第1話 杯の酒が呼ぶ者
こんにちは。前もって各話のタイトルと表示するもの面白いかもと思い、工夫しました。以下の通りです。どうぞよろしくお願い致します!
第1話 杯の酒が呼ぶ者 第4話 渦巻く情念の中心で
第2話 称号の剣『破魔縛呪滅業』 第5話 革新的な気づき
第3話 魔法合戦を阻止せよ 第6話 歴史の流れの先へ、さらば
酒の注がれた杯、正装した男女の間を渡されて行く。その途中で男の一人が、アッと叫んだ。引きつった声で怒鳴る。
「さ、杯の中に神が!!」
どよめきが発生して杯の周りに人が集まる。われ先にと覗き込んでは声を上げた。
「まことに!あれは精霊といったものではない!いかにも畏き、お姿とお顔……何らかの神であろう」
<現代>を遡ること2500年前の<古代>に、大陸の人々はワシ派とオオトリ派に分かれて争っていた。ここは古代都市の宮殿。身分卑しからぬ人々が集まって、今後の自分たちがどうすべきであるか、ご神託を伺っていたところである。
同じ部屋に居る、今度は女の一人が仲間を呼んだ。
「こちらでは杯の中から剣の柄が出ております!」
十名以上の男女が、またワッと集まって杯の中を見た。騒ぎを聞きつけて、建物のあちこちから人が部屋へ入って来る。
「本当だ!よく見ると酒の中に剣のブレードが沈んでいるのも見えている。しかし……」
杯の外を見回す男。
「酒の中には確かに刃が見えているのに、不思議なことだ……杯の底から突き抜けておらぬ。杯の中の剣は一体どこに存在しているのだろう!?」
「引き抜いてみよう。どれ、う~ん……重い!重すぎて酒の中から取り出せぬ。だが杯を持つことは出来ている。これまた不思議であるのう!」
* * *
その日の朝、剣士ナザーリィは自身の生活する故郷、都市連合体「オクニ」にある竜神神殿へ呼び出された。青灰色の屋根と白い壁を持つ家々が集まった、エレガントな街並みを歩いて出向く。待っていた大神官へ、彼はあいさつもせずに、しかし落ち着いた声色で抗議する。
「秩序の光の神こそ我が信仰!竜神ではありませぬ」
剣士は見た目が四十代の男性で、すでに全て白く成っている髪を長く背中へ伸ばし、腰で束ねている。骨張った顔は鼻が高く、目は穏やかな性質を反映して優し気。
「お主のための剣が現れると、早朝にお告げが有ったのだ。バットゥーユへ行ってくれ」
そう言いつつ大神官は、剣士へ両手用の「大剣 グレートソード」の鞘を渡す。これに対し、剣士の左腰に下がっているのは、片手でも両手でも扱えるようにバランス調整された「剣 ソード」だ。ヨロイは黒く、ワシ派、オクニの出身、剣士といった意味のマークが金色で入っている。
「バットゥーユと申しますと、対立しているオオトリ派の中心都市の一つ。なぜに、そのような場所へ?」
「事情は、見れば明らかであろう。そしてお主ならば、そこでどうすべきであるのかも直ちに分かるはずだ」
「質問をお許しください、大神官。なぜ私なのです?」
低くて良く通る、男性的な響きを含んだ剣士の声は、その安定した内面を良く表していた。
「そなたが日々、絶やすことなく続けている<批判と反省>が呼び寄せたのだ。受け取るがいい!」
半信半疑のまま、剣士ナザーリィは竜神神殿を後にし、急ぎ馬でオオトリ派の拠点の一つへ向かう。
馬を駆ってオクニを出る、総白髪の剣士。これへ追いすがる騎兵が二つ。ヨロイのマークを見ると、剣士と同じくワシ派の兵士のようであるが……矢を射かけて来た!ナザーリィ自身はヨロイを着ているが馬へ当たるといけないので、これを降り逃がしてやった。彼自身は兵士たち、恐らく強硬なワシ派の者、二人へ向き合う。
剣を抜き放ち、弓と槍で武装した兵士たちと渡り合うナザーリィ。上手く戦っているが、いつまでも二人を相手にしていては不利だ。そこへ仲間の女剣士たちが、馬用のヨロイを着けた軍馬で駆けつける。
「ナザーリィ!バットゥーユで杯から剣が出現したと!」
女剣士が叫んで知らせた。空いている軍馬へ瞬時にまたがり、手綱を操って拍車をかける総白髪の剣士。
「ありがとう、行って来よう!」
当時のマキシアス大陸では、三十を超える都市国家が栄えており、ワシ派とオオトリ派の陣取り合戦が三十年間続いて、拠点はモザイク模様のように入り乱れていた。オクニはその内の三都市と六つの町が連合して形成している、ワシ派の本拠である。
