灰色の記憶 参
田中は写真を見つめながら、店主との会話を思い返していた。
——何か理由があって、あえて忘れたことにしているのかもしれませんね。
「……そんなことってあるのか?」
母がただ単に忘れただけなのか、それとも何かを隠しているのか。
「お待たせしました」
田中が考え込んでいると、店主が焼き魚の皿を置いた。
脂がじゅうじゅうと音を立て、香ばしい匂いが立ち上る。
「いい匂いですね、美味しいそうだ」
田中がぽつりと言うと、店主は微笑んだ。
「魚を焼くのは、案外難しいんですよ」
「難しい?」
「ええ。火が強すぎると表面だけ焦げてしまうし、弱すぎると水分が抜けずにベチャッとしてしまう」
店主が続ける。
「だから、火加減を見極めるのが大事なんです。強すぎても、弱すぎても駄目。焼き加減には、その食材の持つ個性や状態が大きく関わってくるんです。大きさだったり、鮮度だったり、注意深くみていると色々と気付くことも多いです」
「……なるほど」
田中は頷きながら、ふと写真に目をやる。
「店主さん、この家を知るにはどこから手をつければいいと思います?」
店主は少し考え込み、写真を指でなぞった。
「この屋根……特徴的ですね。寄棟造りで、瓦の色が少し赤みを帯びている」
「珍しいんですか?」
「珍しくはありませんが、地域性が出るんです。関東だと黒い瓦が多いですが、この色は西日本に多いですね」
田中は写真を改めて見た。今まで気にも留めなかったが、言われてみれば確かに赤茶色の瓦だ。
「……西日本、ですか」
「ええ。それに、塀の感じや玄関の造りからして、昭和中期に建てられたものですね。ある程度、地域を絞れるかもしれません」
店主の推理を聞きながら、田中は少しずつ糸口が見えかけていることを感じた。
「となると、過去の住宅地図や、不動産の記録を調べれば何かわかるかもしれませんね」
「ええ。役所や図書館なら、古い地図が残っていることもあります」
田中は店主の言葉を胸に刻みながら、明日、図書館に行ってみることを決めた。