表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

第2話 称号の剣『破魔縛呪滅業』

 自宅の一室で完成形の『(つるぎ)』を振るうナザーリィ。様々な扱い方をして、慣れないグレートソードの長さ、重さ、大きさを肌で覚える。


 薄い部屋着(へやぎ)のままなので、彼の筋骨(きんこつ)たくましい肉体の躍動(やくどう)するようすが、目の前で見える。バットゥーユを出てから、手に入れた剣の真価(しんか)を教わるため、その足でオクニの竜神神殿へ向かったのだった。大神官は言った。


「その剣はな、<全世界>に存在する数多(あまた)の世界……その各々(おのおの)に、ただの一振りずつしか与えられていないと伝わる、名剣だ!あらゆる魔法をその身に吸収して、所有者が背負っている悪い<(ごう) カルマ>を滅ぼしてくれる」


 『破魔縛呪滅業 ハマバクジュメツゴウ』が、(おのれ)身体(からだ)の一部だと言えるぐらいにまで使い込もうとする、剣士ナザーリィ。自分の胴体(どうたい)の周囲を(すべ)らせるように回転させながら、まるで舞っているかのようだ。大神官の言葉が思い出される。


「お主の()しき因縁(いんねん)を断て。そして時代を動かすのだ、その清らかな(やいば)を持つ剣を手に……!」

 そこまでの説明で充分だった。彼は馬を駆って自宅へ戻り、使いの者に、「天下のあらゆる魔法の力を奪う剣を手に入れた」と、オクニをはじめワシ派の人々へ伝えるよう命じた。


 オオトリ派の拠点都市、うす暗い部屋で、二人の男が(あや)しげに会合(かいごう)している。一人は上背(うわぜい)があり、抜け目ない顔つきをして、長く伸ばしたアゴヒゲを固めている。長さ180cmの戦闘棒(せんとうぼう)を扱う最高指導者アテルイである。


 もう一人は小柄な術師(じゅつし)。<全世界>に存在する魔法は<呪術(じゅじゅつ)>と<魔術(まじゅつ)>に分かれる。術を飛ばす対象を中心に効果を発揮するのが<呪術>だ。彼はこれから、凶悪な呪術を八つも使おうとしていた。


 術師の右手の中には一塊(ひとかたまり)の「黒い糸くず」が握られている。左手をそちらへかざしながら、糸くずを指先で「こねくり回す」。聞こえて来る呪文。

「<蟲毒虫(こどくむし)>よ、憎しみを毒に変えて、我らの敵、ワシ派の剣士ナザーリィを()て!オーマニ・バン・バラザァ……」


 丸められた糸くずは床へ落とされると、昆虫のような、ゆるやかに()って細長く伸びた脚を十数本、体からニョキニョキと生やした。その、長さもまちまちな脚を不器用そうに、(たが)(ちが)いに動かして床を()い、隅っこの暗がりへと入り消える。身体にも精神にも猛毒と成る体液を注入するため、ターゲットの居る場所へ向かった。


「こいつを八体も!そのナザーリィとか申す者、これにて一巻(いっかん)の終わりにございます」

 次々と床を(つた)って目的地へ向かう<蟲毒虫>たち。

「いくら何でも、あれに八方(はっぽう)から襲われては、ひとたまりも有りません!」


            *     *     *


 しかし……じっと考え込むアテルイ。玄関から外に出て、遠くオクニの空を(にら)みつける。周囲には、神託(しんたく)で選ばれた精神的最高指導者を護るために五、六人のボディーガードがまとわり付いている。彼は(みずか)らへ問いかける。

「あれほどの男だ。これしきのことで(まい)るだろうか?」


 いつも手にしている戦闘棒で、地面の土に直径1mほどの円を(えが)く。その中に三角形と逆三角形を重ねて線描(せんびょう)した。六つの頂点を直線で結ぶ。六芒星(ろくぼうせい)簡易(かんい)の魔法陣が出来上がる。何かを占うつもりらしい。


「表が出れば我らの勝ち。裏が出れば……」

 そう言いつつ小さな金貨を右手の親指で(はじ)いてトスした。コインは高速で回転しながら六芒星の中に落ちる。裏が出た。

「裏が出ればナザーリィの勝ち……!」

 アテルイはコインを(ひろ)い疑うような目でジロジロと確認する。

「むっ……これは!」

 その金貨は「製造ミス」で両面とも裏に成っている、(めずら)しい品物だった。ナザーリィめ!悪運(あくうん)の強い(やつ)!!


「呪術だけでは足りぬ。もっと強力な術師を呼べ。魔術<トビカミ>を放て!」

「ハ……ハッ!!」

 (ただ)ちにベテランの魔法使いが現れた。その男は、人の生き血を素材に使った紙を折って<鳥>に似た形にし、空中へ投げる。それは羽ばたくと頭上を旋回(せんかい)した。

「触れる者の命を奪う、()まわしき<トビカミ>よ目を覚ませ!オクニの剣士、アグレッシュマ=ナザーリィという男を誅殺(ちゅうさつ)せよ!」


 <トビカミ>は鮮血(せんけつ)の色の両目を開き、同じ色のクチバシとカギ爪を生やして、術者に(あやつ)られオクニを目指し飛ぶ。


 ―――― 視線を感じる! ――――


 剣士ナザーリィの第六感(だいろっかん)が強く(うった)えていた。それもそのはず、遠く(へだ)たれた場所から、彼は多数の魔法の標的にされているのだ。名剣の所有者を「八方(はっぽう)(ふさ)がり」にしようと放たれる、八体の<蟲毒虫>たちが迫る。


