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03 不思議なニンゲンに拾われて その3

「う、うう……。水……。食べ物……」


 か細い声が倒れている人間から聞こえてきた。

 よく見るとピクリピクリと少しだけ指が動いている。


 うわごとのように食べ物を求めているが、どうしたものか。

 関わっても良いのか、近寄った瞬間に何かされないか。


 そんな思いが渦巻きながら、恐る恐る近づいてみる。

 

「この人間、女……か?」


 筋肉質なオーガの女とは違う。脂ののった身体、肉付きのいい長い脚。そして押しつぶされていてもなお存在感を表す胸。


 女であるならば致し方ない。

 山の中で行き倒れているような訳アリの……たとえ厄介な存在であろうとボクは父の教えを守る。


 『男は女を守るもの。それが出来ないならば男ではない』

 尊敬する父さんがよく口にしていた。


 ボクは男なのだ。


「よいしょっ!」


 思った以上に重量のあるその女の体を仰向けにする。

 目は閉じているがその口はわずかに開いており、小さくかすれるような声で水、食べ物、と繰り返している。


 ボクは腰に付けている水入れを手に取ると、飲み口をその唇に当てて少しずつ水を流し込む。

 すると女は反射のようにごくごくと喉を鳴らし水を飲み込んでいった。


 だけど水入れの中の水は少なかった。もちろんボクがすでに半分以上飲んでいたからだ。

 水がなくなった水入れに対して、もっとよこせと言わんばかりに女の唇が吸い付いている。


――グルルゥゥゥゥ グルルルルルルゥゥゥゥ


 女の腹の虫が叫んでいる。

 水が足りない、水だけじゃ足りない、と。


 ボクは茂みの中のカゴの元へ向かった。

 先ほど転がり込むように逃げた際に背負っていたカゴは途中でずり落ちてしまったのだ。


 散乱した食材を再びカゴにつめ、女の元へと戻る。


 山菜、キノコ、果物、魚。手持ちはこれだけしかない。素材の味を生かす、というフレーズが聞こえてきそうなほどの生の食材だ。そもそも食材調達に調味料など持ち歩いているはずもない。いや、村に帰っても調味料と呼べるものは塩だけなんだけどね……。


 さてどうするか。人間って生のものを食べると死ぬって聞いたような気がする。

 だけど火を起こそうにも火石は持ってきていない。ガッチガチガッチガチ火石と火石を打ち付けて火種を起こすんだ。たとえ村に帰ったとしても、火を起こすのはやたら大変なのだ。

 

 並べた食材を見ながらどうしたもんかと思案していた所、横から手が伸びてきて、がしっと果物をつかんだ。


「お、おい、生で食べたら死ぬぞ!」


 言うが遅く、鷲掴みにされた果物は女の口に運ばれて、がぶりと噛みつかれてしまった。


「だめだ、吐け!」


 ボクはすぐさま女の背を起こして後ろに回ると、その背中を強くたたき始める。


「い、痛い、痛い、何するのよ!」


 女は体をよじらせボクの手から逃れる。


「馬鹿、生で食べたんだ、死ぬぞ!」


「え? この果物って毒あり?」


「毒は無いけど、人間には毒だろ! 生で食べたら死ぬって聞いたぞ!」


 女はきょとんとした目でボクの方を見ている。

 そしておもむろに手にしていた果物を口に含んだ。


「おい! 聞いてたのか!? 吐き出せ! 死にたいのか!?」


 何を考えているのかしゃくしゃくしゃくと口の中で咀嚼し、飲み込んでしまった。


「死ぬ?」


 女は首を傾げた。


「死ぬ。お前たち人間は生のものを食べると死ぬだろ?」


「ぷっ。あはははは!」


「何を笑ってるんだ!」


「あはははははは、はーっ、はーっ!」


 大笑いしている。毒でおかしくなったのだろうか。

 今ならまだ間に合うかもしれない。すぐに食べたものを吐かさないと。


 再び女の後ろに回り込もうとした時。


「大丈夫よ。死なない。果物を食べたぐらいで死んだりしないわ」


「そ、そうなのか? 本当なのか?」


「ええ、誰から聞いたのかしらないけど、人間はそこまでやわじゃないわ、あはははは!」


「そうか……」


 肩の力が抜けた。

 本当に肝を冷やしたからだ。


「あははははは!」


「笑うな!」


「あははは、ごめん、ごめん。私の事心配してくれたんだよね。優しいんだ。ありがと」


 悪びれることもなくにこりと微笑んだ女。

 ただ、この時、ボクは本心からこの人間が助かってよかったと思ったのだった。


――グルルルルルルゥゥゥゥ


「きゃっ!」


 やたら高い音階の声が聞こえたのでその顔を見てみると、褐色の肌が僅かだが赤く染まっている。

 赤くなっている理由はよくわからないが、腹の音からすると引き続き腹が減っているのだろう。


「とりあえず、これを食っていいぞ」


 俺はカゴの中に入れていた魚を取り出して女の前に差し出す。


「これって……魚?」


「そうだ。うまいぞ。ボクが捕ったんだ。腹が減ってるんだろ。さあ食べろ」


 さっきみたいに笑顔を見せてくれるに違いないと思ったのだが、逆に女の顔は少し曇ってしまった。

 魚は嫌いなんだろうか。やはり肉の方がよかったのか。


「あのね、さすがに魚は生では食べないかな。いや、生で食べるときもあるっちゃあるんだけど」


 何かよくわからないことを言い出した。

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