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戦国物語 ~胡蝶の夢~  作者: 牛一(ドン)
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第4話 胡蝶の毒羽

灯りをつけましょぼんぼりに♪

墨俣(すのまた)に店を構える商家が傘や干支がぶら下がった『吊り雛』を献上してきた。土蔵に仕舞ってあった可児(かに)の伏見土人形も飾られた。

桃の花も咲き、無病息災(むびょうそくさい)を願って祓う『上巳(じょうし)(旧暦の3月上旬)の節句』(ひな祭り)が近付いてきた。

女中達は思い思いの紙などで(ひいな)(人形)を作り、紫式部の『源氏物語』や、清少納言の『枕草子』を真似て『ひいな遊び』(女子会)を開催する。

白酒を呑み、美味しいモノを食べ、身分も忘れて語り合う。

その日はワイワイガヤガヤと夜が更けても話は尽きず、早朝に『源氏物語』を模したお祓いをした(ひいな)(人形)を紙の舟に乗せて井川 (長良川)に流してお開きとなる。皆、煌びやか京の姫の気分を味わって楽しむ。

例年、母上や私も参加する。

楽しみだな、早く来月にな~~~れ。


やっと千早が戻って来た。

大方の予想通りで正義義兄上の評判は家臣や領民からすこぶる悪かった。

土岐(とき)-頼芸(よりのり)様に寝返ったと口々に悪態が流れており、正義義兄上を味方する者は少ないという。正義義兄上は武将として多く手柄を上げているが、無謀な突撃で討死した家臣から多くの恨みを買っており、また、領主としての才覚もなかった。明智家が治める明智庄に近い為か、頼芸(よりのり)様の評判も悪く、頼芸様に寝返った事を好意的に思う者は少ない。

明智家は土着した地頭の家なので領民と近く、信光叔父上に誘われて遊びに行った時も、領民達が私を自分の姫様みたいにチヤホヤしてくれる。

私は明智家の領民が好きだ。


「姫様。大猿は判りやすが、何故、土岐家の評判が悪いのか判りやせん」

「美濃守護は代々土岐(とき)家が世襲しています。鎌倉の御家人だった美濃源氏の土岐(とき)-頼貞(よりさだ)様が始まりです。頼貞様は足利(あしかが)-尊氏(たかうじ)公に仕えて美濃守護に任じられたのです。しかし、七代目の持兼(もちかね)様の代で途絶えます」

「それはどうしてですか?」

「丁度、『応仁の乱』で東軍と西軍に分かれて戦っていました。その時の守護代斎藤(さいとう)-妙椿(みょうちん)殿は西軍に与し、美濃源氏を廃して一色家より 成頼(しげより)様を養子に迎え入れたからと思います」

「思いますって、どう言う意味ですか?」

「私も詳しくないのよ」

「ともかく、美濃源氏から一色家に変わった訳ですか」

「そうよ。一色家は足利一門なのよ。とにかく、妙椿殿は尾張、伊勢、近江、飛騨まで勢力下に入れるほどの凄い方だったのです。逆らう事など出来ません。ですが、妙椿殿が亡くなると、美濃は分裂して、その騒乱が今に続いているのです」

「なるほど」

「明智家は美濃源氏の流れを汲む美濃土岐家の傍流に当ります。一色家の流れを汲む土岐家を良くは思っておりません」

「判りやした。明智家こそ美濃土岐家の本流であり、余所者の土岐家に寝返った大猿は不届き者だと思われた訳でやすね」

「まぁ、ちょっと違うわ。明智家は分家の一ツ。でも、そんな所です。正義義兄上は京の出身で、こちらには縁がありません。与えられた家臣の多くが明智家と縁の深い者なのです」