 称号の剣が、こちらへ向かって来る強大な魔力の群れを感じ取る。ナザーリィの居る部屋へ、四方(しほう)八方(はっぽう)から同時に侵入する、黒い糸くずで出来た呪術。『剣』を背負(せお)うような形――両手で構えた武器を大きく振りかぶっているので、ブレードの切っ先は丁度(ちょうど)、所有者の腰の下に位置している。両目を閉じて精神統一しているナザーリィは、『剣』が伝えて来る<蟲毒虫>の配置(はいち)を心の中でイメージしていた。八方を同時に見ることは出来ないからだ。


進退(しんたい)きわまったと感じたら、自分のためでなく、周囲の人たちのため、力の弱い者のため、また次の世代のために今できることを探せば、容易に<道>へ出られるもの」


 そうつぶやいて、手にしている剣を自らの肉体の周囲で滑らせるように振り回す。信じがたいバネで、床からナザーリィ目がけ跳躍(ちょうやく)し毒を打ち込まんとする呪術を、信じがたい鋭利(えいり)な感覚で(とら)え、回転するブレードに吸収させる総白髪(そうしらが)の剣士。


 一匹、二匹……あっという間に六匹の魔力を吸い(つく)して残るは二匹。同時に飛びかかって来た!これを、ためらいの無い動きで「まっぷたつ」に切り裂きブレードへ吸い込ませた、名剣の所有者。深く息を吸って目を開く。口から息を()いた。

「まだ何か来る!」

 彼は手早く上着をつっかけて中庭へ出る。


            *     *     *


 晴れ間の見える遠い空へ目をやる。更に強い魔力を備えた何かが、真南をだいぶ過ぎた太陽を背に猛スピードで飛来(ひらい)するのを『剣』が感じ取っていた。明らかに「味方」ではない。明らかに「生き物」ではない。明らかに魔法的な攻撃を加えんとする「何か」がこちらへ来る。


 ギギンッツ!!!


 <飛行物体>の一撃目は剣で受け流した。そいつは大空で悠々(ゆうゆう)()を描いて再び突撃して来る。剣士はそれを初めて見た。その凶悪(きょうあく)な雰囲気……武人(ぶじん)としての直感が働く。強敵だ!言葉の剣の所有者を()き者にしようと燃え盛る、血の色をした両目をカッと見開いて、強引(ごういん)に突っ込んで来る。


 二回目の攻撃も、ナザーリィは剣で受け切った。それが精いっぱいで反撃のチャンスが無い。相手の力は(すさ)まじく、グレートソードにまだ慣れていない所有者は、(あや)うく大剣を落としそうに成ったほどだ。


 彼の苦しい戦いのようすを、仲間の女剣士が見つけて中庭へ出て来た。ナザーリィよりも若く見える、薄化粧(うすげしょう)の女性である。

「ナザーリィ!どうなさったのです!?」

「来るなハナトリ!あれは危険だ!私が何とかしてみよう」

 ハナトリと呼ばれた女剣士は、ナザーリィと同じデザインでグレーの地に金色でマークが入ったヨロイを着けている。剣を手に取った。


 遠い異国から、<トビカミ>は遠隔操作(えんかくそうさ)されている。狂える両の目は、安全なところでこれを操る術師と共有されていた。攻撃対象を「女剣士」へと切り替える。しかしナザーリィもハナトリも、それに気づいていない。彼女の頭部目がけて猛進(もうしん)する<トビカミ>!


「ハナトリ、危ないっ!!」

 『剣』を投げ出すようにして、ナザーリィは<飛行物体>の攻撃を防いだ。勢い余ったそいつは、中庭の立ち木に衝突(しょうとつ)し、破壊的な音を立てて(はじ)かれた。けれども空中で姿勢を制御し、再び空高く舞い上がる。


 ぶつかられた立ち木は、<飛行物体>のクチバシが当たった部分を中心に、見る見る内に立ち()れて腐り、メキメキと死の音とともに倒れて地面へザッ!と落ちた。見ていた二人は次の攻撃を決死の覚悟で待つ。あの敵は強すぎる!!


 そこへ、()せて背の高い、黒い肌の仲間が現れた。衣装と手にした書物を見れば賢者らしい。その男性は、インクを(ひた)したペンを片手に、空中で攻撃のタイミングを(うかが)う凶悪な物体へ向かって呪文を(とな)える。


 「アマアツ・テラ・ラミ・ラミル。カミに折られし飛ぶトリの目は、(うお)のウロコで(ふた)がれるべし。アニ・アニ・アンテニ!」


 ベテラン賢者、「時間の」ホルネー=マーグレスは、ペンを<トビカミ>へ向けてフーッと息を吐く。すると黒いインクの玉が矢のように上空(じょうくう)へ発射され、燃える血の色をした<トビカミ>の両目にくっついて、これを(ふさ)いだ。突然にして視力を失った<飛行物体>は地上へ落ち、しばらくもがいていたが、やがて術が()けてただの「紙」へ戻ってしまった。


「うぬうう!!」


 アテルイたちは事情を知ってくやしがる。しかしながら、いくら待ってもワシ派からの魔法による反撃が来ないのを、オオトリ派の最高指導者は評価していた。その彼へ悪い知らせが届く。


「将軍らが軍を動かしています!自分たちでワシ派へ、目にもの見せてやらんと言って大掛かりな争いを起こすらしく……!」

 オオトリ派の幹部(かんぶ)はすでに動いている。アテルイにも止めることは出来そうにない。事態(じたい)は更に悪い方へ向かいつつあった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