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戦国物語 ~胡蝶の夢~  作者: 牛一(ドン)
9/11

第8話 帰蝶の決断。

父上と政秀が睨み合いながら『加納口の戦い』の悪口で牽制していた。


「織田のへっぺり腰では、何度襲い掛かろうとも我が城は落ちんぞ」

「落とされると思ったから清洲の守護代様を唆したのではございませんか。正面から戦えば、信秀様に敵う者などおりません」

「正直に戦う馬鹿に成り下がらん」

「困りましたな」


私はそんな二人を見ながら、私も振り返った。

加納口とは稲葉山城の南側の攻め口だ。

長良川に沿って織田方は南から攻めてくるので、必然的に加納口が戦場となった。

前回の戦いは、互いに兵をぶつけて互角に戦ったが、今回の父上は始めから戦を避けて籠城戦を取った。

加納口も突破されて麓の屋敷まで織田方が迫ったらしい。

父上は一度も反撃に出ず、門を閉めて城に引き籠もった。

攻めるのが難しいと思った織田方は、町などを焼いて挑発したが、父上は討って出る様子を見せなかった。

織田方は落とせないと思って兵を引いた所を後ろから奇襲を仕掛けて大勝利を収めたと、皆が言うが、内実はまったく違った。

父上が清洲の守護代の織田信友を調略して寝返らせ、清洲勢が信秀の古渡城を攻めるまで時間を稼いでいた。

居城が襲われていると知った織田勢は慌てただろう。

稲葉山城攻めを取り止めて、殿(しんがり)を残して撤退を開始したが、おそらく殿(しんがり)は父上の消極姿勢から油断していた。

それよりも早く撤退する事に気がはやって警戒が疎かになっており、反撃に討って出てきた美濃勢を受け止められず、織田勢は瓦解した。

それこそ、木曽川が数千人の血で真っ赤に染まった。

父上は稲葉山城に嫁げと命じられた時に、「これは双方の時間稼ぎに過ぎん」と言われていたが、父上にとっても調略を完成させる為の時間稼ぎだった。

すべてが父上の計画通り。

父上は凄い、凄すぎる。


一方、尾張守護代の織田大和守信友は失敗した。

信秀は美濃攻略に大軍を率いており、古渡城は守備兵が少なかった。

少ない守備兵の古渡城を陥落させられず、三ノ丸、二ノ丸を落とした所で信秀が戻ってくると知って、火を放って引き上げた。

信秀を迎え討つ気概もない。

大軍の大半を失った信秀は津島で兵を集めて、古渡城に戻って来た。

大敗北を喫した直後に、高値で兵を雇って立て直した?

どれだけの銭が消えたのか?

訳が判らない。

父上が同じように大敗を喫すれば、半年から一年は再起できないと思う。

いくら鼓舞しても兵が集まらない。

そんな私の常識を打ち破って、信秀は兵を再編して古渡城に戻ると反転して、清洲城を攻めた。

清洲城を攻めている所で攻めた所に、三河岡崎の松平広忠が兵を上げて安祥城に攻めてきたと聞いて、三河へ援軍に転進した。

三河岡崎勢を唆したのも父上だ。

信秀が普通の武将ではないと読み切っていた父上は、岡崎の松平広忠を動かして安祥城を攻めさせ、その時期を見定めて西美濃の牛屋城を攻めた。

牛屋城への援軍は期待できず、城主も抵抗した後に城を捨てて逃げた。

父上が手の平で信秀を持て遊んだ。

そんな父上が顔を横に背けて不満そうな顔をしている。


「どうすれば、岡崎城が落とせるのだ?」

「大殿の実力でございます」

「頭が可怪しいのではないか?」

「広忠殿の不仲の信孝(のぶたか)殿から調略するのは当然ではないでしょうか」

「やはり、お前が動いたか」

「さぁ、どうでございましょう」


父上と政秀が互いに呟き、二人の目じゃら火花が飛び散っているようだ。

東条松平家の信孝は岡崎松平家の重鎮であったが、その横行な態度から広忠と対立しており、西三河が一つに纏まらない。

私がそんな事を思っていると、光安叔父上が耳打ちしてくれた。


「(信孝殿は織田方の桜井松平家と反目しており、織田方に寝返るような者ではない)」

「(ですが、叔父上。この話し方から見れば、この平手殿が説得したように聞こえました)」

「(おそらく、そうであろう。そんな芸当が出来る知恵者など他に思いつかん)」


叔父上の話では、桜井松平家の信定(のぶさだ)が松平宗家の清康(きよやす)に反抗した事から西三河の混乱が始まった。

清康は『守山崩れ』と呼ばれる家臣の裏切りで暗殺され、この機に乗じて安祥城や岡崎城を信定が奪ったが、信孝が今川家の後ろ盾で広忠を岡崎に戻し、安祥城も奪還した。

しかし、信秀が直接に三河に介入すると安祥城が再び奪われた。

信孝は広忠と不仲になっていたが、二人の共通の敵が織田家だった。

その信孝を説得した?


