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戦国物語 ~胡蝶の夢~  作者: 牛一(ドン)
2/11

第2話 私は六条御息所じゃない。

あぁぁぁぁぁぁ、どうしてコウなった?

私は床に寝転んで悲鳴のような奇声を上げた。

あの命を賭けた大立ち回りをしてから四ヶ月後、稲葉山城の屋敷に自室に戻って来た。

私、何が悪かったの?


何度、考えても判らない。

大桑城(おおがじょう)を開門すると父上は兵を引き連れて入場し、多くの家臣と供に戦勝報告を行った。

頼純(よりずみ)様に危害を加える素振りなどまったく見せない。

そして、頼純様付きの朝倉家の家臣に『朝倉・土岐同盟』の継続を願った。


「この守護代 斎藤(さいとう )-利政(としまさ)。頼純様の為に美濃の統治に協力いたします」


不気味に微笑んだ父上は斉藤家が土岐家の家臣である事を強調した。


さて、戦勝報告が終わると、先の戦で人質に出された私の待遇改善が話し合われた。

大桑城の警備は常駐する朝倉の兵200人が取り仕切っており、その任を父上が引き継ぐと言った。

代わり重臣二人と明智家の兵50人を常駐させ、近くに砦を建造して有事に兵200人がすぐに駆け付けられるようにする。

越前に帰れると下級武士や兵は喜んだが、頼純様の警護を任された朝倉家臣にとって屈辱的な要求だったのか、苦虫を噛み潰したような不愉快そうな顔付きで睨みながら承諾した。

そう、承諾せざるを得ない。

今回の大戦は誰も文句を付けられないほどの大勝利だった。

その実力を認めざるを得ない。

それでも大桑城の常駐兵は100人近く残っており、加えて頼純様の家臣して領地を貰った元朝倉家臣らは残るのだ。

私の立場が劣勢な事に変わりない。

父上が“これを断れば、臆病者だ”と挑発した。

母の実家である明智兵50人ならば、何が起っても私を護ろうとする。

最強の50人だ。

さらに渋る朝倉家臣を前に血判状をその場で書いて、父上は畳み掛け、それでも心配ならば・・・・・・・・・・・・と新しい城を築城し、そこに斉藤家の拠点も移しましょうか?

そう脅すのだ。

それでは敵中に頼純様の館を放り込む事になる。

こうして50人の常駐を認めさせた。

その話が終わると、頼純様の前で此度の恩賞を与えてゆく。

美濃を誰が支配しているかを知らしめた。


戦勝の宴会が終わると、私は部屋に戻った瞬間に父上が私を抱き付いてきた。

父上は「無茶をしおって」と泣きながら怒り、重臣らから感謝の言葉を受け取った。

偽装した兵に門を開けさせ、陥落させるのは簡単だったが、頼純様の威信を傷付けず、どうやって城を開城させるかというのが難題だった。

さらに最後まで抵抗されると、頼純様を無傷で確保する手立てがない。

周辺の木々を燃やし、何とか和議の使者を出させようと苦心していた。


そりゃそうだ。

10日も包囲を続ければ、朝倉家から苦情が来るし、越前から兵を差し向けてくる前に終わらせる必要があった。

密かに忍びを潜入させて、厳重に守られている頼純様の身柄を確保して総攻撃を行うという『絵に描いた餅』のような作戦が進行中だった。

失敗すれば、私の身が危ない。

だから、私を一時的に避難させる。

重臣らが、その場で父上の無茶を非難した。


「我々は最初から反対しておりました」

「しかし、大殿が姫様の待遇が不憫(ふびん)でならんと断行されたのです」

「そうなのです。止めようと何度も致しましたが、姫様の事となると止まらないのです」

「殿は本当に姫に甘い」


重臣らが苦労を語る。

そもそも大桑城に兵を向けなければ、私に危害が加わる事はない。

だが、戦勝報告に来なければ、頼純様の心証は悪くなる。

一人で来いと言われて、ホイホイと殺されにくる父上でもない。

裳着を済ませたばかりのひ弱な女性でしかない私を幽閉して会おうとしない頼純様が手勢を連れた父上の入城を認めるだろうか?

絶対に認めない。

そして、頼純様と父上の関係は悪化して、私への待遇がさらに悪くなる。

そんな未来が予想できた。

父上はそれが容認できなかった。

私の待遇改善の為に兵を動かして大桑城を攻めに来た。

親馬鹿だった。

だが、只の親馬鹿ではない。

対峙する事で得られる美濃での格付けを示す事が出来る。

成功した場合に得られる物の大きさを主張されると重臣も困った。

父上の暴走を止められなかった。


私が命を張ったお陰もあり、土岐家と斉藤家の関係は改善した。

後は、頼純様の正室として、頼純派の武将らを懐柔して行けば、美濃は平穏になり、民・百姓も戦に明け暮れる事が無くなる。

そして、頼純様の氷心も少しずつ解かして行けばよい。

すべてが丸く収また。

そう安心した矢先に撤退する朝倉兵に紛れて、頼純様が美濃から逃げ出した。

守護様が自ら国を捨てるなどあり得ない。

私や父上は、頼純様に帰って頂けるように手紙を何通も送った。

朝倉殿にも頼んだ。

しかし、その願いは叶わない。

頼純様が帰途の途中で倒れ、床に伏して亡くなってしまわれた。

私は一年も経たずに未亡人となった。

頼純様の子でもいれば別だったが、子のない守護の未亡人など何の価値もない。

無用の長物だ。

私はすぐの稲葉山城の屋敷に戻された。

何が悪かったのかしら?


