02 不思議なニンゲンに拾われて その2
その時、ボクは深い山の中を一人歩いていた。
背中には大きなカゴを背負っている。ボクの体格からすると大きなカゴだ。カゴの中には山菜やキノコ、果物などが入っている。もちろんボクが採取したものだ。
ボクの仕事は食料の調達。集落で飢えて待つオーガのために今日も今日とて食料を探しているのだ。
「今日は不猟だな……」
いつもなら小動物の一匹でも見つけているところだが、今日はまったく見かけない。
ボクは手に持った石をポンと空に向かって投げる。
力を入れたわけではないので数秒もしないうちに重力によって落下し、ボクの手の中に戻ってくる。
この石は狩りのために必要なものだ。
獲物へ投げつけてその命を奪うためのもの。素早い獲物を体一つで追うことはボクたちには向いていない。そのための石。つまり遠距離攻撃だ。
でもまあ、所詮は石だ。命中精度は低い。ボク以外のオーガならなおの事だ。力はあるのだが正確にコントロールする適正は低い。弓にしてもそうだ。オーガは弓を好まない。
だけどボクは好きだ。一瞬のうちに目標に当たるあの速度が好きだ。集落の中で誰よりも弓の扱いに長けているという自信はある。
だけどボクは弓を使うことを許されていない。
だから仕方なく石を使う。
ボクは再び石を空へ向かって放り投げた。
それから少し歩いた後、獲物が見つからないので沢へと向かい、清流に身を任せている川魚を何匹か捕らえた。
一応言い訳は立つ量になったため帰路についたところ――
「……?」
野生の感か森の声か。いつもと違うようなそうでもないような、そのようなあいまいな感覚が沸き上がった。
獲物を見つけた時の感覚に似ている気がする。
ボクはその直感を信じ、けもの道へと分け入る。
音を消し気配を消し。いつ獲物の姿を捉えても対応できるように、ぐっと拳の中の石を握りしめる。
ゆっくりと、少しずつ歩を進める。
だけどなかなかお目当ての獲物は現れなかった。
勘違いか。
これ以上先はボクにとっては危険だった。あいまいな感覚に身をゆだねて危険に飛び込むこともない。
引き返そうとした矢先、ボクは視界の端でとあるものを見つけたのだ。
「倒れた……人間?」
目を疑った。
こんな山奥の危険地帯のすぐそばに人間がいたのだ。
広場のように開けた場所。
うつ伏せに倒れてピクリとも動かない人間。
ボクは数えるほどしか人間という種族を見たことがない。それでもあれが人間だというのは分かる。
オーガよりも小柄で、触れるだけで折れてしまいそうなそんな体。だけど知恵は回る。その知恵でオーガとも渡り合い、時には諍いが起こるのだと聞かされている。
知能があって話が通じるため完全な敵対種ではない。集落のオーガも人間からいろいろなものを手に入れているらしいし。
ボクはその場で気配を殺し、じっとその人間を観察する。
生きているのか死んでいるのか。遠目ではそこまでは分からない。
魔獣にやられたのだろうか。
だったら血が流れているはずだ。だけどそんな様子はない。地面は普段と変わらない茶色のままで、身に着けている衣服にも染み出したような血の跡は見当たらない。
ボクはもう少し注意深く辺りを観察することにした。
知恵のある魔獣の中には自分が狩った獲物をあえて放置することで、その獲物につられてきた生き物をさらに狩る物がいるという。
危険地帯とはいえ、この周辺にそんな魔獣が生息する話は聞いたことが無い。
かといって、今日が昨日までと同じとは限らない。父の教えだ。
――グルルゥゥゥゥ
「!!」
急に響いた鳴き声に体が一瞬硬直した。
その一瞬が生死を分けることがある。
これ以上時をくれてやるわけにはいかないと、ボクはすぐさま辺りを見回した。
これまで全く気配がなかったにもかかわらず、ここにきて自分の存在を鳴き声によってばらす。
その意味はつまり、もう自分の存在を知られても問題が無いという意図で、ボクにすると詰んでいてどうにもならないということだ。
どこだ!? いったいどこにいる!?
ボクは立ち上がりその姿を探す。
――グルルルルルルゥゥゥゥ グルルルルルルゥゥゥゥ
また鳴き声が聞こえた。
今度は先ほどよりも大きく、そして長い。
――ガサッ
後方で落ち葉を踏みしめたような音がした。
ボクは振り返る事もせず一目散にその場を駆けだし、広場へと転がり込んだ。
――バサササササッ
周囲開けた場所に飛び込み、ようやく音の正体を探る体勢が出来たところで……さっきまでボクがいた辺りから数羽の鳥が森の木々の隙間を縫うように羽ばたいていったのを目撃した。
「な、なんだ、鳥か……」
緊張が高まって出た冷汗をぬぐう。
――グルルゥゥゥゥ!
「うわぁ!」
間近で鳴き声が聞こえた。ボクは反射的に悲鳴を漏らしていた。
だが、鳴き声の主は恐ろしい魔獣ではなかったのだ。
――グルルゥゥゥゥ グルルゥゥゥゥ
「はっ! ははは、魔獣じゃなかった。あはははは!」
思わず笑いだす。
命の、生きた心地を味わって、その想いが溢れ出して、思いもよらずに笑い出したのだ。
笑い出した理由はもう一つある。
鳴き声だと思っていたその音が、倒れた人間から聞こえていたのだ。
それは鳴き声ではなく腹の虫。
つまりこの人間は生きていて、ただ空腹なだけなのだと分かったからだ。