「(信秀が『我が張良』などと言ったそうだが、正に張良の働きだ)」

「(私には、どうすれば説得できるのかが想像付きません)」

「(儂もだ)」


織田勢は美濃で大敗を喫し、尾張守護代とも敵対している。

そんな不利な状況で敵を説得するなど・・・・・・・・・・・・?

ふふふ、政秀が低く笑うと、いつの間にか政秀が私を見ていた。


「姫様。不利な状況だからこそ。付け入る隙が生まれるのです。織田家は不利と思えば、織田家の説得に信憑性が生まれ、向こうも納得できる。安祥城から東の城と、矢作川までの領地をすべて明け渡すという話も信じられる」

「城一つを差し出したのですか?」

「さぁ、どうでしょうか」


答えを言いながら『はい』と言わない。

少し狡いやり方と思えるけれど、私に考えさせる事で話を信じやすくさせている。

これが交渉術か。

ちょっと待って、信孝の立場を斉藤家に置き換えれば、今川家と斉藤家に挟まれて織田家は苦しい。

斉藤家が抱える問題を解決する無茶な要求でも聞くと、そう言っているように聞こえた。

父上が抱える問題って、何?

父上の頬が僅かに緩み、口元がニヤリと緩んでいる。

あぐらを組み直して、父上が政秀を睨み直して、口を開いた。


「我が斉藤家は織田と組む事はない。何度でも叩き潰してやる」

「それが山城殿の本心とは思えません」

「何度来ようと答えは同じだ。なぁ、帰蝶」


父上が穏やかな口調で私に聞いてきた。

私は焦った。

内心、『えっ⁉ どうして、こんな場面で私に聞くのですか?』と問い質したい気持ちで一杯になる。

私も父上の真似をして姿勢を正し、その間に考えをまとめる。

私をこの席に呼んだ理由って、何?

弱みを家臣に見せられない父上だが、唯一弱みとなるのが私だ。

私の言う事には、相好を崩しても誰もケチを付けない。

織田家と同盟を結ぶ意義が無ければ、私に聞く必要もなく、私をここに呼ばずに断ってうただろう。

この同盟に価値を見出した?

斉藤藤家が抱える問題って・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何?

皆の注目が私に集まる。

判んないよ。


「美濃は豪傑が多く、戦に強うございます。織田家としては美濃の武将と戦いたくないのです。お味方となれば、心強い」


政秀が私に声を掛けて来た。

尾張の兵は弱兵と罵られるほど弱い。

でも、本当に弱いの傭兵であり、負け戦と悟ると、主を守らずに逃げてしまう。

逃げっぷりのよさが弱兵と言われる由縁だ。

勝ち戦では弱くない。

そんな織田家が美濃の武将が欲しいのだろうか、尾張の兵に押されて籠城戦をしているのが美濃勢だよ。

あっ、そうか。

美濃勢とは、斉藤の兵ではない。

政秀は美濃の豪傑と言った。

斉藤家の仕える豪傑を欲しいなどと言う訳がない。

とすると、美濃の豪傑とは父上と敵対する土岐(とき)-頼芸(よりのり)様の武将だ。

彼らは潰しても、織田家や朝倉家の支援を貰って、野盗化して領地に戻って悪さをする。

払っても、払っても、戻ってくるハネムシのように鬱陶しい。

その者らへの支援を打ち切る。

そして、織田家と斉藤家が同盟を結べば、織田家はその者らを処分しても口を出さない。

最後に、その豪傑を美濃と縁を切らせて、織田家の家臣にしたい。

そう政秀は言っているのだ。

考える事が悪どい。

でも、父上にとって、頼芸様の家臣を根こそぎ刈り取る千載一遇の話だ。

ならば、私が言うべき返答は簡単だ。


「やはり、守護の頼芸様を裏切るような事は出来ません」

「これは異な事をおっしゃります。頼芸様を支援する織田家と支える美濃守護代の斉藤家が同盟を結ぶ事が頼芸様を裏切る事になるなど初めて聞きました」

「そうなのですか?」

「反斉藤家の者が頼芸様を唆し、頼芸様と斉藤家を戦わせよと画策いたしますが、織田家と斉藤家が同盟を結べば、その声も小さくなりましょう。それでも斉藤家に逆らうなど、そのような不貞な輩を織田家は支援できません」

「頼芸様を唆す不貞な輩を斉藤家が処分しても織田家は文句を付けないと」

「勿論でございます。只、武士の情け、御恩、意地、沽券などもありますので、従う事のできない者もおりましょう。しかし、すべての者が斉藤家を敵にしている訳でもございません。致し方ない事もございましょう。そのような者は織田家で引き取らせて頂きます。それをお許しになるならば、この同盟は両国にとって良き縁となりましょう」


わぁ、政秀さん。反斉藤家の家臣らを織田家が引き取ると言っちゃったよ。

織田家の家臣となった反斉藤家の者は同盟が続く限り、斉藤家に手出し出来ない。

反斉藤家の者を裏切って、逆に召し抱えて恩を売る。

追い出した領地は誰の者になるのか?

