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60 勇者の真意 その7

「そ、その魔術は!」


「そうだ。この世界とは違う世界。異世界への転送を可能とする神から与えられた極大魔術。

 お前が俺の封印を解いて再び俺の前に現れることは予想がついていた。だから俺は神からこの魔術を授かったのだ。覇者の塔を登ってな」


 覇者の塔。人間達が神に自らの力を示すための塔。上へと登る程に生息する魔物や守護者が強くなっていき、踏破した階層によってさまざまな力が神から授けられるという巨大聖遺物。


「お前を転移させたことで、リティアンス教のやつらにネチネチ言われたぜ。監視していたお前を野放しにして何かあったらどう責任を取るのかってな。それはそれは本当にしつこかった。

 いなくなったらいなくなったで俺に迷惑をかけやがって」


「そ、そんな……」


 監視されていた。

 リリザはそんな事情は知らなかった。ただ純粋に勇者パーティに受け入れてくれたものだと思っていた。


「いたらいたで迷惑だと言うことは言うまでもない。

 言わなくても分かるよな。何度俺にはマルガレッテと言う婚約者がいるって言ったと思ってるんだ? 言っても言っても聞かずに言い寄ってきやがって。

 いいか? お前のその体。でかい胸とでかい尻は迷惑なんだよ。押し付けるな! 俺はマルガレッテの事を愛している。だがな、マルガレッテは結婚するまでは清い交際をしたいと言う。俺も男だ。触れ合いたい、愛し合いたいと思うのは当然だ。だがそうもいかない。そもそもリティアンス教の意向や国の意向でもあって、俺はマルガレッテに触れることは許されていない。

 そんな中お前がその乳や尻を押し付けてくるんだ。はた迷惑にもほどがある! 何度その無礼な乳を乱暴に揉みしだいてやろうかと思ったものだ。

 だが、俺の理性が、社会的地位がそれを押し込めた。その苦悩も今終わる! お前を異世界に、お前の元いた世界に送り返してな!」


「そんな……嘘です。嘘だと言ってください勇者様。あなたは私を助けてくれた。あの日、暗黒教団に囚われていた私を。そして笑顔で言ってくれた。もう大丈夫だよって。それも嘘だったんですか!?」


 もはや覆らない事実。

 だがリリザは一縷の望みを託して、いや、あの時の笑顔を信じたくて、勇者に問うたのだ。


「助けたことは間違いない。パーティに入れる選択をしたのも事実だ。だけどだ、おまえは予想を超えて大きくなり過ぎた。暗黒魔術。凄まじいものだった。それも含めて、もはや俺の手には、いや俺のパーティの手には負えない。

 リリザ、そうだ、お前は邪魔なのだよ!」


「っ!」


 聞きたくなかった事実を突きつけられてしまった。


 受け入れがたい事実から目を逸らすように、目の前のレオナードから顔を背けるリリザ。

 そんな様子を満足げに見下ろすレオナード。


 褐色の一糸まとわぬリリザの身体を見て、下卑た笑みを浮かべながらその口を開いた。


「こんなにうまく行くんなら手を付けておくべきだったが、今更それは言うまい。

 さらばだリリザ、いやアマガサキマヤ。真の名に刻まれた印によって、元の世界に帰るがいい! 極大時空間転移ワ・ディース・メルクター!」


 レオナードの最後の呪文詠唱。

 それによってリリザを核として構成された術法が効力を発揮し――


 ――ドォォォォォォォォォン!


 この場に圧縮された膨大な魔力が魔術の発動と共に行き場を失って、外へと吹き上がる。


 館の壁が部屋の屋根が爆発によって崩壊する。

 それほどの衝撃があったにも関わらず二人は無事。

 レオナードは自らの身体を魔術障壁で覆い爆発をやり過ごし、そしてリリザは――


「や、やだっ、そんな……」


 高濃度の魔力がリリザを包み込んで彼女を守っていた。

 だが、それは結果論。フワフワと宙に浮く球形の魔力障壁は牢獄と同義。発動する極大転移魔術なのだから。


「やだっ、まって、ねえ!」


 内側からその境目、魔力の壁を手でどんどんと叩くが、微動だにしない。

 魔術はまったく使えない。だけど体は動くようになっている。そんなリリザに残された方法は力任せに叩くだけ。


 リリザは優秀な魔術師である。そのため自らが包まれている魔力の壁がどれほどのものかは容易く分かる。そして自分の腕力ではそれを打ち破れないことも。


 リリザの手が止まった。

 強く障壁を叩いていたその手は力なく下ろされたのだ。


 リリザは自分の愚かさを悟って、悔やんで、目を閉じた。


 胸の内からうねり溢れ出す想い……


 (二度も愛する者に裏切られて、ましてや恋心を利用されるなんて……。もう消えてしまいたい……。何もかも、自分の全てを、細胞の一片に至るまで消し去ってしまいたい……。このまま転移させられたら二度とこの世界に戻ることはないだろう。それならば、残った人が何を言おうが、それが聞こえなければ恥ずかしくもなんともない。パルは……呆れるだろうか……)


 ちょっと目つきの鋭い弟分が眉の裏に浮かび上がる。


 (お別れも言えずにさよならだなんて……)


 『ほんと、リリザはだらしないんだから』


 (うん)


 『やっぱりボクがいないとダメじゃないか』


 (うん)

 

 『ほら、起きて、一緒に行こう』


 (一緒に……行きたい)


 『ボクだって強くなったんだ。次は絶対にボクが守ってあげる。リリザがボクを助けてくれたように、リリザがピンチの時は絶対に助けてあげる!』


 (助けて……)


 リリザは目を開けた。

 だけどそこにパルの姿は無かった。


 あるのは煙る部屋。先ほどと変わらず爆発でめちゃくちゃになった部屋とにやけ顔のレオナードの姿だけ。


 リリザを包んでいる魔力障壁球がゆっくりと浮かび上がっていく。

 煙に包まれたベッドが、レオナードの姿が、それらが小さくなっていく様子を障壁越しに見下ろすリリザ。


「助けて……ねえ、助けてよ……。パル……助けて」


 涙ながらに呟くリリザ。

 もはや願望なのか祈りなのか分からない。

 そしてまたギュッと瞳を閉じた。

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