57 勇者の真意 その4
お土産を買い終えて館に戻り、そして夕食となる。
清潔な純白のテーブルクロスの上には何本ものナイフやフォークが整列して並べられており、着席したパルは戸惑いを隠せなかった。
「これはね、外側から使うのよ。たぶん」と、日本で得た知識を披露するリリザだったが、何分彼女もこの世界のマナーには疎い。このような場で食事をすることなどなかったからだ。
「マナーなど気にせずにお召し上がりください。美味しく召し上がっていただくことが料理人にとって一番喜ばしい事ですから」と、料理を運んできたローゼスがそっと伝える。その手にはこれまた高価そうな食器に入ったスープがあった。
四角のテーブル。リリザの横にはパル。リリザの対面にレオナード、その横はマルガレッテ。いつもはレオナードとマルガレッテの二人だけであるため対面で座っている。
そして和やかに夕食が始まる。
「グランドラには会ったのか?」
洞窟の前、初見でリリザはグランドラについて言及することは無かった。それはつまり、リリザを探しに行くためにグランドラがパーティを抜けたことを知っているという事を意味しており、本人と接触したことと同義である。
「そうそう、おじいちゃんね、すんごい怒ってましたよ。勇者様ひどい事されませんでした?」
「うぉほん! ま、まあ、グランドラに小言を言われるのは慣れているからな、ははは」
話題として切り出した話だったが墓穴を掘ってしまった。
「それはそうと、リリザ、すまなかった」
「何のことです?」
「もちろん転移魔術で飛ばしてしまったことだ。あの後とても反省したのだ。許して欲しい」
食事中にも関わらず、レオナードは深々と頭を下げた。
「そ、そんな、勇者様、頭を上げてください。いろいろあったけど、パルと出会えたし。だから謝らないでください」
がたっと席を立ち、手をブンブンと振りながら勇者の謝罪をやめさせようとするリリザ。
「ちょっとリリザ! そんなに簡単に!」
ずっとそばでリリザを見てきたパルは、そんなリリザの様子が不満で声を荒らげた。
「いや、すまなかった。こんな場で言う話ではなかったのだが、どうしても先に伝えておかなければと思ってな。もちろんこれで済まそうとは思っていない。後で一人で部屋に来て欲しい」
「は、はいっ!」
リリザは目を丸くしながらそのままストンと着席した。
男の人の部屋に夜に一人で誘われた。それを受け止めきれていないのだ。
「ちょっとリリザ、しっかりしてよ」
小声で呼びかけるパルに「はいっ!」と返事を返すリリザ。
これは重症だ、と思ったパルはリリザの太ももを指でつねると、「きゃんっ!」と一声出して、リリザは我に返った。
その後は何事もなく進み、夕食はお開きとなった。
途中リリザが酒を飲みたいと言い出したが、ここにいる皆がリリザの酒癖の悪さを知っているため一丸となって止めに入って。そんな必死な様子にリリザは、この後に大事な話もあるからと、仕方なしに酒を飲むのを止めたのだった。
◆◆◆
食事が終わり、それぞれが自分の部屋へと戻り自由に過ごしている。
そんな中、一人ベッドに身を投げ出したパルは浮かない顔をしていた。
「はーっ……」
天井を見上げながら大きなため息をつき、ごろごろとベッドの上を回転してみる。
一通り回転したら、ベッドから立ち上がり、自分の荷物を入れた大きなカバンの前に座り、中から道具を取り出しては片づけ、片づけては取り出ししている。
「むむむ」
本人も気づかない間に唸っていた。
落ち着かない。
それが今のパルの気持ちだが、本人はそのことに気づいていない。
いつもなら荷物がカバンに隙間なく入ればスッキリしているのだが、今はどうにもスッキリしない。そう思い始めると入れ方にこだわりだして、入れたり出したり。
だんだんと元々どうやって入っていたかも分からなくなって……なんだか部屋の中にい続けることが堪らなくなって、ドアを開けて外へと出て行った。
隣のリリザの部屋。
その前に立ち、ノックをしようかどうかと逡巡する。
扉の前で立ち尽くしていると、部屋の中にリリザの気配がしないことに気づいてしまい――
「っ!」
パルは一階への階段を駆け下りて、館の外へと出た。
リリザは勇者の部屋にいる。
そのことが堪らなくモヤモヤして、すぐにそこから離れたかったのだ。
「あら、パル様? どうかされましたか?」
館の外、こじんまりとした庭には聖女マルガレッテの姿があった。
「……」
パルは人見知りというわけではない。だが、勇者の仲間だというこの聖女には思うところがあった。
「このお花、綺麗だと思いませんか?」
夜の闇の中、魔術によってライトアップされた花壇や生垣は幻想的な光景に見える。
「白い小さなお花。それが沢山集まって私はとてもきれいなんですよ、って言っているみたいに思うんです」
生垣に咲く白い花にそっと手を添えるマルガレッテ。
そんな様子に毒気を抜かれたのか、ふらふらとパルは白い花へと近づいていった。
「甘い、匂いがする」
「はい。優しい匂い。わたくしこの花の事が大好きなのです」
目を瞑って、花に顔を近づけ、そっと匂いをたしなむマルガレッテの姿に、パルはいつのまにか気を許していた。




