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戦国物語 ~胡蝶の夢~  作者: 牛一(ドン)
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第9話 光秀との別れ。

天文十七年 (一五四八年)五月一日。

あの平手政秀との会談から十日も経った。

政秀が戻り、信秀の了承が貰えたと手紙を送ってくると、父上はすぐに相羽城(あいばじょう)鷹司(たかつかさ)-某を討伐して良いかと手紙を送り返した。

元々、相羽城は土岐光行の子・饗庭光俊を祖とする饗庭(あえばし)-国綱(くにつな)国頼(くにより)が治めていたが、土岐(とき)-頼芸(よりのり)配下の長屋(ながや)-景興(かげおき)に攻められて追い出され、先の戦で父上が相羽城を攻めて景興を討ち取った。

その後、交渉の末に頼芸(よりのり)様の太鼓持ちの鷹司(たかつかさ)-某に与えた。

景興は頼芸様の配下だったよね。

景興と景興の嫡男も討ち取られたが、弟の長屋(ながや)-景重(かげしげ)が生きているのに、頼芸様に取り入った鷹司某に与えてしまった。

長屋家から強奪したと言ってもよい。

頼芸様のいい加減な所が、父上を守護代したとも言える。

が、守護代となって美濃を治めると、そんな無法を放置できない。

誰が守護代になっても頼芸様と対立する訳だ。


同じ頼芸陣営でありながら、長屋家から相羽城を奪った悪漢の鷹司某を成敗する。

父上はこの悪漢ぶりを宣伝した。

そして、明智(あけち)-光安(みつやす)叔父上の元に、元相羽城主だった国頼の子で国信(くにのぶ)の為に取り返そうと、光安叔父上が名乗り上げた。

饗庭家と同じ美濃源氏だ。

光安叔父上は大義名分を掲げて、相羽城を取り戻す好機を得た。


「姫様。相羽城攻め決まりました」

「勝ちは決まっています。後で聞きますので報告は無用です」

「判りやした。所で明智殿がお会いしたいと待たれておりますが、放置しますか?」

「明智・・・・・・明智の誰?」

「留守居役になった光秀という奴です。月紫(つくし)が奥に入れられないと、足止めをくらってもずっと待ってやがります」

「呼んで来て」

「判りやした」


侍女長の月紫の堅物ぶりも困ったモノだ。

私はまだ清い乙女だが、頼純(よりずみ)様に嫁いだ中古品の未亡人と世間から思われている。

この評価に月紫が憤慨し、婚姻が決まった私に殿方を近づけないように頑張っていた。

月紫は蜷川親順の娘に付いていた京出身の侍女であり、世間体を非常に気にするのだ。

私も京風の武家の行儀作法もみっちりと鍛えられました。

さらに、正義義兄上が『三国一の花嫁にしてやる』と言っていたのを月紫は信じており、公家の作法まで教えてくれたのです。

ありがた迷惑です。

正義義兄上は腹違いの内大臣晴嗣(はるつぐ)様に嫁がせるとか豪語していたからね。

近衛家の縁故の者に嫁ぐ。

そんな夢のような予定が、美濃守護の頼純様と一段下がり、今度は尾張の奉行の『うつけ』と噂される息子に嫁ぐ。

月紫はその場で気を失うほどの落胆ぶりで、尾張の奉行の息子など道場に生えている草と同じで、天と地ほどの違いがあったのでしょう。

最近、悪い噂が立たないように出入りを厳しくしている。


月紫が従兄弟の光秀を連れて不満そうな部屋に入ってきました。

私としては「久しぶり、最近は何をしていたの?」と走って出迎えたい所ですが、月紫の目をあり、扇子で顔を隠して軽く会釈とすると座るように勧めました。


「姫君におかれましてはご壮健で何よりで御座います」

「光秀も元気そうで何よりです」

「先日の会談で姫様がお越しになられた時は心臓が飛び出るほどびっくり致しました」

「帰ってきたなど知りませんでしたので、私もびっくりしました」

「帰ってきた足で、あそこに呼ばれました」

「まぁ、そうだったのですか」

