1話 はじまりの電話
昨年から連載していたものを、間違えて消してしまいました。
読んでいただいた方、評価、感想をくださった方、
大変申し訳ありませんでした。
親父が死んでから、半年が過ぎようとしていた。
通夜、葬式、もろもろの手続きやら片付けやらを済ませ、
やっと俺たち、俺と妻の美幸、そして一人残されたお母ちゃんに、
それまでと同じような毎日が訪れた。
最近になってようやく、喪失感のようなものが
わいてきて、時々悲しくなる。
とはいえ、いつまでもそんな感傷に浸ってなんかいられない。
もうすぐ家族が増えるのだから。
臨月に入った大きなお腹を愛しそうにさすりながら
美幸は夕食の支度をしている。
茶碗を出したり、鍋を洗ったりを手伝いながら、
俺は幸せを噛みしめていた。
初孫を見ることなく、
突然に逝ってしまった親父には申し訳ないが、
生きていく者は前を向いて歩くしかない。
うん、そうだ、こうやって妻をいたわり、
頑張る俺って偉いなあ!
自分で自分を褒めまくるのは、
物心ついてからの日課だ。
会社では少し失敗もした。
本当は「少し」ではなく、結構大きな発注ミスをしてしまい、
上司と一緒に土下座する羽目になったのだれど、
終わったことをぐちぐち考えても仕方がない。
失敗は成功のもとって言うではないか、
これを教訓に大きく飛躍できるはずだ。
どこまでもポジティブな自分を、
また褒めてみては、ほくそ笑む。
電話が鳴ったのは、そんな時だった。
相手は俺が初めて裸を見た女だった。
って、お袋じゃねえかよと、ひとりでボケてツッコム。
これは俺個人の性癖というより、関西人の性なのだろう。
「えっ?よう聞こえへん」
ぐつぐつ煮える鍋の音を避けて、
俺はリビングに移動する。
「なんやて?」
静かな場所でもお袋の声が上ずっていてよく聞こえない。
「あ?親父が帰ってきたあ?」
思わず出た素っ頓狂な声に、美幸はキッチンでポカンと口を開けている。
そりゃそうだろう、
何度も繰り返すが、親父は半年前に死んだのだ。
「ゴーストやろか?」
大儀そうに助手席に乗り込んだ美幸が、
俺の顔を覗き込むようにしながら言った。
俺は後方を確認しながら、ゆっくりと駐車場から車を出す。
電話ではさっぱり要領を得ないから、
とりあえず行ってみることにしたのだ。
「んな、あほな…やな」
美幸は即座にひとりでツッコミを入れた。
こういう所が楽でいい。
前に東京の女と付き合った時は大変だった。
こっちがボケると本気で怒るし、
突っ込むと拗ねる。
ひとりボケツッコミをかました日には、
口をきいてくれなくなった。
そんな事を思い出しながらも、
俺の頭の中には、いろんな想像が駆け巡っていた。
「とうとうキテしもたのかもしれへんな」
「どういうこと?」
「ああ見えて、繊細なとこあるねん」
美幸がぷっと噴き出した。
ないないないないと、右手を顔の前で横に振る。
俺は少しむっとした。
確かにお袋は太っている。
バストとウエストとヒップが同じサイズだということを、
ネタにしているし、
人一倍ガサツでもある。
今テーブルを拭いた台拭きで顔を拭いたりもする。
美幸はそれを知っているから笑ったのだ。それはわかる。
でもそんなお袋だって、親父が死んだとわかった時には、
誰よりも憔悴していた。
ご飯だって2杯しか食べられなくなってしまったじゃないか。
俺の表情が変わったことに気付いた美幸は、
自分で口にチャックをする真似をして、
少しうつむいた。
ちょっと可哀想だったかなと思ったのは、
間違いだった。
1分も経たないうちに、寝息が聞こえてきたからだ。
美幸はお袋に似ている。
それを聞いたら、本人は怒るだろうけど。
ありがとうございました。
今まで掲載していた7話までと、8話も掲載しますので、
よろしくお願いします。