これは父上の家臣にとっても美味しい話だ。

明智の叔父上や稲葉の爺らも納得顔になっている。

政秀さん、滅茶苦茶な悪党だよ?


「父上、私はこの同盟を受けるのが得策と思えます」

「帰蝶は父が負けるとでも思うのか?」

「いいえ、父上は負けないでしょう。ですが、越前の朝倉、近江の六角が控えております。京が落ち着けば、また刃が降りかかります。織田家と争っていては美濃の民が落ち着きません。この同盟で四、五年の平穏を買いたいと考えます」

「四、五年か・・・・・・・・・・・・?」

「その先は判りません。織田家には、斉藤家に無い海がございます。海は、津島と熱田の膨大な銭を生み出します。その銭が織田家の力であり、織田家の強さです。東海の名士である今川家であっても織田家を下すには、四、五年を要するでしょう」

「姫様。我が織田家は今川などに負けませぬ」

「当然です。そうでなければ、私が困ります。ですが、必ず勝てるという保障もないでしょう。しかし、四、五年くらいならば、持つと予想できます」

「なるほど、ご聡明な姫様でございますな」

「儂の自慢の娘だ」

「父上。四、五年で美濃を掌握出来ますか」

「当然だ」

「ならば、この帰蝶は織田家に嫁ぎたいと思います」

「織田のうつけなどには、其方は勿体ない」

「うつけに嫁ぐのでございません。織田家に嫁ぐのでございます。私が嫁いだ方が宜しいでしょう」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


私は父上を見てニッコリと微笑んだ。

勿体ないと言うが、初めから私を嫁がせるつもりなのだろう。

織田家の財力は斉藤家にない。

これを乗っ取りたい。

乗っ取れるとすれば、私しかいない。

父上はそう考え、私もそう考える。

期待が重い。

腕も組んで「う~~~ん」とうなりながら悩んでいる振りをしている父上の芝居は、かなり下手だ。

芝居が巧い必要もないのだろう。


「こちらからは信秀様のご息女を山城殿の側室にと考えております」

「稲葉、其方はどう思うか」

「商人の免税が頂ければ、良い話かと」

「致し方ございません。それもお付けしましょう」

「光安。何かあるか?」


次に叔父上の意見も聞く、叔父上は塩などを安く仕入れる協定と木材を売る便宜を要求する。

これは即答を避けた。

西美濃は京へ向かう街道が儲けとなり、行商人が落とす銭が大きい。

しかし、中美濃や東美濃は売り買いが、領主同士の付き合いもあり、東と西で尾張との付き合い方が大きく違った。

西美濃は平地が多く石高も多く、人の移動も多い。

対して、中美濃や東美濃は山が多く石高が低く、人の行き来も少ない。

求める物がまったく違った。

同盟の話は決まったが、細部はまた話し合う事になった。

皆が去り、私と父上だけ残された。


「帰蝶。気が付いたか」

「何がで、ございますか」

「東と西の格差よ」

「はい。びっくりしました。求める物がまったく違うのですね」

「貧しい故に争いが起きる。東の苦境を西は理解出来んし、西の苦境を東が気遣う事はない」

「そうですね」


西は豊か故に、東の貧しい者の事が理解出来ない。

西は越前、近江、尾張と近いので隣の紛争が自国の危機となるが、山奥の東側の者に理解しろと言っても判る訳もない。

情勢が平地と山中ではまったく違う。

美濃が広すぎるのだ。


「帰蝶には、尾張で中美濃や東美濃でも起こせる惣を探して貰いたい。難しいが其方しか頼めぬ」

「畏まりました。美濃の為になる物を探しに参ります」


惣、農民らでも出来る産業を探せか。

父上は私に難しい課題を与えた。

でも、美濃の民を助けるには何かいるのだ。

その何かを探しに尾張に嫁ごう。

私も意気込んだのだが、その先の会談は中々に進まず、六角家への根回しなど、政秀さんは方々を回り、夏から始まった交渉が本決まりになったのは、年を越えた正月になってからであった。

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