「先日の会見で確信致しました。姫君は私が見込んだ通りのお方であり、『王佐の才』をお持ちでございます」

「お世辞が巧くなりましたね。でも、嬉しく思います」


簡単な挨拶を済ませると、相羽城攻めの話に移って行く。

月紫の目が厳しくなるが、千早から報告しか知らない私としては有り難い。

鷹司某は頼芸様を惑わす佞臣と父上から公表され、討伐の声を上げた。

頼芸様も「戦だ。戦の仕方をせよ」と声を荒げ、六角家、織田家への援軍を求めた。

織田家から政秀がすぐに頼芸様の元に参上し、鷹司某の領主としての乱暴狼藉ぶりや、守護代を罵倒する数々の証言が並べられ、織田家が援軍を送らない事を申し立てた。

鷹司某が城を捨てて織田家に避難するならば、受け入れると。

猶、それを同じ内容の書状が六角家に送られ、父上もよ手紙を六角家に送った。

頼芸様に危害が及ばない。

ここが肝心だ。

これで六角家も兵を送らないだろう。

斉藤家と織田家が同盟を結んだのは公然の秘密となった。


「殿も素早いですが、政秀殿も事前に調べておられた様子です。どちらも手堅い」

「そうでしょうね。二、三手先を読んでおられます。私は二人の思惑通りにしゃべらされた感が拭えません」

「いいえ。二人の意図を察せられる姫君こそ、流石と言うべきでしょう」

「褒めても何も出ませんよ」


光秀はこれから高政兄様の目付の一人として参戦する。

戦場に立つ機会はない。

そもそも明智の者が褒美を貰えないと決められている。

光安叔父上が饗庭国信の後見人として兵を上げ、鷹司某二万石の内、相羽城を含む一万石を国信に返して貰う事が決めっており、残り一万石を褒美として与える。

褒美を貰った者は国信の与力となって、二万石の勢力を維持する。


「我らが国信の家臣になる訳にはいきません」

「そうですね。明智の取り分が多ければ、今度は明智が妬みを買います」

秀満(ひでみつ)利三(としみつ)は初陣ですが、貧乏クジでしょう」

「確かに、初陣で張り切っても褒美がないのは辛いでしょうね」

「兵を鼓舞する技量が試されるでしょう」

「兵が活躍しないと初陣を勝利で飾れない。勝っても明智家に褒美はなし。でも、兵に褒美なしとはいきませんからね」

「此度は身銭を切るしかございません」


秀満は光安叔父上の嫡男だ。

また、利三は光安叔父上の妹が嫁いだ斎藤(さいとう)-利賢( としかた)の息子だ。

私にとってどちらも従兄弟だ。

この利賢は代々守護代を歴任した斉藤家の流れを汲み、公家の甘露寺(かんろじ)家や北畠(きたばたけ)家などの血も入り、血筋のみなら明智家より格上だった。

その血筋から利賢は蜷川親順の娘を妻に貰った。

私の侍女長の月紫はその蜷川親順の娘の侍女だったし、利三の兄は奉公衆の石谷(いしがい)-光政(みつまさ)様の養子になっている。

近衛家との取次役を失った斉藤家には、利賢の重要性が増した。


私ら三人とも年が近かった為が一緒に野山を駆けまわった仲であり、お目付役の光秀だけが貧乏クジを引いて、年寄りから「何故、引き留めなかった」と叱られていた。

[帰蝶 満14歳、秀満 満13歳、利三 満15歳、光秀 満21歳]

そんな秀満と利三も元服して初陣か。


「何もかも懐かしいわ」

「今から思えば悪夢でした」


私の美しい思い出と、光秀の思い出には何か齟齬があるようだ。

しばらく、二人で微笑みながら睨み合った。


この鷹司某の討伐は序章でしかない。

父上が一目置く、頼芸様の忠臣である(もり)-可行(よしゆき)などが寝返れば、すべてが巧く行くのだろうが、恐らくは忠臣だから寝返らない。


「このような鬼手を考えてきた平手政秀にゾッと致します」

「そうかしら、中美濃の奥、私は奥美濃と呼ぶけれど、越前の朝倉家に接しているので頼純派が多かったでしょう。同じように尾張の織田家に接している西美濃に頼芸派の武将が多いのです。西美濃の頼芸派は居なくなれば、美濃で頼芸様を支持する者は少なくなります」

