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あなたの真実は  作者: 一ノ瀬双
6/9

灰色の記憶 陸

ここだ。

間違いない。


田中はある店の前にいた。

やっとここまで来た、という期待を抱きつつも、言い知れぬ不安に押し潰さそうになりながら、店の戸に手を掛けた。



田中は店主との会話を思い出す。


玉子焼き——


その味が、何かを呼び覚ますような気がしていた。しかし、記憶はただの味覚だけではなかった。


小さな頃、田中は何度も父からその話を聞いていた。

父は若い頃、飲食店で働いていたことがあったと言う。あまりにも長い間忘れていたことだったが、ある日、母がこう言っていたことを思い出す。


「賄いで作った玉子焼きが、店主さんに褒めらたんだって。それが嬉しくて、今でもこうして特別な日には作ってくれるんだよ」


その言葉が、田中の中で何かと繋がった気がした。



店主が静かに口を開く。

「何か思い出しましたか?」


店主の問いにゆっくりと頷き、答える。



「父が生前若い頃、アルバイトしていた飲食店で働いていた事があったらしくて…」


田中は思い出した記憶を忘れないように言葉にしていく。


田中の話を聞き終えた店主は静かに微笑む。


「記憶というものは失われていきますが、思い出は失われずいつまでもあるものなのですよ」





「すみませんお客さん、まだ開店前なんですよ」


古びた店の戸を開くと、その気配に気づいた温和そうな初老の男性が声を掛けてきた。


店の名前は

「飯処 ますたに」


そう、「桝谷家」は、父の、祖父の、自身が幼少期に住んでいた家ではなかったのだ…


この人物がこの記憶の扉を開く鍵になるのだろうか。




「突然お店開ける前にすみません、私の父が生前こちらのお店にお世話になっていたと聞いて」


田中は「ますたに」の店主であろう男性に事の経緯を説明した。



父が若い頃にアルバイトしていたのであれば、今尚その店があるならば、40年以上続く店。

しかしそれだけでもかなりの数。

そこで一旦、大学時代の教授に連絡をとり、写真が撮られたであろう年代を伝えた。

すると数日後、教授から連絡があり、あの瓦屋根造りの家屋はその年代には珍しく、かなり地域が絞れた。

地域と40年以上続く店。

それだけで十分だったが、この店だと確信できることがあった。

玉子焼き。

アルバイトが賄いで作った玉子焼きが看板メニューになっている店があった。

アルバイト時代に賄いで作った玉子焼きを褒められた父のエピソードと繋がった。


「いやぁ、君のお父上にはウチの父が大変お世話になったみたいで。よく働く青年で、ウチの看板メニューはアイツが作ったんだ、ってよく自慢していたよ」


嬉しそうに話すその男性の仕草が、自分が褒めているような気がして少し恥ずかしくなってしまった。


「私は当時修行の身で京都にいたんで、一緒に働いた事はなかったんだが。初めて会ったのは父の葬儀の時だったかな」


店主の人の良さそうな人柄に、消えそうになっていた、店の戸を開ける前の言い知れぬ不安が急に蘇えった。


「あの時は大変だったよ、今でもよく覚えてる。父が亡くなってすぐあとに…」


空気が一転し、田中は店主の次の一言に息を呑んだ。



「幹夫さんが亡くなったからね。君のお祖父さんの」


田中はなんとか言葉を搾り出した。


「亡くなった、祖父が…ですか…」




そう、火事でね


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