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花散るらむ、それでも君と  作者: 銀 護力(しろがね もりよし)
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エピローグ 永遠の春、ふたりの鼓動

1.桜なき夏の日、降り注ぐ光

 退院後、蔵内櫻華は転院やリハビリを経て、初秋にようやく日常生活へ戻ってきた。だが、学校へ復学するにはまだ時間が要ると医師から言われている。

 それでも、少しずつ体力が回復し、心臓の鼓動は力強く胸を満たす。この鼓動は、自分のものだけではない。――京一の命と共にある。

 ある涼しい夕方、櫻華は父の車で聖南学院高校を久しぶりに訪れた。父が理事長に挨拶するという名目でついてきたのだが、本当の目的はひとつ、「桜の木にもう一度会いたい」という思いからだった。

 夏も終わりに近づき、校庭の桜は黄色く色づいた葉を落としかけている。まばらな風が吹くたび、枯れ始めた葉がひらりと地面に舞い落ちる。

 櫻華は一人、足を引きずるようにして桜の木へ近づく。そこはかつて桜子としての自分が倒れ、今世では京一が息を失った場所でもあった。

(先生、私はここにいる。先生の心臓と一緒に……)

 葉の隙間から黄昏の光がこぼれ、木漏れ日が櫻華の足元に斑模様を描く。空気は少し湿り気を含み、近くのプールからは夕陽が差し込んでまばゆい反射を放っている。

2.浮かぶ短歌、京一からのメッセージ

 ふと、櫻華の頭の中に、一首の短歌がぼんやりと浮かんだ。

 それは古文の授業や自習で目にしたことがある歌――けれど、なぜこのタイミングで脳裏に蘇るのか、自分でもわからない。ただ、京一の声のようにも感じられる。

あだし世を いかにかすべき 桜花

 散るといふことは なにとしもなし

(『古今和歌集』より)

 「この儚い世をどう生き抜けばいいのか――桜が散るなんて、どうということはない」。

 読んだときは難解に思えた歌が、いま、まるで先生が語りかけてくるように胸に響く。「散ることなんて恐れずに、いまを生きよ」と言われている気がするのだ。

「先生……これは、あなたが私に送ってくれた言葉なの……?」

 櫻華は呟きながら、左胸に手を当てる。そこには京一の心臓が鼓動している。桜の花が散るのは自然の営み。けれど、散るからこそ美しい。人の命も同じかもしれない。

 その痛みと悲しみを抱えながらも、命は繋がり、想いは続く――短歌の声が、まるで京一からのメッセージのように感じられ、櫻華の瞳から涙が溢れる。

3.降り注ぐ光、二度目の春に向かって

 周囲には誰もいない。学校は放課後の静けさを増し、遠くで運動部が練習する声が微かに聞こえるだけだ。

 桜の木の根元に手を触れ、櫻華はそっと目を閉じる。前世で桜子として散った命、そして今、京一の心臓を宿して生きる自分。

 ――桜が散っても、また来年咲くように、私たちは何度でも巡り合い、命を繋いでいく。そんな思いが、短歌とともに胸を満たす。

 夕陽が斜めに射し込み、校庭の陰影が深まる。風が葉を揺らし、かさりと音を立てた。その音が、不思議と「まだ大丈夫、僕はここにいるよ」と答える京一の声のように聞こえる。

「ありがとう、先生。あなたが残してくれた心臓と、この短歌があるから、私は歩いていける」

 視線を上げると、桜の枝先には次の春に備えた小さな芽が隠れているのがわかった。

 もうすぐ葉が落ち、木は冬を越える。けれど、きっと春になればまた花が咲く。そのころ櫻華は元気に歩けるようになり、来年こそはこの木の下で笑う自分の姿をイメージできた。

「散るといふことは なにとしもなし……」

 その短歌がもう一度、頭の中で小さく木霊する。まるで京一が微笑みながら添削してくれるような気がして、櫻華は涙の合間に微笑んだ。

 どこまでも続く青い空が広がり、風が最後の葉をさらう。春はまだ遠いが、櫻華にとっては永遠に「先生」と生きていく春が、胸の奥で優しく燃え続けている。

(完)


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