58 勇者の真意 その5
自分より年上のはずの自分より少し背の低い女の子。
父親から聞いた妖精の姿とはきっとこんな感じなのだろうと、そんな事を思いながら柔らかい雰囲気のする空間の中にいた。
「勇者様はお強くて素敵で、そんなお方と将来を誓い合えているなんて、わたくしには身に余る光栄なのです」
そんな空気の中、マルガレッテは唐突に口を開いた。
「おじいちゃん、あ、グランドラおじいちゃんから聞いたんだけど、お父さんが勝手に決めたんじゃなかったの?」
「ええ、発端としてはそうなのですが、今はそれが、婚約があってよかったと思っています」
「どうして?」
「そうですね、勇者様とお会いすることが出来たこともありますが、それ以上に、婚約があるからこそ勇者様はこんなわたくしでも大切にしてくださいます。世の中にはわたくしよりも魅力的な女性は沢山います。お姉さまですとか、リリザ様もです」
マルガレッテはその小さな手を胸に当てる。
「リリザ様は自由奔放なお方。毎日のように勇者様に愛をささやいて、自分をぶつけていて。わたくしはそれが羨ましくもあります」
「リリザがそうするの、嫌じゃないの?」
「そうですね……。少しはそのような思いもあります。わたくしはまだ、女性としても聖女としても未熟ですから。ですが、わたくしはリリザ様の事も好意的に思っておりますし、何より、勇者様が私を大切にしてくださっていることを知っていますので」
「パル様もわたくしと同じ気持ちですか? その、リリザ様が勇者様に求愛するのが、お嫌なのか」
「よく、分からないんだ……。なにかモヤモヤするのは確かなんだけど」
「パル様はリリザ様の事を想ってらっしゃいますの?」
「想って?」
「はい。ありていに言うと好き、なのでしょうか?」
「それこそよく解らない。好きって言うのがどういう事なのかは知ってるよ。だけど、ボクがリリザの事を好きなのかって言うのは、よくわからない」
「そうですね。好きという感情にもいろいろあります。嫉妬に狂うほど思い焦がれるほどの好きから、一緒にいたい、近くにいたい、のような好きまで。いかがですか? パル様の心の内は」
「うん……。ボクはずっと考えてるんだ。このモヤモヤの理由。いつのころからかボクの胸の中にあったこのモヤモヤ。たぶんそれはリリザとの旅が終わってしまうからだって、そう思ってる。旅が終わってボクはリリザとお別れしないといけないんだと思うと……目的だった人に会えてすごく嬉しそうにしているリリザを見ると、なんだか胸が締め付けられるようで……」
「そうですか……」
王室育ちの温室培養王女ですら、パルがリリザを好きになっていることを見抜くことは簡単であった。理解できていないのは本人だけ。だけどそのことをここで口に出すのは野暮というものだ。ならばお手伝いを、小さなお手伝いをしようと思い立った。
「でしたら、一緒に旅をしましょう。リリザ様とパル様、レオナード様とわたくしと、4人で!」
「えっ!?」
突然の提案に驚きを隠せないパル。
リリザと一緒にいる理由は無くなってしまった。だから旅は終わってしまう。終わってしまうのだと諦めていた。
だけど今、新しい理由が生まれた。
思いつきで、吹けば飛ぶようなわずかなものだけど、目の前にいる女の子が作ってくれた小さな理由。
――どぉぉぉぉぉぉぉん!
だが皮肉にもその驚きは爆音によってかき消された。
「爆発!? あそこはレオナード様のお部屋!」
すぐさま音の原因が特定される。
館の二階の端。壁には大きな穴が開きそこから煙が吹きあがっている。
魔術による光があるとはいえ、それほど明るくも無いため何が起こったのか庭から把握することは出来ない。
パルはすぐさま走り出す。
レオナードの部屋。そこにはリリザがいるはずで。
それはマルガレッテも同じ。
愛するレオナードの身を案じて必死にパルの後に食らいついていく。
「リリザ!」
二階に駆け上がると煙が充満していて何も見えず、一足先に到着していた執事のローゼスが中へと入りあぐねている。
何があるかはわからない。だけど臆することなくパルは煙の中へ突っ込んで。
そして、扉が爆散した部屋の前に到達したパルが目にしたもの。
「リリザっ!」
「パルっ! 助けてっ!」
一糸まとわぬ姿のリリザが手を伸ばしている。
だがその姿は淡い光を発する魔力の玉の中。その玉は闇夜へ消えるように少しずつ上昇している。
「リリザ! リリザ!」
咄嗟に手を伸ばすパルだが、その手にリリザが届くことは無い。
パルは地面を蹴り上げて跳躍する。空へと浮かび去るリリザを掴み戻すために。
「はーっはっはっは!」
高笑いを上げる素っ裸のレオナード。
「パルっ! ぱるっ! ぱるっ!」
パルの目が涙を流すリリザの顔を捉える。
それほどに近づくことが出来たのに、あとほんの少しなのに。
伸ばしたパルの手はリリザに触れることが叶わなかった。
漆黒の空に浮かぶ淡い球体。
ジジジと音がして、まるでテレビの映像が乱れるかのように、その姿が不鮮明になり、刹那の後、ふっとその場から消えてしまった。
突如、大きな喪失感がパルを襲った。
いや、パルだけではない。巨大な魔力の塊がこの世界から失われてしまったような、そんな感覚を、その場にいたレオナードもマルガレッテも、ローゼスですらも感じていた。




