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56 勇者の真意 その3

 丁寧な所作で二人の前を歩く使用人ローゼス。

 ギギギと鳴る年代物の木製の扉を開けて館の中へと入ると、小さめの玄関ホールが目に飛び込んでくる。館の左右へとつながる通路、2階へと上がる階段。そして頭上の天井には光を放っているシャンデリアが控えている。


 浴場は一階。湯浴みをするレオナードとマルガレッテはすでにそちらに行っている。

 こちらです、とローゼスに促されてパルたちは2階へと案内される。


「リリザ様はこちらの部屋を、パル様はこちらの部屋をご利用ください」


「えっ!?」


 パルは驚いて声を出してしまった。

 リリザと部屋が分かれるなんてこれっぽっちも思っていなかったからだ。


「ローゼスさん、私たちは一つの部屋でいいわよ?」


 宿代を浮かすためいつも二人は同じ部屋に泊まっていたからだ。

 野宿もするときも二人だし、あえて分かれる必要性を感じなかったのもある。


「いいえそうはいきません。年頃の男女が一つの部屋で寝るなどいけません」


「やーねぇ。パルは弟と一緒よ。間違いなんて起こらないわよ」


「いけません。爺の目の黒いうちはいけません」


 ローゼスの強い押しにしぶしぶ二人は引き下がる。

 パルのとこ遊びに行くわねっ、と言ったリリザの言葉をローゼスも耳にしていたが、そこはセーフだった。


 ◆◆◆


 これまで泊ってきた宿と比べて圧倒的に豪華な部屋。

 お互いがそれを堪能した後の事。


 リリザはパルの部屋に入るなり「勇者様にお土産買ってくるの忘れた」と言い出して。

 「この近くで買うよりも遠くの町の物のほうが良いよね」などと言って転移魔術を唱えようとするリリザに「自分のために魔術は使わないんじゃなかったっけ?」とパルが釘を刺して。


 「こ、これは勇者様のためであって自分のためじゃないわ、よ……」と言ってみたが、さすがに苦しい言い訳だと思ったリリザは仕方なく近くの町に行くことにして。

 「しょうがないな。ボクのために使ってよ。今日洞窟まで飛んだみたいにさ」って言うパルに、「パルっ!」ってニコニコスマイルのリリザが飛びついて。

 女子とはいえ自分より背の高いリリザに抱き着かれたパルは後ろに倒れてしまって、ベッドに倒れこんでしまった。


 そのあと「重い」などと失言したパルが、乙女心の何たるかを叩き込まれていた。


 ◆◆◆


 所変わって港町レギーネ。リリザとパルが旅の途中に立ち寄って聖騎士のホワニーと共に、(さら)われたエミィとタクの姉弟を助けた町である。勇者様の館は山の近くだからきっとお土産は海のものがいいはずよ、というリリザの考えに従ってやってきたのだ。


 時間はすでに夜の帳が降りようとしている頃。海鮮市場は早朝が本番。朝獲れの海産物を扱うのだから当然夜には閉まっている。「そんなー」と言いながらも何か売っていないか町を闊歩する二人。

 きょろきょろと辺りを見回しながら先を行くリリザ。そしてその後を浮かない表情を浮かべてついていくパル。


「ちょーっと来るのが遅かったかしら。何かあればいいんだけど、って、何かレベルじゃだめね。超凄いスーパーなものじゃないと勇者様に喜んでもらえないわ」


 目指すは圧倒的な存在感を示すお土産。


「でも、なかなか無いのものね。さっき見かけた港町ロールケーキにしようかしら。ああ、でも、マルガレッテは王女様だし……庶民が食べるようなものはお気に召さないかしら。いやいや、確かおじいちゃんが作った得体のしれないキノコが入ったスープも美味しいって飲んでたから、案外庶民派かも?」


 などと思考がだんだんと逸れていく。


「どう思うパル?」


「……」


 ここは人の意見も聞きたいところだと思ったリリザだが、パルから反応は返ってこない。


「パル? どうしたの? 疲れた?」


「違う」


 小さな声で一言返事が返ってきた。


「じゃあ、飛行魔術に酔っちゃった? ごめんね気づかなくて」


「違うったら」


「じゃあどうしてそんな顔してるの?」


「別に……」


 パルは顔をそむけた。無意識のうちにリリザと目を合わせるのを避けたのだ。


「別にって、何かあるんでしょ。ほーら、頼れるリリザお姉さんに言ってちょうだいな」


 リリザはそっぽ向いているパルの頭にぽんぽんと手を乗せる。

 リリザはパルの頭を撫でるのは結構気に入っている。だけどそれをやるとパルはいつも子ども扱いするなって怒るのだが、今日はそうではなかった。


「リリザ、その……」


「ん?」


 ようやくパルは口を開いた。

 だけど視線は逸らしたまま。


「明日……」


「明日?」


 そこで止まってしまったパルの言葉。

 続きを促すように、そして言葉の意味を計るためにリリザは疑問を投げかけた。


「やっぱりなんでもない! さあリリザ、早くお土産探さないと。本当に何も買えなくなっちゃうよ」


 パルはさっと走りだし、その先で笑顔を浮かべて、さあさあとリリザを呼ぶ。

 先ほどまでの様子と全く違う。無理やりに元気を作っているような様子。


 明日。

 パルがそこで言葉を飲み込んだのは、その先を言うのをためらったからだ。

 明日、二人の旅は終わるのか。明日お別れになるのか。それが口を噤んだ先の言葉。


 そうなる事は分かっている。リリザとの約束はここまでなのだ。

 だけど、口に出してしまえば明日ではなく今ここで確定してしまう。


 そんな事をするよりも、残り少ないリリザとの時間を楽しもうと決めたのだった。

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