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戦国物語 ~胡蝶の夢~  作者: 牛一(ドン)
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第1話 蝮の娘、帰蝶。

うんっしょ、うんっしょ、う~ん疲れた。

私は白い息をはきながら屋敷の背後に聳える稲葉山を上って城を目指した。

この山を勝手に登る事を父上から禁じられていたが、私は何度もひっそりと挑戦して失敗した。

各所の砦が造られており、兵が見張っていて抜けられない。

でも、そこを避けるとキツい斜面が待っている。

間違って足を踏みはずすと転落する。

大きな砂埃が上がり、駆け付けた兵に連れられて私は屋敷に戻された。

その都度、怒られた。

でも、見たいモノ(・・)は見たいのだ。


あの中腹から見た景色は絶景だった。

私は諦めない。

今度は頂上から景色を眺めてやる。

そう心で決めていたのだが、今回は父上からお呼びが掛かり、ゆっくりと山道を登りながら心行くまで景色を楽しんだ。

頂上の城に近付くほど、見渡す限りの野原 (濃尾平野)が広がっていた。

どこまでも広がり、景色に圧倒された。

凄い、大きい、父上はズルい。

これを一人占めしていた。

今は私のモノに思えた。

でも、ちょっと疲れた。

感動にうち浸っていると「姫様、皆がお待ちです」と侍女に急かされて城に入った。


「帰蝶。只今、到着しました」

「入れ」


城の広間で父上がゆったりと腰掛け、怖い顔した重臣らがずらりと横に連なる。

微笑みながら目を細くして父上が「ちこうよれ」と優しく言うが、強面の顔が際立って逆に怖い。

これは屋敷で見せる目尻が垂れた父上ではない。

出陣の前のキリリとしたお顔でもない。

いつものように怖い顔をしながら笑みを浮かべているが、目が笑っていない。

そうか⁉

父上は私や兄上を叱っていてもいつも目が笑っていた。

今は真逆で顔が笑っているのに細めた目が怖い。

あっ、これが母上の言っていた「怒っていらっしゃる」という奴か。


母上が「ほほほ、殿は本気で怒っていらっしゃいません。怒っていられる時は目を細められ、不満を隠して奥歯を噛みしめていらっしゃるのよ」と笑いながら言われていた。

我慢できない時ほど平静を装う。

これは酷い。

強面に優しい笑顔など不気味なだけだ。


「帰蝶、其方には嫁いで貰う」

「武家の姫に産まれたからは覚悟しております。父上のお役に立てるならば、不平・不満はございません」

「まだ裳着(もぎ)を済ませておらんというのに待ってくれんのか」

「帰蝶も十三(満13歳)になりました。早い者ならば、すでに裳着を済ませております」

「まだ十三だ」


重臣らが慌てて「殿、その話は納得された筈では御座いませんか」などと宥めた。

父上は駄々っ子のように「帰蝶は」、「帰蝶は」と私の名前を連呼して重臣らと対峙しはじめた。

身近な者らがすでに裳着を済ませて嫁いで行ったのに私はまだだった。

全部、父上の所為だ。

父上は私が裳着を済ませるのを嫌がった。

ここでもゴネていた。

普段は沈着冷静で重臣らに(いな)と言わせない凄み顔の父上だが、私の事になると粗豪(そごう)を崩して無茶を言う。

私の事が大好きな父上。私もそんな父上が大好きだ。

論争がしばらく続く。

随分と待たされた後に諦めた父上が私に言い渡した。


「其方の相手は美濃守護 土岐(とき)-頼純(よりずみ)様だ」

「畏まりました・・・・・・・・・・・・えっ?」


織田の若様じゃないの?

私は目を白黒させながら承諾した。


 ◇◇◇


春の内に裳着を済ませ、それが終わると急かされるように大桑城(おおがじょう)に輿入れさせられた。

見届け役の重臣三人、警護の侍が二十人、世話役の侍女が十人を連れて大桑城(おおがじょう)に入城し、頼純(よりずみ)様との三三九度が終わると侍女一人を残して、他の者はすべて返された。

私の護衛は?

それに私の世話役が一人というのも・・・・・・・・・・・・無茶だよね?

そして、覚悟した初夜にも誰も訪れない。

ちょっと酷くない。


我が斉藤家は先の(いくさ)で勝利したと言われる。

越前の守護神、朝倉(あさくら)-宗滴(そうてき)殿を山道で撃破し、織田勢を稲葉山城で撃退した。

織田勢は1,000人以上の被害を被ったと聞く。

我ら斉藤勢が勝利だ・・・・・・・・・・・・そうかな?


でも、私は勝利と思っていない。

我らも疲弊し、死者300人以上の被害があった。

それに我らが勝ったというのに、敵方から寝返る領主もなく、父上の味方が増えない。

どうやら引き分けだった。

しかも朝倉勢は為す術もなく引いたと聞いていたが、越前の守護神と(うた)われる宗滴(そうてき)殿が何もせずに惨敗するだろうか?