「その通りです」

「織田家を頼ってきた者を売るという鬼手ですが、別に織田家の為に兵を出してくれる訳ではありません。織田家が美濃に進出する余力がないのならば、お荷物です。その荷を高く売り付けただけではありませんか」

「なるほど。味方は味方でもお荷物ですか。姫様はやはり見る目が違います」

「光秀は違ったの?」

「自分で売っておきながら、引き受けると言う図々しさに腹を立てました」


確かに、面子に拘る武士らしくない策だ。

父上も武士としての享受は受け容れ難いモノがあったのかもしれない。

そこを見越して私を同席させた。

考えが深すぎる。


頼芸様の味方を削る行為は父上への敵愾心を煽るような行為だが、神輿を担ぐ者が居なくなれば、守護と守護代の争いは終わる。

六角家も胸を撫で下ろす。

父上の仕事も治世へと転換できる。

私は美濃の人柱として織田家へ嫁ごうと改めて決意した。


「光秀。この戦が終われば、貴方が活躍する場が増えるでしょう。父上を宜しくお願います。内政でこそ、この光秀は光ります」

「滅相もない」

「光秀は昔から多くの書物を読んでいましたからね」

「姫様もよく所望されました」

高政(たかまさ)兄様も少しは学べば良いのですが、武芸一辺倒ですか」

「残念ながら」


高政兄様が跡取りというのが心配でならない。

これから治世の移る斉藤家を理解できるのだろうか?


「光秀は何か気が付いた事はありますか」

「そうでございますね。西美濃と東美濃の格差が気になっております」

「それは私も思います」


平地を多く石高が多いのが西美濃であり、織田家と同盟を結び、交易が盛んになって富みを得るのも西美濃なのだ。

西美濃が得た富を東美濃に投じて開拓などを進めないと美濃全体の石高が上がらない。

しかし、それは西美濃にとって嬉しい話ではない。

私には西美濃を納得させる策が浮かばない。

光秀にはあるのだろうか?

私はちらりと光秀を見たが、首を横に振った。

「我らが西美濃の負けぬように開拓に力を注がなくてなりません。出来る事は限られています。出来る事に全力を注ぐ、それだけです」

「そうね。それしかないわね」


格差で中美濃や東美濃の領主に不満が溜り、それを発散させる為に小さな戦を起こす。

戦続き、民が疲弊して美濃が駄目になる。

でも、不満を逸らすには、戦が続く方が統治しやすい。

戦が続けば、西美濃の不満を集めた高政兄様が、父上と対立する日が来るような気がする。

なんて皮肉な話だ。

それでも父上なら巧くヤル。

私はそれを疑わない。


「光秀。久しぶりに一本付き合いなさい」

「姫様⁉」

「月紫。黙りなさい。敵地に赴くのです。刀の腕を磨かないでどうしますか?」

「織田家は敵地ではありません」

「いつ敵地に戻るかなど判りません。一月前までは敵だったのよ」


私は月紫を征して、庭で久しぶりに木刀と振り回した。

やぁ~~~~、私は声を上げて切り掛かった。

カコンという音が上がると、さっと対を入れ替えられて追い詰められた。

優男に見えるのに光秀の刀の腕も悪くない。

本人曰く、十人並と言う。

千早の目から見ても弱くないと言うが、強いとも言わない。

上には上がいる。

汗を掻くと嫌な事も吹き飛んだ。

出来ない事を悩んでも仕方なく、出来る事を考えよう。


「ここまでに致しましょう」

「そうね。私も疲れました」

「もう二度と稽古を付ける事はございませんと思いますが、どうかご壮健で在られますように祈ります」

「稽古は無理でしょうね。でも、美濃の事は知らせて下さい。私も尾張の事を知らせます」

「承知致しました」


白湯を持って来てくれた小雪に礼を言って白湯を啜った。

千早は私に付いて来てくれる。

でも、千早に軍略を聞いて期待できず、相談できる相手ではいない。

私の悩みは尽きない。

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