異変の起きた宮殿には、オオトリ派の精神的な最高指導者も到着。騒ぎは収まっているものの、人々の興奮は冷めやらない。そこへ知らせが入る。
「た、大変でございます!ワシ派の剣士がたった一騎でここまで!!」
* * *
黒いアゴヒゲを伸ばし、香油で固めてトガらせている。それはオオトリ派で<精神的指導者>の証である。身長よりも数cm長い戦闘棒を左手に従え、腰には帯剣していない背の高い男性が、「剣が出た」部屋で、同士たちに指示を飛ばしている。伝令の男が彼を呼ぶ。
「アテルイさま、ワシ派の剣士が一人でここへ乗り込んで来ております!いかが致しましょう?」
オオトリ派の精神的最高指導者、アテルイは、複数のボディーガードに囲まれたまま振り向きもせずに応じた。
「ここへ来るのであろう?通してよろしい」
来てはならぬ、入ってはならぬ、帰れと言って、剣士が対立する相手の重要拠点へ上がり込むのを邪魔しようとする、宮殿の人々。しかしナザーリィは、これをやんわりと退けて目的の部屋へ向かう。指導者アテルイは、彼よりも幾らか身長で上回っていた。初対面の二人は、あいさつもそこそこに相手がどんな人物であるのか観察を始める。
「オクニの剣士、アグレッシュマ=ナザーリィとか。何をしにここへ参られたのかな」
「竜神神殿より指名されて」
ナザーリィはアテルイの目を凝視して言った。その強じんな眼差しは、相手の心を深々と貫かんばかりである。
「<剣>を受け取りに馳せ参じました」
目の前の男がオオトリ派の最高指導者だと知っても、全くひるむことなく、そう言い切った。アテルイはわずかに頭を引いて、その豪胆な剣士を見下す。腹中に黒い感情が湧き上がって来たが、これを自制して言葉をひねり出す。
「いいだろう……見事、引き抜けるか試すが良い……」
目的の杯にはまだ酒が入っており、男性が両手でしっかりと持ち上げていた。男の手で、ふた握りに余る長さの、剣の柄が酒の中から突き出ている。
剣士ナザーリィは落ち着いて歩み寄ると、「柄」を右手で握った。左手には鞘を持参している。酒の奥を覗き込むと、剣のブレードが沈んでいるのが分かった。何のためらいも無く、彼は一気に剣を引き抜く!
ザボァァァーーーッッ!!!
辺りに酒のしぶきが飛び散る。皆は手をかざして、これを避けた。剣はグレートソードであった。六つの文字が刻印されている。酒から出たのに、剣自体には一滴の酒も付着していない。
「これは……!言葉の剣だ……しかもすでに『完成形』の!」
「称号、ハマバクジュメツゴウとある。それにしても、清き酒の中から豪快な剣が出るとは、何とめでたきことじゃ!!」
『破魔縛呪滅業』と、ブレードには縦に刻まれている。剣士ナザーリィはそれを右手で軽く振り回し、角度を変えて満足そうに眺めていた。シャキンと左手の鞘へ収める。そして何も語らずに部屋を出ようとした。
オオトリ派の者たちは、慌てて彼を止めに入る。
「その剣は我らのものじゃ!置いて帰れ!」
「ワシ派の剣士め、好きなようにはさせぬ!」
自然体で立ち止まった剣士。目だけ動かして、その場の人々を射た。首を動かしてチラとアテルイの方を向く。
「ゆかせてやれい!!」
ツルの一声であった。行く手を阻む者たちは道を開ける。堂々とオオトリ派の拠点を後にしようとする、ワシ派の総白髪の剣士。歩みを止めて明言する。
「酒から現れた言葉の剣、バットゥーユにて、確かにオクニのナザーリィがもらい受けた」
そして宮殿を出て、乗って来た馬で引き返す。
オオトリ派の人々は、あっけに取れられてポカンと口を開き、黙っていた。みっともないことだ。これに気づいた一人が、自分たちのオピニオンリーダーへ問いただす。
「アテルイさま、このようなことが許されては、志を同じくする者たちに示しが付きませぬ!」
無論、アテルイも黙ってはいない。
「強力な呪術師を呼べ!このままでは済まさん……!」
彼ら彼女らの間で、ワシ派とナザーリィへのドス黒い感情が高まる。
「呪術を剣士ナザーリィへ放て!五体……いや、八体だ!」
そんなにも!と、放たれる術の多さに驚きを隠せない人々。ザワめきは部屋の外にまで伝わったほどだ。一人の男に対して呪術を八体も……!?
「ナザーリィめ、これで<八方塞がり>だっ!!」