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17 ついて行くヒトを間違った? その5

 だが、その体液はリリザに降りかかる前に何か見えない壁のようなものに当たり、じゅぅという音と共に蒸発してしまった。


「んもう、乙女にねばねばをかけてどうするつもりなのかしら? おいたが過ぎるわよ」


 体液が途中で蒸発したことが理解できていないのか、大ミミズは体を左右に揺らしている。

 右に左にゆらゆらと。そういう習性なのだろうか。

 その口の牙と漏れ出ている体液が無ければ愛嬌もあったのだろうけど。


「んー。ちょーっと数が多いかな。仕方ない。

 パル! その子たちと一緒にじっとしといてね」


「まかせて!」


 と言ったもののちょっと不服だ。

 リリザにとってはこの子供たちとボクは同じ位置づけ。邪魔にならないようにじっとしておいてほしい対象なのだ。

 まあ実際の所、戦力外なので仕方ないんだけど。


 リリザは両手を組むと目を瞑り、詠唱を始める。


「ザンジーク、ムッダグレーダ、レレナイズン……」


 リリザの長い黒髪が重力に逆らってふわりと浮かびだす。


天頂(てんちょう)の果て、弦歌(げんか)(ほまれ)、淡い八雲よ泥濘(でいねい)の如く絡みつき、怨敵に滅びをもたらさん」


 ミミズの前にぼうっと現れたのはオレンジ色の複雑怪奇な紋章。

 それが周囲すべてのミミズの体の前に現れている。


貫き通す深緋(こき(テリペリ)あけ)の熱線(ベイト)!」


 それは幾筋もの光の線。

 リリザの正面から放たれた光線はミミズたちの前にある複雑な紋章に向けて伸び、そのままミミズを貫き通して空へ地面へと吸い込まれていった。


 本当に瞬く間の、一瞬の出来事だった。


「ふうっ、おしまい!」


 辺りに生ものが焼け焦げたような匂いが立ち込める。

 お世辞にもいい匂いとはいいがたい。


「すごい、お姉ちゃんすごい!」


 だけど英雄を見るような目でリリザを見ている子供たちにはそんなことは関係ないようで、すごいすごいとはやし立て、ボクの手の元を離れてリリザの元へと駆けだしてしまった。


 リリザも素直に褒められているのが嬉しいのか、ニコニコ顔で「そうでしょ~、すごいでしょ~、お姉さんは無敵なのだ」などとドヤ顔で語っている。


 確かに凄い。リリザはすごい。

 格闘家顔負けの体術の上に底が知れない魔術。

 武も魔も心得の無いボクが見てもすごいのだ。その道の人が見ても絶賛するに違いない。


「姉ちゃんかっけー! 俺もねーちゃんみたいになれるかな!」


「そうね、あなたが真面目に修行したらなれるわよ。も、ち、ろ、ん、入ったらダメって言われている山に入るなんてもってのほかよ」


 そう言われて子供たちは「ごめんなさい」と素直に謝っている。


 喝采で騒がしかった場も収まってきて、あとは子供たちを連れて町に帰れば終わりだな、という所で――


 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴ


 突如辺りが振動し始める。

 地面が、空気が、震えて音を鳴らしているのだ。


「リリザ! これは!」


 ボクでも何か良くないことが起ころうとしているのは分かる。

 その災厄から逃れるかのように、木々から多くの鳥たちが空へと飛び立って逃げていく。


 ――ズシン、ズシン


 振動が規則性を持ち始める。

 まるで大きな何かがゆっくりと近づいてくるかのように。


「パル、この子たちを連れてすぐに離れて!」


  ――ズシン、ズシン、ズシン、ズシン


 徐々に大きくなる地響き。

 もう間違いない。巨大な何かがここに来る!


 ボクはリリザの元から子供たちを引きはがし、少しでもリリザから距離を取ろうと駆けだしたのだが――


 ――GYAOOOOOOOOOON!


 鼓膜が破れるかと思うほど大きな咆哮が放たれ、ボクはその物体に視線を奪われた。


 山のように大きな生物。

 体中にびっしりと黒い鱗の生えた体と鋭い爪、その巨体の飛行を可能にするほどの翼。

 その鋭い目と二本の角。間違いない。あの生物だ。

 あらゆる生物の頂点に立つと言われる種族、ドラゴン族。見た目に反して知能は高く数々の魔術を操り、生命力も高く1000年以上生きると言われている。


「ありゃ~、これまた大物が現れたね」


 そんな姿を見てもリリザは動じてはいない。

 さすがにリリザでも、と思わなくはないが、逆にリリザならドラゴンにも勝てるのではないかという希望的観測も沸き上がってくる。


『我を目覚めさせたのはお前か。なるほど……その魔力。それに呼び起こされたという訳か』


 直接頭の中に入ってくる言葉。

 もちろん目の前の強大な生物から放たれたものだ。


 人語を理解しているというのは本当だったのか。いや、それよりもこれは音声じゃない、もっと高度な、魔術的な何かで会話してる。


「あのぅ、起こしちゃったのは謝るけど、出来たら見逃してほしいなって、思うんだけど」


 普通にしゃべりかけた!

 いや、リリザ、あれ、ドラゴンだよ!?


 その気になれば多くの国を亡ぼせる存在だよ?

 そんなにフレンドリーに話しかける相手じゃないよね!


 『人間風情が我に話しかけるでない。お前たちはしょせん路傍の石ころ。邪魔であれば踏みつけられ蹴り飛ばされるだけの哀れな置物よ』


「や、その、そこを何とか。ちょっと所用であなたの縄張りに入っただけなの。ね、おねがい」


 両手を体の前で合わせて謝罪するリリザだけど……その手は魔術的な何かなの?

 もしかしてドラゴンが隙を見せた瞬間に攻撃を仕掛けたりしないよね?


 ――GAYooooooooooon!


 ぐえっ、圧力を伴う咆哮かっ!


 ボクは連れている二人をかばうように自分の体の下に隠す。


 うぐぐぐぐ。

 丸太を叩きつけられているような衝撃が四方から襲ってくる。

 だけどドラゴンが本気を出せばこの程度じゃないはずだ。こんなボクが耐えられる程度の。


 チラリと体の下にいる子供たちへ視線を向ける。

 幸いボクの体で咆哮の威力は抑えられているのか、子供たちは手で耳をふさいでいるものの大丈夫そうだ。


「聞き分けないわね。あなた彼女いないんでしょ。大人げないわよ」


 そんな中、リリザは平然と立っていた。

 吹き荒れる嵐のようなこの咆哮の中を。

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