100年以上も土着して来た美濃源氏と50年前にやって来た一色土岐家との違いだ。

しかも妙椿殿の傀儡(くぐつ)だ。

美濃に連れて来られて実権もなかった。

対して美濃源氏の末裔である明智家、浅野家、原家、肥田家、石谷家、神野家などが土着しているので味方が多い。

父上は明智家を中心に他家を取り込んでいた。

さらに、正義義兄上の(まつりごと)を千早から詳しく聞いた。


「予想はしていたけれど、正義義兄上の人望がないわね。寝返る事も出来そうないので一先ず安心ね」

「そうでございやすか? 大猿が諦めるとも思えませんが」

「一人では何も出来ないわ。家臣や与力が反対すれば、正義義兄上は裸になるだけよ」


私は一先ず落ち着いた。

頼芸様の策は空振りに終わるのが判ったからだ。

これにて一件落着だ。


 ◇◇◇


天文17年 (1548年)2月末日、稲葉山城に一体の死体が届けられた。

斎藤(さいとう)-正義(まさよし)義兄上は与力の久々利城主久々利(くくり)-頼興(よしおき)の宴会に参加し、その席で毒殺された。

頼興殿も土岐-頼貞の五男康貞(やすさだ)が久々利家を起こした美濃源氏だ。

つまり、明智家と同族だ。

正義義兄上を殺害すると、一族を連れて何処かに出奔して姿を隠した。

誰が隠しているかは知らないけれど、恐らく見つからないだろう。

話を聞いた千早が目を合わずに小さく座っている。

少し態度が変な気がする?

珍しく佐吉丸(さきちまる)が一歩前に出て頭を下げる。


「姫様。申し訳ございません。姪御の成長を願って口を挟むのを控えておりましたが、此度はそれが裏目に出て巧く利用されました。すべて佐吉丸の責任でございます」


初めて佐吉丸の長文を聞いた。

いつも寡黙で「承知しました」としか言わない。

珍しいモノを見たので注意がそちらに逸れて、佐吉丸の謝罪の意味をすぐに理解出来なかった。

千早が『爺ぃ』と呼んでいたが祖父さんではなく、千早の伯父さんだったのか。

ふむふむ、見た目の年齢は40代。

そんな感じがする。


「武芸は人並みに育てましたが、(くさ)(諜報人、スパイ)としては才能がなく、余り教えて来ませんでした。この度、この馬鹿めは調査する時に姫様の名を出しました。すぐに止めさせましたが、それを巧く利用されたようです」


千早は忍びの武術が得意で諜報は苦手だった。

話して、何となく判っていた。

仕方ない。初めから手駒が少ないので諦めていた。

責めるつもりはない。


「で、何に利用されたの?」


私の価値など余りない。

正義義兄上の死にどう繋がるのかが想像出来ない。

佐吉丸の声が一段と低くなった。


「この馬鹿めは姫様が正義様に嫁がされるかも知れないので悩んでいると言ったのです」

「はぁ、どうして?」

「その・・・・・・・・・・・・噂を聞いても口が重く、何も返事をしてくれやせん。むしろ、どうして興味があるかと聞かれたので・・・・・・・・・・・・お忍びで町に来られた姫様が愚痴っていたと」

「馬鹿っかじゃない」

「済みません。爺ぃにも叱られました。一度しか言っておりません」


あぁ、これでは諜報活動ではなく、扇動(せんどう)(デマ拡散)になってしまう。

それを久々利頼興殿が聞けば、「帰蝶様の憂いを無くす為に、()くの(ごと)仕儀(しぎ)となり申した」と言い訳に使われ兼ねない。

“だってほら、皆に聞いてみなさい。帰蝶様が嘆いているのは町の噂になっているでしょう”

