6話 名探偵おふくろ登場?
何かにとりつかれたかのようなな表情で、
一心不乱に電卓を叩いていたお袋の手が、はたと止まった。
「あっ」
「何?」
所在なく部屋の中をウロウロというより、
ただただオロオロと歩きまわっていた俺は、
自分自身を落ち着けるように、お袋の前に座った。
お袋が俺の方にぐっと身を乗り出した。
凄い発見をした子どものように目がキラキラ輝いている。
ついでにありあまる頬の肉を震わせながら、口を開いた。
「誕生日や…お父ちゃん、今日が誕生日や」
俺は唇の脇で笑った。
死んだ人間の誕生日を祝うなんて、
天皇陛下やら博士やら大臣やら芸能人やら、
とにかく一部の特権階級の人だけやろが!
って、親父、生きとったか。
「60歳や、定年退職や」
おいおい、とっくに死亡退職してるやんかい。
「それで単身赴任から帰って来たんと違うんか?」
お袋は積み上げられた書類の中から、一冊の通帳を俺に見せた。
目を通して驚いた。葬式の後にも毎月、振込がされているのだ。
親父が勤め先の名前も印字されている。
「え?どういうこと、これ?」
「この前、記帳した時には、なんとも思わへんかってんけど、
ほら、お金の感覚、麻痺してたからな」
それは、麻痺しすぎや。
お袋は急に名探偵のような表情になった。
「これは、たぶん偽装工作やな」
「何や、それ?」
俺の呆れた声を聞いて、お袋がフンと鼻を鳴らした。
「お父ちゃんは、なんか事情があって会社を辞めたんや」
「えっ?」
親父は超がつくほどの仕事人間だと、俺は今まで思ってきた。
少なくても俺が子どもの頃には、仕事仕事で、
遊んでもらった記憶もあまりない。
たまの休みに旅行に行っても、疲れた疲れたと寝ている姿が
思い出された。
そんな親父が家族に内緒で会社を辞めるなんて想像できなかった。
でも長年連れ添ったお袋には、何かピンと来るものがあるのかもしれない。
「辞めたことがばれへんように、こうやって送金を続けた」
「まさか」
「で、やっと60歳の誕生日を迎えて、
定年退職や!って事で大手を振って帰ってきたら、
死んでたって事や」
「なんで、そんなややこしいことせなあかんねん」
「ややこしいことを隠すためやろな」
お袋はまた、きらっと目を輝かした。
それにしてもさっきまでの狼狽はどこへ行ったのだろうか、女は強い。
美幸も強い、って、美幸はどこへ行ったんや?
俺はようやく美幸がいない事に気付いた。
かけてあった上着がない。
ということは、親父を追いかけて外へ行ったのだろうか?
こんな寒い夜にあの身体で!?
しかも美幸は自分の家への帰り道すら時々おぼつかなくなるほどの、
超ド級の先天性方向音痴だ。
俺が慌てて立ち上がった時、家の電話が鳴った。
妙な胸騒ぎを覚えて、俺は慌てて受話器をとった。
「はい、森田美幸は妻ですが。は?病院!?」
受話器の先からなのか、家の近くなのか定かではないが、
小さく救急車の音が聞こえる。
俺の心臓はまたもや猛スピードで動き始めた。