答えは(いな)である。

宗滴(そうてき)殿は兵を損耗しない内に引いて、斉藤勢が疲れるのを待っていた。

傷だらけで疲れ果てた満身創痍(まんしんそうい)の我らと。士気も高く無傷の朝倉勢が戦えば、どういう結果が待っているか・・・・・・・・・・・・赤子でも判る。

勝てないと察した父上は和議の使者を出した。

私は正室という名の人質として出される事になった。

本当に人質だった。

あの日から廊下に立っている警護の兵が私を一歩も外に出させてくれない。


「少し庭を散歩したいの?」

「取次役様に申して許可を取って下さい」

「では、取次を呼んで下さい」

「取次役様はお忙しいとの事です。用があれば、こちらに来られるそうです」

「庭に出るだけですよ」

「申し訳ございません。取次役様の許可ないとお通し出来ません」

「はぁ、取次に来てくださるようにお願いして頂戴」

「承知致しました」


そう断られて三ヶ月間、取次さえ訪れた事がない。

退屈だ。

毒殺など気にせずに出された食事をバクバクと食べて、部屋の中で適度な運動を行う。

体力が無ければ、イザぁという時に何もできない。

汗を流して着替えると喉が渇いたと言って小雪に白湯を取りに行かせる。


「小雪、喉が渇いたわ。白湯を持って来て」

「畏まりました」


唯一の侍女である小雪が部屋から出て行く。

その侍女にも監視が付く。

私はごろんとダラしなく床に寝転がった。

そして、床をトントンと2回叩く。


「(本日は連絡する事はありやせん)」


床下から小さな囁く声が聞こえる。

父上が付けてくれた忍びだ。

万が一の場合は、私をこの城から逃がす様に命じられている。

外の情報は彼女から仕入れている。


千早(ちはや)、外がどうなっているか、まとめて教えて頂戴」

「(姫様、昨日と同じでやす。朝倉勢と織田勢が動きました)」

「朝倉勢は今回も様子見なのかしら?」

「(動きが遅いので、そうだと思われやす)」


流石、名将だ。

斉藤勢と織田勢を争わせて互いに疲弊した後で圧力を掛けて、朝倉勢から一兵も失わずに漁夫の利を得る。

狡い手だが効果的だ。

先だって戦で頼純(よりずみ)様の叔父である土岐(とき)-頼芸(よしのり)様は美濃守護職を甥に奪われた。

それに納得が行かず、頼芸様は再び織田勢に助力を願う。

勢力を拡大したい織田勢は頼芸様に協力するが、要求を飲ませる為には戦に勝たねばならない。

朝倉勢と共闘しては「守護に戻してくれ」などと言えない。

織田勢が勝手に戦ってくれる。

それを見越して宗滴殿は兵をゆるりと進める。


「宗滴殿らしい、嫌な策ね」

「(元々、朝倉が得るモノがありやせん)」

「始めから何も得るつもりもないよ」

「(では、朝倉は何の為に兵を送ってくるのですか?)」

「名声と可愛い妹の為かしら?」


私も首を捻る。

頼純様の母御は朝倉九代当主朝倉(あさくら)-貞景(さだかげ)の三女だ。

その貞景(さだかげ)はすでに他界しており、朝倉一〇代当主孝景(たかかげ)に代替わりしている。

孝景にとって妹の子を見捨てるは体裁が悪い。

そして、朝倉家は頼純様の後ろ盾と鼓舞するだけで天下に朝倉の武威(ぶい)を示す事になり、孝景(たかかげ)の名声が高まる。

名声などどうでもよく、単に妹に甘いだけかもしれない。

どちらなの、私が知る訳もない。

とにかく、事情は判らないが宗滴殿は実利のない事に兵を失いたくない。


「父上は頼純様を支えると言っているのです。宗滴殿は父上を利用するつもりなのでしょう」

「(難しい事はよく判りやせん)」

「千早は難しい事を考えなくていいのよ」

「(承知しておりやす。ですが、イザぁという時はお助けします)」

「頼りにしています」


天文16年(1547年)9月22日、遂に織田勢が稲葉山城を攻めた。

この城内も緊張が走る。

私は祈るような気持ちで報告を待った。

それから数日間は何の音沙汰もなく、イライラして日々を過ごす。


「千早、父上からの連絡は?」

「(姫様。無茶を言わないで下さい。城が厳戒態勢で出入りする者は限られていやす。城壁を越えて連絡を付けるなどという無茶な事は何度も出来ません)」

「判っているわ」


程なくして、私は戦局を頼純(よりずみ)様の伝令で知ることになった。

父上の大勝利だ。

撤退する織田勢の背後を襲い、木曽川を血で赤く染めて全滅に近い死者の山を積み上げたと言う。

朝倉勢もなす術もなく、兵を引いた。

伝令が持ってきた報告は城中に広がり、それを千早がそれを拾って来た。


翌日から伝令が次々を入って来る。

父上は兵を集めて西美濃へ進撃し、織田方に奪われていた牛屋城(うしやじょう)(後の大垣城)を奪還し、今度は兵をこちらの北に向けた。

頼純様のいる大桑城は上を下にと大騒ぎだ。

何を慌てているのだろうか?

