06 不思議なニンゲンに拾われて その6
「ち、違う、リリザとは今日初めて、会った、んだ……」
「何が違うって言うんだ? どおりでお前の持ってくる食材は少ないはずだ。こんなところで盗み食いしてるんだからな」
「そ、それは……」
「あのぉ、ごちそうさまでした」
肌も凍るような雰囲気の中を気が抜けるような声がとおる。
「おい、女! お前が食ったのは貴重な俺達の食材だ。ただじゃおかないぜ?」
「その、悪いか悪くないかは分からないけど、食べちゃったのは食べちゃったので、ごめんね?」
「謝って済むと思ってるのかぁぁぁ?」
ダンっと地面を力任せに踏みつけるオーガの戦士。
「おい、パルよぉ、お前のものは俺達のものだよな? つまりはお前が飼っているこの人間も俺達のものだ。よく見れば脂が乗っていていいメスじゃねえか。うっぱらえばいくらかの金になりそうだぜ」
あくどい面をしたオーガの太い腕が伸び、リリザの腕を掴み上げようとした時だった。
ボクの体は無意識のうちに動いていた。
とっさの事だった。なんで動いたのかはよくわからない。
ただ、オーガの手を掴んで――
「り、リリザに触るな! リリザは渡さない!」
そう言い散らしていたのだ。
ギロリとにらみつけられる。
背筋が凍る。
何かを言ってくれたら、だとしたら、空元気だとしても言い返してやるのに。
そうなのに何も言われない。
ボクが彼の手を掴んだままどれくらいの時が流れたのだろうか。
恐怖により体内時計が馬鹿になっている。
染みついた習性には逆らえない。
これまで何度もあった。罵倒され暴力を振るわれ、上下関係を叩き込まれる。
だから彼らには逆らわず、波風立てず、穏便にやってきたのに……。
「おい……この手はなんだ?」
心臓を刺すような鋭い睨み。それに耐えていたボクに対してようやく言葉がかけられた。
「は、放さないぞ、ぜ、絶対だ」
――ドウッ
その瞬間、天地が逆転した。
何が起こったのか一瞬わからなかった。地面に倒れた衝撃と、わずかに遅れてきた物凄い痛みとがその事実を伝えてくれる。
ボクは顔面をぶん殴られて吹っ飛んだのだ。
「おい、パルよぉ、お前はいつからそんなに偉くなったんだ? 半端者のくせによぉ。誰に断ってこの俺の体に触れてんだよぉぉぉぉ!」
次に襲ってきたのは太い脚でのひと蹴りだった。
「うぐぅっ!!」
顔面の痛みに耐えていたボクにはどうすることもできず、腹への一撃を受けてしまう。
「ちょっと、やめなさいよ、やりすぎよ!」
かすむ目の中、リリザがオーガ達に食って掛かるのが見える。
だめだ、リリザ、危ない、から……。
リリザを……助けないと。男のボクが……。
「ほーら、パルちゃん、いつまでも寝てないで起きましょうね」
「ううっ!」
別のオーガに無理やり立たされたため、ボクの意識はまどろみから覚醒する。
「はなせ……はなせよ!」
後ろから羽交い絞めにされると、背の低いボクの脚は地面を求めて空を切ってしまう。
それに、がっしりと太い腕で拘束されているため動かせる場所は少ない。
「へへへ、おい、しっかり捕まえておけよ?」
前からはまた別のオーガ。
動けないボクをしこたま殴ってやろうと、拳を握ったり開いたりの準備運動をしている。
5対1。そもそも勝てる人数ではない。それにボクは半端者。たとえ1対1であったとしてもこいつらには力及ばない。
だけど、ボクは男だ。
父さんの教えどおり、女を、リリザを守るんだ!
「うおぉぉぉぉ!」
「こ、こいつ!?」
――ガッ
ボクは頭を思いっきり振って、羽交い絞めにしていたオーガの顎に一撃を入れる。
拘束が緩んだすきを見て、脱出し――
「うおぉぉぉぉぉ!」
ボクをサンドバックにしようとしていたオーガへ迫ると右の拳を叩き込んだ。
……はずだった。
ボクの拳がオーガに命中する直前。
全身に激痛が走り、ボクは地面に倒れこんだのだ。
「……あ、あぶねえ。半端者だとおもって油断しちまった。おい、パルよぉ、忘れたわけじゃねえよな。お前には服従の呪いがかかっているんだ。そうでなくても、そもそも反抗しようってのが間違いなんだ、よっ!」
倒れたボクを足蹴にするオーガ。
忘れていたわけじゃない。ボクにかけられた呪い。オーガ達に反抗しようとすると激痛が走るようになっている呪い。
半端者のボクを縛り付ける屈辱的な呪い。
「恨むんなら、お前の親父を恨むんだな。いけ好かないエルフの分際でオーガに子を産ませたお前の親父をなぁ!」
お前たちに何が分かる。父さんは立派な人だった。
オーガの母さんは父さんよりも幾分も強かったけど、そんな母さんを尊敬し、敬愛し、ずっと守っていたんだ。お前らに何が分かるっていうんだ!
ボクの全身に痛みが走る。呪いの痛みではない。
まるで丸い玉を蹴り回る遊戯のように蹴りつけられ、ボクの体はオーガ達の間を行ったり来たりする。
体を丸めて少しでも痛みを和らげようとしているが、四方八方から襲ってくる足にじわじわとダメージを積み重ねていって……襲い続ける痛みにより意識がもうろうとしてくる。
「もうやめてっ! 分かったわ。私が行けばいいんでしょ。分かったから……もうパルにひどい事はやめて……」
だ、だめだ……。いっちゃだめだリリザ……。
ボクはどうなってもいい。リリザは、リリザは……。
「いい心がけじゃねぇか。おとなしくしてろよ」
だめだ……だめだ……り、りざ……。
オーガの手がリリザの手を掴む。
その手を……放せ……。りりざを……はなせ……。
遠くなる意識の中、リリザは悲しそうな眼をしてボクを見ると……一言だけ何かを言ったのだが、すでにボクの耳はその声を聞き取ることはできなかった。