「そりゃ、姫様が怖かったんでありやしょう」


後ろで控えていた千早が仕方ないとばかりに答えてくれた。

私が怖い?


「こんなに可愛いのに?」

「はぁ、自分で可愛いと言ってしまいやすか。まったく自覚がありませんね」

「わ・た・し、可愛いでしょう?」

「あっしらが動くなと放った殺気と、隙あらば殿様を助けだそうと武将の殺気が飛び交っている場所に挟まれて、悠然(ゆうぜん)としていた姫様が可愛い訳がありやせん」

「それは関係ないわ。それに悠然としていた訳じゃないのよ」

「姫様の隣に座っていた殿様が青い顔でガクガクと歯を鳴らして震えていたのに気が付きませんでしたか」


うん、全然気が付かなかった。

そんな余裕ない。

血の気の多い美濃武士がいつ切れて襲い掛かってくるのかと思えば、本当に気が気でない。

背中を汗でビッショリと濡らしながらも平静を装うだけで目一杯だった。


「殿様は自分が失禁した事にも気付かない様子で、物の怪を見るような目で姫様を見ておりやした」


そう言えば、父上との会話も殆どが付き添いの朝倉武将が執り行い、頼純様は弱々しい声で「大義である」と「よきに計らえ」と頷くだけだった。

あっ!?

そう言えば、千早が下を見て舌打ちをしていたような気がする。

そんな怖かったのかしら?

私が首を捻ると千早が残念な子を見るような溜息を吐く。

もういいわ。


「小雪。いつもの着替えを用意して」

「姫様!?」

「折角、屋敷に戻って来たのですモノ。久しぶりに行きましょう」


小雪が戸惑うのも気にしない。

こんな時は食べ歩きだ。

私が『いつもの』と言えば、市井(しせい)の服を取って来いという意味だ。

小雪が何度かまばたきをしてから「すぐに準備致します」と言って部屋から出て行った。


「姫様。どこかに行く気ですか」

「少し町を見に行きます」

「暫く、大人しくしてくだせい」

「何か、不都合があるのかしら?」

「今、町は他国の密偵が入り乱れていやす。そんな危ない所に飛び込んで頂きたくありやせん」

「敵だらけ城から無事に助け出すと豪語した千早の言葉とは思えません。他の理由があるなら言いなさい」

「危ないでは納得して頂けやせんか?」

「無理です」


千早がもう一度息を吐いた。

何か理由があるのだろうが、言うつもりはないらしい。

後ろの千早が『爺ぃ』と呼ぶ目付役の佐吉丸(さきちまる)は言葉少なく口が固い。

聞いても無駄だろう。

聞きだそうするだけ、時間の無駄なので着替えて、すぐに出発だ。


 ◇◇◇


先の戦でも織田方が町を焼いたと聞いていたが、城下町はあっと言う間に復興を遂げていた。

もちろん、それは表通りに限る。

裏通りは板を貼り合わせただけの小屋と茣蓙(ござ)を掛けただけの家が目に付いた。

道端に座って凍える手に息を吐く子供らの姿に目に入る。

あれで雪が降っても大丈夫なのかしら?