父上は越前(えちぜん)朝倉五十万石、近江(おうみ)六角百万石、尾張(おわり)織田五十万石を同時に敵に回すほど馬鹿じゃない。

頼純様に危害を加えれば、朝倉勢も本気で攻めてくる。

父上が宗滴殿を敵にする訳がない。

そんな私の思惑を無視して、近隣から兵を集って籠城の構えを見せる。

朝倉へ援軍の派遣を願う使者が出たが間に合うのだろうか?

城内でそんな不安の声が聞こえてくる。

城門を閉められたので、父上は城を包囲して、威嚇で周辺の山に火を放つ。

城の混乱は頂点に達した。


「(姫様。殿から連絡です)」

「遅かったわね」

「(傭兵に偽装させて城に紛れさせたのは良いのですが監視の目がキツく、中々に連絡が取れなかったと言い訳をしておりやす)」

「父上の兵が城にいるのね」

「(攻撃と同時に門を開ける手筈とやっておりやす)」


間者を城に入れる暇があるならば、私に連絡の一つでも入れればいいのに・・・・・・・・・・・・ぷぅ。

私は頬を膨らませ眉間を寄せて不満顔を隠さない。

どうやら役立たずと思われていたらしい。

ちょっと腹が立った。

次に千早が言う言葉も予想が付いた。


「(一先ず、城で出て避難して欲しいと)」


ほら、やっぱり。

父上は私を失いたくない。

だがしかし、断固として拒否である。

これでは何の為に嫁いで来たのか判らない。


「千早、頼みがあります」


私は一世一代の大博打を打つ。

小雪に襖を開けさせる。


「大広間に行きます。案内しなさい」

「姫様。ここから出る事は禁じられております」

「そう思うならば、その槍で私を刺しなさい。私が死ねば、この城に居る者の一族郎党は父上によって根絶やしにされるでしょう」

「姫様!?」

「刺すか、案内するか、早くしなさい」


護衛が固まって動かない。

仕方ない。

13歳でしかない私が力で敵う訳もない。

そこで父上から嫁ぐ前に授かった脇差しを抜いて首元に当て、「案内しなければ、自害します」と脅した。

私の気迫に護衛の二人が折れた。


大広間は大騒動だ。

朝倉勢が来るまで戦い続けるか?

和議の使者を出すか?

守護様に仇なすとは何事だと父上への罵倒も飛んでいる。

そんな中に私は扉をバタンと開けて突入する。


「頼純様の正室、帰蝶(きちょう)です。道を開けなさい」


驚いて声も上げられない者や、人質がいた事を思い出して笑みを浮かべる者、何か起ったのか判らないという呆けた顔をする者らがズラリと並び、中には美濃武士らしく、何も考えずに刀に手を掛ける者もいる。

私はそれらを無視して前に進む。

そこに道を遮る者が太刀に手をやり、私を威嚇する。


「それで(わらわ)を切るつもりか?」

「大人しく部屋に戻れ」

「切れるモノならば、切ってみせなさい。妾を部屋に幽閉するなど、父上は妾の処遇に不満をお持ちです。妾を溺愛(できあい)する父上です。傷一つでも付ければ、ここにいる方々の一族郎党(いちぞくろうとう)は根絶やしにされるでしょう。そのお覚悟はおありか」


悪女のような高飛車な口調で言い退けた。

内心はヒヤヒヤものだ。

ずっと背中に嫌な汗がダラダラと流れている。

だが、冷めた表情は崩さない。


『道を開けなさい』


あらん限りの声を絞り出す。

私の気迫に皆が注目した。


今だ!

頼純様から気が逸れた瞬間に千早らは天井からスタリと降りて来て、一瞬で拘束すると千早が頼純様の首元に(やいば)を突き付けた。

一瞬にして形勢は逆転した。

頼純様を失えば、彼らは瓦解する。


「姫様から離れやがれ。 一歩でも前に出れば、此の儘に刺し殺してくれやす」


黒装束に顔を隠しながら千早は殺気の籠もった声で皆を威嚇する。

ひぇぇぇぇぇ、その声で顔を引き攣らせた頼純様が悲鳴を上げた。

少しだけ下を向いた千早が、“ちっ”と舌を打ったのが見えた。

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

互いに睨みあったままに、私は動けずにいた。

敵方の家臣らも動けない様子だ。

くそぉ、睨み合っても(らち)が明かない。

私は覚悟を決めて前に足を進めた。

太刀を下げて、かちゃりという音が聞こえる。

ドキドキ、ドキドキ、ドキドキ、心臓(しんのぞう)が張り裂けんばかりに脈を打つ。


『刀を下げよ。儂は死にとうない』


悲鳴のような叫ぶ声で、頼純様の命令を下す。

美濃武士が悔しそうに刀を下げる。

勝敗は決した。

私は堂々と前に進み、頼純様の横に座って皆に命令する。


「開門せよ。父上を歓迎する。何も気に止む事はない。其方らの命は妾が保証する」


私は大桑城(おおがじょう)を無血開城させた。

私は賭けに勝った。

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