こし亡くなっていた。
そう、あの写真にある家の前で。
驚くべきことに、その数日後、桝谷康二氏の葬儀の夜、桝谷家は火事となり、葬儀の手伝いの為に泊まっていた祖父の田中幹夫が逃げ遅れて死亡。
その後火事は事故として処理されたらしいが、そんな偶然があるのだろうか。
当然、警察も自分と同じように疑っただろうが、火の不始末として発表され、翌日の新聞にも載っている。
「そんなこともあって、君の家族とはなんとなくお互いに疎遠になってしまってね。
私はこの店が今もあるのは君のお父さんのお陰だと、今も思っているし、幹夫さんにも私が小さい頃お世話になったし、店の開店資金の準備に協力してくれていたと聞いているし、君たち家族には返しきれない恩があると思っているよ。
家が焼けたのは不運な事故と思うしかないよ。
幹夫さんの事は残念だったけど」
当時のことは分からないが、店主の言葉からその気持ちは十分に伝わってくる。
「ただ、佐智江さんが酷く取り乱していたからね。ただただ時間だけが過ぎてしまったんだよ」
胸のつっかえがとれないからなのか、気がつくとまたあの小料理屋に足が向かっていた。
「おかえりなさい」
店主の柔らかい声が響く。
「大阪に行ってきました」
「そうですか、あれから何かわかりましたか」
出された料理を口にしながら、ぼそぼそと、大阪での出来事を話す。
「それはなんというか、心中お察しします」
たしかにこの真相には衝撃を受けた。
だが、何か引っ掛かるものがある。
そう思った店主は思わず口にしてしまった。
「失礼を承知でお話ししますが、お祖父様やそのお店の先代の方の事は大変残念な出来事で幼い田中さんには衝撃的だったでしょう。
ですが…」
その先は聞かなくても分かっていた。
田中自身も恐らく同じ考えだった。
「何十年も前の事ですし、まして身内やその親近者の話。ひた隠しにする理由がいまいちしっくりこない、でしょう」
店主は驚いたように口を噤む。
「私もご主人と同じ考えですよ、電車の中でずっと考えていました」
母や叔母がひた隠しにする理由。
それこそが、この胸のつっかえの正体なのではないか。
自分は祖父について何も知らない。
記憶すら未だに蘇らない。
ふと、ある言葉を忘れていた事に気がつく。
叔母のあの言葉だ。
「あなたのお祖父さんのことを調べなさい」