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61 勇者の真意 その8

「リリザ!」


 ハッとして目を開けた。

 都合のいい幻聴ではない。確かに聞こえたのだ。小さいけど心の強い自慢の弟分の声が。


「パルっ!」


 無意識のうちにリリザ自身も名前を呼び返していた。

 声の方向に視線を向けてその姿を探すが、そこは煙が濃くて姿を窺い知ることが出来ない。


「リリザっ!」


 間違いじゃなかった。聞き間違いでも幻聴でもなかった。

 そこにいたんだ。来てくれたんだ。


 煙をかき分けるように現れたその姿。

 リリザの目がしっかりとパルの姿を捉えた。


「パルっ! 助けてっ!」

 

 リリザは手を伸ばす。

 先ほど見た光景。瞼の裏で見たパルの姿。絶対に助けてあげると言ったパルの姿が焼き付いていて。


「リリザ! リリザ!」


 咄嗟に手を伸ばすパルだが、その手にリリザが届くことは無い。


 魔力障壁と空。それが二人の間を分かつもの。

 パルは地面を蹴り上げ跳躍する。空へと浮かび去るリリザを掴み戻すために。


「はーっはっはっは!」


 高笑いを上げる素っ裸のレオナード。


「パルっ! ぱるっ! ぱるっ!」


 肉薄するパルの姿。だがその姿はすぐに小さくなって行く。

 

 もはや誰の手も届かない。夜の空へと浮かび上がっていくリリザ。


 そして……。


 ◆◆◆


「り、りざ……」


 目の前で消えてしまった。リリザの姿が陽炎のように。

 何が起こったのか。この喪失感は何なのか。心の大半をごそっと失ったようなこの感覚は。


 死んだ? リリザが?

 そんな馬鹿な事あるか。ただ消えただけだ。どこかで生きている。

 ええい、考えても分かる訳はない。


「おいっ! お前! 何をしたんだ! リリザに何をやったんだ!」


 高笑いを浮かべているこいつ。

 こいつがやったに違いない!


「あーっはっはっは。やっとだ。やっと安寧が手に入った。長かった」


「おい、聞いているのか!」


「そんなに怒鳴らずとも聞こえているさ。リリザは異世界に飛ばしてやった。いや、元いた世界に返してやったのだ」


「元いた世界に!?」


「そうだ。元々あいつはこの世界の人間ではない。暗黒教団によって異世界から召喚された身。ならば元の世界に帰してやるのが筋というものだろう」


「リリザが……リリザがそれを望んだのか? 泣いてたんだぞ!」


「うれし涙だろ。もう終わったのだ。リリザが喜んでいようといまいと、もはやこの世界にはいない。終わったのだ」


「元に戻せ! リリザを返せ!」


「返せ? リリザはお前のものだと言い張るのか? 傲慢だな小僧」


「傲慢でも何でもいい! 早く返せ!」


「返せも何も。それは不可能だ。極大時空間転移魔術は神から与えられしもの。膨大な魔力を用いて開く一瞬のチャンネル。その術式は対象をこの世界から別の世界へと転移させるもの。もとより一方通行なのだ」


「嘘だ!」


「どうして嘘と言い切れる。お前は神以上の知識があるのか? そのツラじゃあ大した魔術の知識はなさそうだ。おっと、オーガには神の概念はなかったかな。失敬失敬」


「このっ!」


 確かにボクには魔術の知識は無くって、こいつが正しい事を言っているのかどうかの判断はつかない。だけど、ボクの勘は、こいつが、偉そうに講釈を垂れるこいつが嘘で虚勢を張っているわけじゃないと感じている! 


「レオナード様。そのお姿は……」


「ああ、キミには目に毒だったな」


「いえ、そういう事ではありません。リリザ様となにか……」


「大丈夫だ。心配するな。あいつとは何もしていない。俺が愛するのはキミだけだ」


 まるで抱擁するように大きく手を上げてボクの横にいるマルガレッテに近づいてくる勇者。


 だが、その足がふと止まる。


「どうしたんだい、マルガレッテ?」


 当のマルガレッテが後ずさったのだ。

 1歩、2歩。勇者が近づくのと同じ歩幅を。


 そして、その理由を見つけた、と言わんばかりに口を開いた。


「ああすまない、少し高ぶってしまってな。普段との違いがキミを驚かせてしまったようだな。

 だが、邪魔なリリザは排除した。どうだ。これで遠慮なくキミを愛してやることが出来る。遠慮していたんだろ、あいつに。だから指一本ふれさせてはくれなかったんだろ?」


「……そういう訳では」


「そういう意地らしいところも愛しいぞ、マルガレッテ」


「話を逸らさないでください。あなた様も殿方。あのリリザ様と二人きりでなら何があってもおかしくはありません」


「それは違うぞマルガレッテ。紳士であるこの私は下品な胸や尻になど惹かれたりはしない」


「ではそのお姿はどう説明されるのでしょうか。リリザ様も同じ姿。わたくしとてその状態が意味することは知っております」


「ああ、マルガレッテ信じておくれ。私は神に誓ってあの女には何もしていない。ただ、そういうフリをして魔術をかけただけだ。さあ、そんなにこわばった顔をしていないで、いつものように笑顔を見せて欲しい」


 もはやボクの事はお構いなし。

 ただただマルガレッテの事しか見ておらず、ゆっくりと距離を詰め……その手を伸ばす。


 だからボクは――

  

「おい! 女の子にひどい事するな!」


 マルガレッテへと伸びたレオナードの手を力任せに掴んだ。

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