あの子らが年を越せるのかが心配になり、父上に炊き出しでも頼んでみようと心に決めた。

今が()かした串団子を余分に買って、その子らに配った。


「一緒に食べましょう」

「いいの?」

「皆で食べた方が美味しいわ」


千早は『姫様・・・・・・・・・・・・目立つのはお止し下さい』と小さな声で呟く。

すり切れてボロボロに汚れた子供らの中に小綺麗な商家の娘のような私がぽつんと座ると目立つようだ。

団子が貰えると聞いた子らが少しずつ増えてくる。


「小雪、追加の団子を買ってきて」

「畏まりました」

「皆、ちょっと待ってね」


その度に小雪が何度も団子屋に足を運んだ。

初めは路地を少し入った奥に座った私を見つける者は少なかったが、子供らが増えてくると少々目立つようになる。

すると、察し良い商家の者が差し入れを持って来た。


「お嬢様。この饅頭(まんじゅう)は如何ですか」

「ありがとうございます。確か、大賀屋さんでしたか」

「当店の名を覚えて頂いてありがとうございます」

「いつもすみません」

「いえいえ、お嬢様の美しい心に感動しております。何も出来ませんが、これをお食べ下さい」

「遠慮無く頂きます」


大賀屋が去ると、会田屋、茜屋、伊藤屋等々、城に出入りする商人と出入りを狙っている商人らが差し入れを持ってやって来る。

私は待っているだけで色々な菓子にありつける。

千早の『姫様!? いつもこんな事をされていたのですか・・・・・・・・・・・・信じられやせん』と尻萎みに声が擦れてゆく。

いつもじゃないよ。偶にだよ。

私は受け取った菓子を子供らに配った。

以前は知り合いの寺に預けた事もあったが預けるにも限りがあり、これ以上は何も出来ない。

父上にお願いするのだが財にも限りがあり、この美濃を平穏にしなければ解決しない。

だから、私は力が欲しかった。そして、手に入れた。

手に入れたと思ったら『砂上(さじょう)楼閣(ろうかく)』は指の合間から流れ消えた。

私は何も出来ない儘だ。

次の瞬間、呆れている千早の目が鋭くなる。

私も脈が早くなり、千早の目先を追うと見慣れない武士がいた。


「誰ですか?」

「織田の知恵袋、平手(ひらて)-政秀(まさひで)で御座いやす。最近、何度か訪れておりやす」

「私を人質に欲しいと言ったもう片方の織田ですか」


朝倉家も私を人質に出せと要求されたが、もう一方の織田家も私を人質に欲していた。

先に声を上げたのは織田方だった。

だから、「嫁いで貰う」と言われた時は織田に嫁ぐのかと勘違いをしたくらいだ。


「織田の若様は少々変わり者と聞いております」

「変わり者ですか?」

「尾張では『うつけ』と呼ばれているようで・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もしかすると変わり者の姫様にはうつけがお似合いかもしれません」

「私のどこが変わり者ですか」

「ここにいる事が、で、御座いやす」


織田の知恵袋は少しこちらを伺うと、すぐにその場を去って行った。

城の武将らは、私を見掛けても見て見ぬフリをして遠巻きに見守ってくれる。

その武将らの殺気を感じ取ったのかも知れない。

何事もなく済んだ。


「えっ!? あれがお城の姫様なの?」

「そうよ」

「噂通りに可愛いらしいお方ね」

「でも、お可哀想」

「そうよね。『三婚の儀(さんこんのぎ)』を交わしたばかりなのに捨てられたなんて」

「恨んで当然よ」


何事もなく済んだようだが、私が城の姫だとバレてしまった。

そうなのだ。

散らばっている武将らが一斉に刀に手を掛ければ、鋭い目線を向ければ、周囲の者も何かあったと勘づく。

そして、姫だと知っている者がヒソヒソ声で聞こえてきた。

その声は『お可哀想』、『恨んで当然』、『心を痛められたに違いない』という声が紛れているのに気付いた。

どうも私は凄く同情されているらしい。


「でも、恐ろしいわよね」

「蝮の娘様ですモノ」

「怒らせては駄目よ」

「触らぬ神に祟りなし、くわばら、くわばら」


それに紛れて、私を恐怖するような声に、数珠(じゅず)に手を合わせて拝む人も混じっている。

千早が私から目を逸らしている。


「ち、は~や。説明しなさい」

「知らない方が幸せと言う事もやりやすぜ」

「言いなさい」

「逃げた腰抜けの頼純は夜な夜な姫様の幻影を見て、刀を抜いて立ち回り、一乗谷の手前で病に伏して倒れたそうです。寝言で姫様の名を叫び、僧侶は姫様の生霊が呪い殺そうとしていると言ったそうです。そして、加持祈祷(かじきとう)の甲斐なく、頼純はくたばりました」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えっ、えぇぇぇぇぇぇ!?」


私が呪い殺した事にされていたの?

頼純派の武将からすれば、私は憎い敵になる。

そりゃ、私を父上が急いで稲葉山城に戻した訳だ。

用無しじゃなかった。


「私は六条(ろくじょうの)御息所(みやすんどころ)じゃないのよ」

「そりゃ、何で御座いやす?」

「源氏物語に出てくる光源氏の愛妾の一人よ。六条の方は正妻の葵の上(あおいのうえ)を恨んで、愛を取り戻そうと生霊となって呪い殺した話よ」

「なるほど。姫様とそっくりです」

「ぜんぜん違う。最愛の正妻を殺せば、愛が戻ると思った六条の方と違って、私は頼純が生きていた方が良いの。六条の方も光源氏を殺さなかったでしょう。私も同じ。頼純様を生きていれば、守護の妻として権力を振るう事ができるけど、死んでしまっては意味がない。殺したいなんて思う訳がないでしょう」

「なるほど。殺す意味がないと」

「そうよ」

「捨てられた事を恨んでいないと」

「恨んでないわ。ちょっと怒っただけよ。守護が国を捨ててどうすると」

「やはり、それは皆に説明するのは難しいでやがりますね」

「どうして?」

「そりゃ、殿方に捨てられた可哀想なお方と思いたいからです」


あははは、そうね。

源氏物語に重ねてよもやま話に花を咲かせているって事。

いやぁ~、私もよもやま話は嫌いじゃないけど、私をよもやま話にしないで⁉

私は六条御息所じゃないのよ。

心の中で何度も叫んでも、この噂を消す策は浮かばなかった。

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