憎しみ、仇、想起
「顔をあげて?」
その言葉を私以外が聞いたときは、喜びや感謝で胸が溢れるだろう。
私自身も、そうなると思っていた。
だが、私の胸に沸いてきたのは、憎悪や遺恨という、感謝とは真反対の感情だった。
忘れていたはずの、忘れたかった感情
目の前の人物は、その感情の元となる存在である。と、私は強く思った。
何年前だったか、相手は覚えているのか。
何一つわからない。覚えていない。
だが、これだけは確実にわかる。
こいつは、私の親を殺した相手だ。
─顔をあげた下等生物を見て、アートは何かを感じ取った。
あぁ、このヒトは…
覚えている…
昔、此処に迷い込んだヒトビト…
周りのヒトを殺していくと、幼きヒトを抱き抱える家族を見つけた。
家族は嫌いだ。
その一心で、私はまず男を殺した。
女の顔は絶望の色に包み込まれ、幼きヒトは女の服を濡らしていた。
そして、私は女の腕を飛ばした。
幼きヒトを抱き抱えていた細い細い腕を、まず飛ばした。
そして、次に私は足を飛ばした。
女は絶叫しながらも必死で幼きヒトを慰めていた。
私は怒りで頭がいっぱいになった。
こんな…こんなモノ、私が受けられなかったモノ…
こんな、五月蝿いガキと母が…っ!
そして、私は女の首をはねた。
心地よかった。
幼きヒトが、絶望と混乱で歪めている顔が。
そのまま、幼きヒトも殺すために近づいた。
その時だった。
どこからか、顔を隠した男が私に魔法を使ってきた。
私がそれに目を移した一瞬で、目の前の幼きヒトも、男も闇の中へと消えていった。
…そんな、私の本性での心地よさ。
初めて感じたその感情。
それが、目の前の女によるものだった。
そうだ。あの心地よさ。
まさか…こんなところで出会えるなんて…!
…危ない…うっかり歓喜の雄叫びをあげてしまう所であった。
…もう一度、もう一度だけ、私はあの顔が見たい。
そのために、こいつの最愛の人物を…殺す
「ねぇ、あなた大丈夫だった?」
─優しい声色で、ユリナに手を差し伸べる。
だが、ユリナにはその手を握ることが出来ない。
「……っ」
そして、アートは顔を曇らせると同時に、自身の腕を背中に動かす。
ユリナは、咄嗟に杖に手をかけていた。
「…!ち、ちょっと待って!混乱してるのはわかったから!」
アートは、ユリナをなだめようと前に足を進めるが、ユリナは杖に魔力を込めるのを止めない。
目の前の…こいつが…っ!
【ライ・カバリー】
杖から光が飛び出る。
その瞬間、アートは全身に激痛が走った。
「っ…!か゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」
そのまま、ユリナは再び杖に魔力を込める。
………師匠
「我が主よ、我が命を喰らいつくせ
魔の宿す焔を求め、眼前の対象を滅ぼし尽くせ
【フレイム・ロンド】極聖」
杖から白い腕がユリナに向かって伸びる。
腕はユリナの体から幾万の黄金色の焔を抜き出す。
焔はアートの周りを踊るように揺らめき、少しずつ狭まっていく。
「…ゴボッ」
ユリナは、口から大量に吐血し、床一面に血が広がる。
吐血は終わりを見せず、永遠的に続くかのようだ。
アートは聖なる力を重ねた焔に包まれ、掠れた声で絶叫を続けている。
アートの足や指先は、少しずつ灰になっていく。
二人が苦しみ続けるなか、やっとセリスとアカリが起きてきた。
「…っ」
二人は、その光景を見て言葉を失った。
当たり前といえば当たり前だ。
目の前では、血を吐き続ける仲間と絶叫している焔に包まれた女性がいるのだから。
セリスがその光景を見ると、沈んでいた記憶が全て浮上してきた。
「っ……!」
その瞬間、セリスはユリナの元へ駆け出し、回復の魔法を唱える。
アカリは腰が抜け、立ち上がることもままならなくなっている。
セリスはユリナを治し、ユリナを落ち着かせる。
そして、ユリナの血が完全に止まった時
セリスはユリナと唇を交わした




