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8話 ひっ、ひっ、ふー

ここからが新規更新です。

よろしくお願いします。


分娩室のドアが開いた。

恰幅のいい中年の看護婦が顔を出す。

「お父様は?」

ぎょろっとした大きな目が俺たちを見まわした。

どう見ても俺やろ!こんな時にも俺は本能的ツッコミを忘れない。

が、俺と同時に席を立った親父が、先に一歩前に出た。

どんなボケや?

すかさずお袋が思いっきり親父の後頭部をはたいた。

「阿呆か」

年季の入ったナイスなツッコミだ。

親父がこれまた使い古されたリアクション、今はたかれた後頭部をポリポリとかいた。

看護婦は笑いをかみ殺している。


「た~か~しぃ・・・たかしぃ!」

ドアの内側から、今まさに身を引きちぎられているかのような

美幸の声が聞こえた。

こんな場面にありがちな、か細い声ではない。

野太い、よく言えば演歌の女王がまわすこぶしのような、

しっかりと響き渡る声だ。

お袋がきらきらした目で俺を見た。

「ほれ、お呼びやで」


この期に及んで、俺はうろたえていた。

ドアの先に待っているのは、魔人か悪の帝王かもしれないのに、

俺ときたら、何の装備もなく初期設定のレベルだ。

このまま乗り込めというのか・・・。

「何やってんねん、あんたの子どもが生まれるんやろが」

俺の動揺を見透かしたように、お袋が後ろからどつく。

俺の子ども?

そうだ、魔人でも悪の帝王でもない、

俺と美幸の子どもが生まれるんや。


でも俺は王族の子孫やないみたいやし、

出世の見込みも薄い、月給袋も薄い、

最近は髪の毛までもちょっと薄い、

こんな親父でもええんやろうか。

「手、握ってあげましょうね」

看護婦の穏やかな笑顔と分厚い掌に背中を押されて、

俺はおそるおそる分娩室に足を踏み入れた。


ついさっきまでのぼんやりした柔らかな顔つきとは

打って変った鬼気迫る表情の美幸が、

髪を振り乱して脂汗をかいている。

俺の足はまたもや、ぴたっと止まった。

やっぱり魔人が魔法をかけたのだ。

金の杖は?王者の剣は?

この魔法をとく呪文は何なんだ?


「ほれ」

お袋が俺を促す。

えっ?なんでお袋が、親父までもが中にいるんや?

混乱した頭の中で、またもや疑問符がぐるぐる回る。

「もうちょっとやで、頑張りや!」

お袋はいつの間にか美幸の足元にまわり、

一点を凝視している。

一緒に覗こうとした親父が、お袋に肘鉄をくらった。

何、考えとんねん!ずいぶん後になって、思ったことだ。

その時の俺は、その異常な状況を判断することすら出来ない状態だったのだ。


「ひっ、ひっ、ふー」

看護婦が美幸の呼吸と合わせながら、ぎょろ目を俺に向けた。

美幸も荒い息遣いで呼吸法を繰り返しながら、

俺をじっと見る。

一緒にやれという指令だ!寸時に理解した。

どうやらどんな状況においてでも美幸の司令にだけは正確に反応するように、

飼いならされたらしい。

「ひっ、ひっ、ふー」

思春期の女の子が初めて告白するみたいな

か弱い息が俺の口から洩れる。

目を合わさなくても、美幸が睨んでいるのがわかる。

仕方ない、自慢じゃないが、俺はリズム音痴なんだ。

両親学級でも居残りで補習を受けたが、

講師が呆れるほど、だめやったろが。


方向音痴の母親とリズム音痴の父親を持った子どもの

将来がちょっと気にかかった。

いや、無事に生まれてくれさえすればいい。

俺はこの時、はっきりそう願ったんだ。

と、やっぱりずいぶん後になって思った。

「ひっ、ひっ、ふー」

美幸の息遣いは加速度的に荒くなっていく。

途中に、ひーっと悲鳴のような声にならない声がかぶる。

気がつくと、お袋も親父も「ひっ、ひっ、ふー」と合唱していた。

さすが俺の両親、そのリズムは少しずつずれているが、

なんだか微妙なハーモニーを奏でている・・・気がする。

そうか「ひっ、ひっ、ふー」が呪文なんだ!

そんな事を考えながら、俺の意識はだんだん遠くなっていった。




ありがとうございました。

物語は、ここで折り返します(15話で完成予定)

感想など、いただけたら嬉しいです。

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