65 勇者の真意 その12
「怒っている?」
「はい。マルガレッテはあなた様に怒っているのです」
「なにを言う! 怒られるいわれなどない! 俺は立派に勇者であり続けた! キミにだって愛を注ぎ続けた。キミのためにリリザも排除した! それなのに!」
「まさにそれでなのです、レオナード様。
最初にレオナード様がリリザ様を南大陸に転移させたとき、わたくしはとても悲しかったのです。なぜあなたをお止めすることが出来なかったのかとずっと思っていました。同時に、なぜレオナード様はわたくしに事前に相談してくださらなかったのかと、わたくしがふがいないばかりに相談していただけなかったのだということも悲しみました。
リリザ様を転送してしまったのはわたくしのためだと言う事は理解しているのです。だからこそリリザ様にしっかりと謝罪しようと思っておりました」
「そんなはずは……」
「そして再びリリザ様にお会いすることが出来て、わたくしは嬉しかったのです。
ですが、わたくしのこの性格から、すぐにリリザ様に謝罪を、と言う事にはなりませんでした。
勇気が持てなかったのです。
わたくしはリリザ様の事を尊敬しております。だからこそ、リリザ様にわずかなりとも敵意を向けられる可能性を恐れてしまったのです。
レオナード様、あなたはそんなわたくしの気持ちに気づいてくださりはしませんでした。それどころか、以前と同じくリリザ様を異世界に転移させてしまいました。
わたくしから尊敬するリリザ様を、そしてリリザ様に謝罪する機会を奪ったのです!」
「馬鹿な! そんなはずは……。
だが、心優しいマルガレッテがこんなに声を上げるなんて初めての事……。
信じざるを得ないのか……」
呆然とした表情で空を見ていた勇者。
何かをかみつぶしたかのようにギュッと目を閉じて、一拍の後に目を開き――
「リリザは邪魔だった。たとえキミが転送するなと言った所でそれは変わらなかった!」
そうして再び口を開いた。
「そうでしょう。レオナード様はいつもそうでした。わたくしのため、と言っていつもご自身だけで決断される。
ですが今回はもう我慢なりません。あなた様が勝手になさるのであればわたくしも勝手にさせていただきます」
「どうしてだ! 俺はずっとキミに愛を注いできた! なぜキミは俺になびいてくれない!」
「なびいてくれない? それはみだらな行為をしない、と言う事ですか?」
「ぐっ!」
「だからリリザ様に手を出した。みだらな行為をするだけして、口封じのために二度と手の届かない異世界へと転送した」
「ち、違う!」
「あの状況、それにレオナード様のそのお姿。どこをどう見ても事後ではないですか」
「信じてくれ、これはあいつを油断させるために!」
「信じていたかった。今日まではあなた様を信じていたかったのです。
わたくしの知らぬ所でリリザ様と情事を行ってはいないのだと、そう自分に言い聞かせ続けていたのもご存じないでしょう。
それもこれもあなた様をお慕いしての事。
ですが、そんな想いも幻想にすぎなかったことがはっきりしました。
もはやわたくしの我慢も限界です。あなた様と結婚して幸せになれる自信がございません。
この場で婚約は破棄させていただきます!」
「こ、婚約破棄だと!? お、思いあがるなよマルガレッテ!
婚約者だからと、女だからと優しくしていたが、それは間違いだった! 所詮、この世は力がものを言う。
俺は勇者レオナード! この世界で最強の男。この力で全てをねじ伏せて、屈服させて支配してやる。そこの小僧も、お前もな!」
瞬間、辺りを包んでいた結界が、バラバラと木片が零れ落ちるように消え去った。
「時空倉庫よ開け! ガ・ルー・ギルク・ラクバルト! 顕現せよ、我が鎧! 赤のレヴァンダス!」
結界が消えて魔術が使えるようになったのだ。
宙に浮かんだ勇者の周囲に空間のゆがみができて、そこから現れた真っ赤な鎧がかってに勇者の体へと装着されていく。
その魔力はこの場の全てを燃やし尽くさんとするほどに大きい。
「マルガレッテ、下がって! ここは危険だ。あいつはボクだけじゃくマルガレッテも狙ってる。だから逃げて、遠くへ!」
「ですが!」
「分かってる。ボクの力じゃあいつにはかなわない。だけど女の子を危険な目に合わせるわけにはいかない!」
「逃がすものか。マルガレッテは俺のものだ」
「偉そうなことを言うのはボクを倒してからにするんだな!」
「ゴミムシめが! ならば望み通りあの世に送ってやるわ!」
勇者の鎧の両腕に装着された盾から二本の刃が現れる。
「パル様! 気を付けてください、あの二本の剣から繰り出されるレオナード様の技は無双。これまで何人もかなわず、どんな魔物も切り裂いてきました」
「分かったから下がって!」
「いいえ、わたくしもここでお力添えを! シン・ラ・ムール・キルク――」
「少し黙っているといい」
まずい、あいつマルガレッテを狙ってる!
手のひらをマルガレッテに向けて魔術を打ち込むつもりだ。
咄嗟にボクは魔術の詠唱を始めているマルガレッテに向かって飛び込んだ。
きゃっ、という小さな声が聞こえたけど、服を土で汚してしまうのはゴメン!
顔を上げると、先ほどまでマルガレッテがいた場所が轟々と燃えている。
「おまえ! 女の子に手を出すな! お前の相手はボクだ! この屑野郎が!」




