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62 勇者の真意 その9

 嫌がっているのだ。マルガレッテが、白い花を優しく愛でていたマルガレッテが、表情を曇らせていた。ボクでも分かる。分かっていないのはこいつだけだ。


「小僧、お前何をやっているのか分かっているのか?」


「当たり前だ。マルガレッテは嫌がっている。お前の事が嫌いだってよ!」


「何を馬鹿な。見当違いも甚だしい。いや……そうか。リリザがいなくなったから次はマルガレッテを狙うというのか。オーガというのは見境ないな」


「なんだって?」


「いつまで掴んでいるつもりだ。離せ」


 手を振り払われる。


「薄汚いオーガのガキが。お前ごときの目にマルガレッテを映すことは許さん。お前ごときにはあの爛れたリリザのやつがお似合いだ。俺が強く金持ちで顔もいい男だからと寄ってくるような、あの尻軽女がなぁ!」


「さっきからお前はなんなんだ! お前はリリザをなんだと思ってるんだ! リリザはずっとお前の事を好きだって言ってたんだぞ! それを!」


「ふはは、なんだお前、やっぱりリリザに惚れていたのか! あの胸や尻に欲情したのか? 小僧にまで色気を振りまくなんて、とんだ尻軽女だ。所詮は異世界の女。俺の相手をするには下賤すぎたというものよ!」


「お前がっ、リリザを馬鹿にするなっ!」


 怒りが沸点に達し、いつの間にか体が動いていた。

 右こぶし。怒りに任せて力を込めて握りこんだ右こぶし。


 ――どうっ


「ぐ、はっ……」


 こいつのにやけ顔を、リリザを悪く言ったその口を殴ってやろうと……思いっきり殴ってやろうとしたのに……。


 こいつはボクの拳をかわすと同時に腹に一撃を入れてきた。


「力が無ければ願いなど叶えられん。お前に力があれば俺からリリザを奪うことも、俺を倒して異世界からリリザを救い出すことも出来たのだ」


 勇者がボクから視線を逸らした。いや、ベッドの方を見て……あれは、リリザの服。ほつれないようにとボクが縫い込んだ服。


 あいつはブツブツと何かを呟いて、手をそこへ向けて。

 何をするのかと思っているうちに、リリザの服が炎の柱に飲み込まれた。


「な、に、を……」


「見れば分かるだろ。あいつの服を燃やしたのだ。この世界から完全にあいつのいた痕跡を抹消するためにな。まさか欲しかったのか? いなくなったあいつの代わりにせめて服だけでも欲しかったのか? 匂いだけでも嗅ぎたかったのか? ふん、薄汚い者同士お似合いだな。あいつの暗黒魔術は確かに強かったが、俺はどうにも好きにはなれなかった」


 炎に包まれた深緑の服がジワジワと変色していき、まるで氷が解けるかのように端の方から少しずつ燃えて消えて行く。


「おっと、こいつもだったな」


 勇者が指にはめていたリングを抜く。


「こいつはリリザから押し付けられたものだ。安物の指輪さ。何の防御効果もないゴミだ。だけど我慢して身に着けていた。こいつを付けているとあいつはニコニコして言うことを聞いてくれたからな。だが、もう用は無い」


 勇者が指でリングをはじくと、リングは炎の柱に飲み込まれていった。


 もう許さない……。

 たとえリリザが好きだって言ってたやつだからと言ってももう許さない……。

 ここまでされて、ここまでリリザを貶められて、黙っていられるほどボクは大人じゃないぞ。

 一発殴って、それでリリザを返すんだったら許してやろうと思ってた。

 だけど、だけどだ、もうそれじゃあ許せない!

 自分から謝るまでボコボコにして、それでいてリリザが帰ってきたら泣いて謝るくらいにボコボコにしてやる!!!


 下半身に力を籠める。


 怒りを力に変えて、一瞬のうちに爆発させるんだ!


 ――がごっ


「ぶうっ!」


 ボクの拳が勇者の顔面を殴りぬいた。

 ボクを格下と見て慢心していたのだろう。


 体重を込めた一撃の重み。それによって勇者は、壊れて無くなった壁の外に飛び出して落下していった。


「一発で許すと思うなよ! クソ野郎!」


 この一発で終わらせるわけが無い。

 何度も何度も、お前がリリザに謝るまで何度もやってやる!


 ボクは勇者を追うように庭へと飛び降りる。

 そこは館の裏手。正面の小さな庭とは異なり、広い畑が広がっていた。


 着地の衝撃で土に足がうずまるかと思ったが、そうでもない。

 この調子なら普通に足捌きが出来そうだ。


「ぶふぅ、何が一発で許すと思うなだ。それは俺のセリフだこのクソガキが! あの忌々しい女が連れたガキが! お前もこの世から焼き尽くしてやるわ!」


 鼻血を拭う勇者。

 魔術を使って落下を避けたのだろう。体には土一つ着いていない。


 どうやら見下していたボクに殴られたことで相当頭にきているようだ。

 今まで感じていた圧がさらに一段階上に上がっている。


 魔力の感知が下手くそなボクでも分かる。

 あいつの手に魔力が集まっている。ボクを焼き尽くそうとする魔力が!


「ラ・ラルラ・リ・リルラ・ティム・リム・アルラ・ル。世界に平穏を。聖女結界(レテン・カイシャヌ)!」


 そんな中、凛とした声が響き渡り、同時に辺りに渦巻いて今にも牙を剥きそうだった魔力が小さくなり、消えて行く。


「こ、これは聖女結界。マルガレッテ、どういうことだ!」


 魔術の発動を邪魔されたレオナードがその声の主の真意を問う。

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