そんな感じで私を理由に毒殺に及んだと言ったのね。


「頼興殿が残した手紙にも書かれておりました。当然ですが、すでに殿が廃棄しました」

「そうでしょうね」

「してヤラれました。申し訳ございません」

「謝る事はないわ。父上も困惑しているでしょう」

「果たして、そうでございますか」

「佐吉丸…………何かって、思う事があるの?」


佐吉丸は含みのある言葉を吐いた。

正義義兄上が亡くなれば、朝廷と幕府への繋がりが薄くなる。

そして、前関白の個人的な恨みを買う。

これは父上にとっても痛手だ。


頼純(よりずみ)様を失った朝倉家も痛手でしたが、美濃に攻めて来ておりませぬ」


当然だ。

頼純様は自ら美濃を捨てた。そして、病に倒れた。

頼純様の(かたき)が私だ。

だが、弔い合戦などしようモノなら、14歳の小娘の生霊に兵を上げるのかと世間から朝倉が笑いモノにされる。

今は機会を伺って大人しくするしかない。


正義義兄上は自らの与力に殺された。

完全な正義義兄上の過失だ。

だが、捜査する者も困る。

もしも頼興殿が私から手紙などを持っていれば、その罪は斉藤家や明智家に類が及ぶ。

もちろん、私は手紙など出していないので存在しないが、この世の中には存在しないモノが現れる事がある。

私がそれを見て、「それは偽物です」と言っても信じてくれるとは限らない。

また、久々利家の者が私の命を受けたとか言いかねない。

それも困る。

つまり、見つからない方が都合よい。

ならば、死人に口なしと、問答無用に殺してしまうのも拙い。

久々利家は美濃源氏の一族であり、皆を納得させてから罪を与えなくては、父上の味方が減ってしまう。

これは厄介な問題だ。


逆に、放置すると、頭を下げて道化を演じて正義義兄上を味方に引き入れた頼芸様が納得しないだろう。

だが、頼芸様がどう指図しても美濃源氏の流れを汲む美濃衆の協力は得られない。

そりゃ、証拠が見つかれば、頼芸様と父上が合戦になる。

今、六角家と織田家の援軍は期待出来ない。

最終的にどういう決着になるかは知らないが、少なくとも頼芸派の武将らは根絶やしにされる。

それが判っているので、頼芸派の武将も捜査を真剣に出来る訳もない。

そうして噂だけが飛び交い、私が関与した事にされる。

最近、こんなことバッカだ。

私が頭をぐるんぐるんと回していると、佐吉丸が思う事を言う。


「姫様。良くお考え下さい。千早が調べに行った事を知る者はわずかです。そして、姫様の名を出したのも一度限りです。ですが、その一度を有効に使われました」

「美濃には多くの間者が入り込んでいるのでしょう」

「我らの顔を知っているのは僅かです。名もない行商人の言葉が広まるでしょうか。我らは大桑城(おおがじょう)でも顔は隠しておりました」


城でも千早と佐吉丸を知るのは私付きの侍女くらいだ。

他に知る者は、同じ忍びよね。

城の忍びは、私が千早を探りに出した事を知っている・・・・・・・・・・・・つまり、千早の動向を知るのは、父上だ⁉

胸が急に高鳴った。

確か、父上は私の動向を気にしていると千早が言っていた。

私は首を横に振った。

そんな筈がない。

父上が正義義兄上を始末するように指示したなどあり得ない。

そう思いたい。

でも、この乱世を生き延びる為に手段を選ばないのも事実だ。

父上の影がチラつく。

佐吉丸の予想が外れている事を祈りながら、私は父上を信じる事にした。

とにかく、頼芸様を怒らせた。

それを父上はどう収拾するつもりなのだろうか?

斎藤正義は、1548年(天文17年)2月配下の久々利城主の久々利頼興に館へ酒宴に招かれて謀殺されております。 

近衛家の血を持つ彼を手に入れた斉藤道三は喜んだ事でしょう。

見掛けが張飛のような大男と伝わっており、張飛のように知識人層には敬意をもって応対するのですが、身分の低い者、兵卒などには暴虐であったのでしょうか?

おそらく、家臣の久々利頼興に毒殺されました。

どんな人物だったのでしょうか?

しかし、この時点で道三が正義を殺すのは時期的に悪いので、家臣の独断なのでしょう。

私はそう推測しております。


本作では、帰蝶が仕掛けて、久々利頼興が応じて毒殺したと噂が立っております。

蝮の娘の本領発揮中です。

帰蝶は何もしていないのにね⁉

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