11 不思議なニンゲンに拾われて その11
「そうよ。この子が低俗な呪いをかけられている事なんて一目で分かったわ。だからわざわざあなたたちに着いていったのよ。集落に案内してもらうためにね」
「服従の……呪いが……解けた?」
この集落に連れてこられてからずっとボクを縛っていた呪いが……オーガ達に従うように、反抗もできないように強制されていたその根源が、解けた?
「そそ。私の手にかかればちょちょいのちょいよ。試しにあのおじさんぶん殴ってみなさいよ」
「や、やめっ!」
びしっとリリザに指差された族長が怯えた様子を見せる。あの堂々としていた族長の面影もない。
「いや、いいよ。リリザを信じるから」
そんなヨワヨワな族長に呆れたというわけじゃない。
ボクも半分はオーガだ。強さには尊敬の念を抱くし、リーダーには従う規律も重んじる。
族長に直接的に嫌がらせを受けたことはほとんど無いし、それに、わざわざ確かめなくてもリリザならなんでもやってしまうだろう、という方が大きい。
「いい子ね。
さて、パル。キミを縛っていた服従の呪いは解けた。キミはもう自由よ。何がしたい? なんでも自由なのよ?」
「急にそう言われても……」
父と母が死んでからずっとこの集落で暮らしてきた。毎日毎日下働きと食料の調達。もはやそれが当たり前になっていて、いざ自由だと言われてもどうしてよいのか分からない。
「ふぅん、パル、呪い好きなんだ。ふーん。せっかく私が解いてあげたのに、呪い好きなんだぁ。だったらいいわ。私が新しい呪いをかけてあげる」
「え?」
そんなボクの煮え切らない態度が気に入らなかったのか、リリザは不貞腐れたような表情を浮かべてそう言ったのだ。
そしてボクの前に向き直ると――
「パルは、素敵でチャーミングでビューティフルなお姉さんである私に着いてきたくな~る。もうリリザお姉さんからは逃れられな~い」
「えっと……」
強力な魔術をかけられるのかと思った。
リリザが唱えたのはただの言葉。単なる自画自賛を並びたてただけの言葉。
「もう! なによその顔。美人お姉さんが微笑みかけてるんだから、喜びなさいよねっ!」
ぷりぷりと怒り出した。
「なんてね、冗談よ。呪いをかけるなんてウソ。私は通りがかりの美人お姉さん。迷える子羊を助けただけ。助けた子羊がどこへ行くのかなんて、子羊の気のままよ」
今までボクを包み込んでいたような感覚が、ふっと希薄になった気がした。
「リリザ……」
その何とも言えない感覚に、ボクは名前を口にすることしかできない。
「うん。じゃあ、私は行くわね。
族長さん、これからはパルをいじめたらだめよ? その時は私がすっとんで駆けつけるから」
ひぃ、といいながら怯えて後ずさる族長。
扉の横の族長をしり目に、トントントンと進んで倉の外に出ようとするリリザ。
行ってしまう。
リリザが行ってしまう。
何をしてるんだパル。リリザが行ってしまうぞ?
いいのか?
「いいわけない」
無意識のうちに口から洩れていた。
いいわけない。まだお礼も伝えてない。呪いを解いてくれてありがとうって、それすらも言ってない。
「パル?」
ほら、リリザが立ち止まってくれたぞ。
言うんだ、とにかくまずはお礼を言うんだ。助けてもらったのなら『ありがとう』って伝えるのは当然だ。
簡単なことだ、ありがとう、ってそれだけを伝えるんだ。
どうしたパル。何が君をそこまで頑なにしているんだ。
頑ななんかじゃない。思ってるさ。
ありがとう。ありがとう。ありがとう!
急な事で戸惑ってるけど、でも、ありがとうって思ってる。
だったら、ほら、心の中だけじゃなくて、口にするんだ。
簡単だろ?
「あ、あの、りりざ」
「ん?」
「あ、あ……。ありがとうっ!!」
詰まっていた思いを吐き出すかのように腹の底から声を吐き出した。
「ん。いいのよ。いいの、いいの」
笑顔を浮かべながらひらひらと手を振っているリリザ。
ほら、ありがとうが言えたんだ。次の言葉も簡単だろ?
今更自分がどうしたいのか分かっていない、なんて言わないよね?
リリザだって次の言葉を待ってる。ほら、誰が見たってそうだ。
ボクの言葉を待ってるんだ。
さあ、思いのたけを口にするんだよ。
ほんのわずかにだけど願ったその未来。さっきまでは心の中をわずかに小さく占めるばかりだったその願い。
でも今は違うんだろ?
でも……。リリザがどう思うかわからないだろ?
本当にそう思うのかい?
それはそうさ。彼女は人間。ボクは半端者。全くもって一緒である要素がないんだ。
だから彼女がボクのことを毛嫌いするって?
違う! リリザはそんな事しない!
じゃあいいじゃないか。伝えよう。伝えてみて、ま、その結果次第だな。
急に投げやりになった!
おいおい、もう結論が出てるのに先延ばしにするからだろ。自分のことながら情けないぞ。
チラリとリリザの方を見る。
先ほどまでの目と違う、気がする。彼女の黒い目があきれたようにボクを見ている……。
「…………」
言葉が出ない。想いはある。だけど出てこない。
こんなに自分は度胸が無かったのかと空しくなる。
「ねえ、パル……。まだ?」
心臓が飛び出るかと思った!
催促が来た。圧倒的にハードルが上がった。
「いや、その、あの……」
もはや言葉にもならない。
あわあわと何を言っているのか分からない言葉と、やたら両手をぶんぶんと振っているだけだ。
「その、じつは……あの、なんていうか……」
馬鹿、そうじゃないだろ、一言いえばいいんだ。ただそれだけだろ!
「…………」
ジト目でボクを見ているリリザ。
だ、だめだ、もう……。




