04 不思議なニンゲンに拾われて その4
「その、火を通したほうがね、美味しいし」
あぁ、好みの問題か。
「とは言っても、こんなところで火なんか起こせないしなぁ。村に帰れば焼いてやることもできるけど、あんたの腹の虫はそこまで待てないって言ってるしなぁ」
――ぐるるる きゅるるる
「ちょ、ちょっと! まじまじと聞かないでよ! もう! 火があればいいんでしょ火が」
「そうなんだけど、火が無いから困ってる」
「簡単よ。ほいっ」
――ボウッ
そういうと女は何もないところから火を出して、落ちていた枯れ木に火をつけたのだ。
「こ、これは、魔術! あんた魔術が使えるのか?」
「そうよ。さあ、火はついたわ。魚、ごちそうしてくれるんでしょ?」
ニコニコする女のためにボクは料理の腕を振るうことにした。
都合よく湧水が流れて出している場所があった。
ちょろちょろと少量だが水があるのと無いのでは大違いなので火をもって移動して。
ボクはいくつかの石を見繕って自分の周りに設置した。
さあ調理だ。
とはいえこんな場所でできることは限られている。
ボクは小さなナイフを取り出すと、魚の腹に突き刺した。
このナイフはボクに許された唯一の調理器具といっても過言ではない。長さは短く、そして切れ味は悪い。だがそれでも何とか調理ができるのだ。
魚の腹を開けはらわたを取り出す。はらわたまでおいしく食べれる魚もあるけどこの魚はそうじゃない。
「んー? ハーブ?」
女がのぞき込んでくる。
「そうだ。さすがに味気ないのはよくないだろ。塩とまではいかないけど、このハーブに火を通すといい味が出る」
摘んでいたハーブとキノコを適当な大きさにして腹の中に詰める。
そこに取り出したるは木の枝。長いものと短いもの。
切れ味の悪いナイフで皮をそいで細く尖らせて水できれいに洗ったものだ。短くとがった針のようなそれを、魚の腹から具材が零れ落ちないように何本か突き刺して腹を閉じる。
そして長いもので魚の尻尾から頭まで串刺しにして、火の回りの地面に刺していく。
――ぐぅぅぅぅぅ
女の腹がなっている。いや、ずっとなっているがもう気にしないことにした。
なっていることを指摘すると手痛いとばっちりが返ってくるし。
じーっと火加減を見る。
最も適した状態で食べてもらいたいところだ。
オーガ相手にはこんなことはしない。
そもそもオーガ達はおおざっぱなんだよ。ボクが熱心にやろうがそうでなかろうが、食べられればいい、みたいなやつが多い。それに……あいつらに料理を作るのは乗り気じゃない。
枯れ枝を足して炎の量を調節する。
女が生木を火に突っ込もうとしたから威嚇しておいた。
水分の多い生木は燃えにくいからね。
一呼吸も火の動きを見逃すまいとして、しばらくの時間が経った。
「まだ?」
「まだだ」
じゅっ、と魚から流れ落ちた水分が熱された石の上に落ちる。
「そろそろいいかしら?」
「まだだ」
くぷくぷと表面の皮が焼けていく。
「その」
「まだだ」
「って、まだ何も言ってないわよ!」
「なんだようるさいな。今大事なところなんだ!」
「ちぇー。おなかへったなー。暇だし」
「ええい、静かにしてろ。あんた大人なんだろ?」
「そうよ! キミよりも年上のおねーさん!」
おねーさんならおとなしく待っていろ、と言いたかったがボクは魚の焼き加減に集中することにした。
魚の焼ける匂いと火が通ったハーブの匂いが鼻孔の中をくすぐる。
そして……。
「よし!」
「できた!?」
「あ、おい!」
満を持してOKを出したところ、女はおあずけにおあずけを重ねていたため待ちきれずに我先にと串に手を伸ばしてしまい――
「あっちゃー!」
火にあぶられてアツアツの串を勢いよく握りしめたもんだから、その熱さで反射的にぽーんと魚を放り投げてしまう。
「こ、こら! 台無しになるところだったぞ!」
宙を舞い終え落下する魚をナイスキャッチしたボク。
「ご、ごめんなさい」
申し訳なさそうな表情を浮かべて、しおらしく謝ってくる。
分かればいいんだ分かれば。手塩にかけた魚ちゃんだからな。
「ほら、熱いぞ」
ボクは魚を手渡した。
「ありがと」
女は意外と素直に礼を言うと、魚を受け取った。
「ふーっ、ふーっ」
魚の腹に刺した枝を抜き取って、息を吹きかける女。
「ふーっ、ふーっ」
あまり息を吹きかけるとせっかくのアツアツが台無しだぞ?
と、言いたいところだったが人間には熱すぎるのかもしれないと考え直し、好きなように食べさせることにした。
「いっただっきまーす!」
気が済むまでふうふうしたところで実食。
元気よく声を上げた女は具材の詰まった腹へとかぶりついた。
「んふー、あっつあつ、おいひー」
そうだろうそうだろう。
「はむはむ、身はホロホロしていい焼き加減で、塩味が無いから物足りないけど、ハーブのピリッとした味わいがアクセントになっていい感じ」
うんうん。我ながらうまく作ったものだと思う。
これだけ美味しそうに食べてもらえると嬉しいもんだ。