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春夏秋冬、四季に。

秋、どうかこの年が実りあるように。

作者: 水月美ツ夜

「なあ。俺、秋ってすごいと思うんだ」

「は?」

 今日も俺の後輩は絶対零度。世の中秋なのに、一人だけ冬を先取りしやがって。

「だって、芸術、食欲、読書、実り、エトセトラ……全てに夢中になれるんだぜ。どの季節より」

「だからなんですか。どちらかといえば夏の方が休みも多いし、夢中になれるんじゃないですか? まあ、暑いですけど。○○の秋って、そう言われてるだけで凄いなら、先輩だって凄いことになりますよ」

「まるで俺がすごくないみたいなたとえやめてくれないか?」

「その通りですよね?」

「お前あれだな。大人になってうわああの時の俺マジで痛いやつだった―ってなるタイプだぞ」

「事実を言ってるだけです。あと一人称を俺に変えるのやめてくれますか。僕はこれで」

 そう言って立ち上がろうとするので、ジャケットの裾を思いっきり引っ張ってやった。軽いこいつは簡単に体制を崩し、想像以上に大きい動きで地面に転がった。そのはずみで紅葉にダイブしていた。

「……先輩は、人望と人間としての尊厳を失えばいいと思います」

「ごめんな。ここまで派手に転ぶとは思ってなかったんだ。動画にとっときゃよかった。ほんとごめん。お前軽いな」

「謝罪をするときは一切の冗談を抜いてください」

「……なあ、秋って綺麗だよな」

「話聞いてますか?」

都合が悪くなってきたから、俺は話を変えた。

「鈴宮くん。俺は、あの秋に狂わされただけなんだ。俺は悪くない!」

「……」

「無言で離れるなよ……悲しいだろ?」

 無視し返された。実際、俺が秋によって狂わされたことは事実だぞ。

 あの日のあの瞬間から、俺は少し変人になったのだと思う。

 絵が好きだった。いつも両親が褒めてくれて、ああ、まあ、今でも褒めてくれるがね。とにかく、嬉しかったんだな。

 赤と黄色と緑で埋まった光景が綺麗で、写真を撮った。俺が描くよりも綺麗だったから。それで悲しくて、いつの間にか絵は描かなくなっていた。同時に、写真を撮ることが好きになった。で、写真好きの人と繋がるようになったら、気づいたら変人になってた。

 だからまあ、秋には感謝しているんだ。今の俺を作ってくれたから。

「急に黙り始めた。この人やっぱりヤバいんだ」

「もっと離れるなよ。写真部員なんて変人なのが当たり前なんだ。ほら、認めたくないからって泣くな。涙拭けよ」

「出てないものをぬぐえというんですか? やっぱりヤバいじゃないですか」

 こいつはほんと、難儀な性格をしてるな。

「……秋って、俺らの趣味を奪ってくんだぜ。収穫するんだな」

「病院近くにありますよ」

「だからなんだ?」

「……自覚無しですか?」

「ま、それだから、お前も秋の綺麗さに趣味を奪われないようにきいつけろよー」

「人の話を聞かないと嫌われますよ」

「大丈夫だ。お前は話を聞いてなくても仲良くしてくれることが分かってるからな」

「気のせいです」

「ははは」

 お祈りでもしとくかな。こいつの趣味が奪われないように。

「もうすぐ、一年も終わりだな」

「気が早いですね。まだ二ヶ月はありますよ」

「十か月は過ぎただろ?」

「はあ」

「露骨なため息は傷つくんだぞ。割と悪口より傷つくんだぞ。自尊心砕けるんだぞ」

「だぞだぞうるさいです。先輩に向けてのため息ではないのでご安心ください。自意識過剰ですね」

「一言余計。お前社会人になってから大丈夫か?」

「彼女に縋りつくんで大丈夫です。ご心配なく」

 そうだこいつリア充だった。涼しい顔しやがって。

「別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ」

「哀れです。他人の不幸しか願えないなんて」

「幸せだって祈ってるから。哀れっていうな。憐れむな」

「僕はこれで」

「話聞いてないのはどっちだ」

「ああ、あと、乱暴な言葉遣いだと、馬鹿っぽく見えるので気を付けた方がいいですよ」

「待て。待てって。俺を置いてくなー!」

「勝手にしてください。そして僕を追い回さないでください」

 ちらりとこっちを見て、そのまま本当に去って行った。くそ。もうすぐ昼が終わる。俺も動かなければ。

 だがしかし、秋色の景色に見とれて帰れないのだ。決して授業をサボろうとしているわけではない。あくまで、景色が綺麗すぎて眺めていたら時間経過に気づかなかっただけだ。

 結局、俺は担任にめっちゃ怒られた。反省の色なしだったかららしい。くそう。それらしくすればもう少し説教が甘かったのか。放課後無駄に時間消費した。

 ただ、秋のこと思い返してて思った。

 俺が二年に上がって、あいつが新入生として入学してきて、それから……半年? まだ半年かってくらいには仲良くなって。

 それで、新年から考えれば、兄貴が二十歳になって。俺だって写真撮影の技術が上がってるし、将来のことはまだ知らねえけど、写真を撮りたいって決まってる。

 秋は、たしか収穫祭ってのもあって、収穫とか実りのイメージが強いから、ふと思うんだよな。

 この年は、実りあるものになったかって。

 そりゃあ、生きてるんだから何かしらはあると思う。死んでも、何かしらは残ると思う。けどなあ……。

 それを確かめるすべもねえし、未来じゃあだになってるかもしんねえ。

「実りって難しいな」

 いつもの癖で声に出してしまった。周りを見る。不審者扱いするやつはいねえ。よし大丈夫だ。

 実り……実りって、何をどうすれば実りになるんだ? 収穫は分かる。農業でたくさん採れた! でいいだろ(彼に馬鹿にしている意図はありません)。

 難しい。というか、なんで俺が実りについて考えなきゃならないんだ。

 説教中、そして今も考えているが、そこまでする義理が秋にあるか? いや、ない! 季節程度に払う礼儀はない!(彼に悪意はありません)

 よし。帰ったらくだらないことを考えるのをやめて、宿題しよう。んで、写真をたくさん撮りに行くんだ。冬休みには旅行行くのもいいかもな。

 なんかワクワクしてきた! 怒られたことなんて忘れよう。そんなことで思考を埋めるなんてもったいないしつまらんし。

「日が落ちるのも早くなったよなー」

 もうだいぶオレンジがかってる。いや、橙がかってる? まあ、いいか。

 雲も太陽も、自然も綺麗だ。俺の生き様も綺麗だ。生きてるだけで様になるってな。

 我ながらうまい。よし、明日あいつに自慢しよっと。

 家はもうすぐそこだ。学校に近いって素晴らしい。

「ただいまー! お、兄貴もういるんだ」

「そうだけど何か文句でも?」

「けんか腰はやめよーぜ。……ん? 何これ」

 自室じゃなくてリビングでなんかやってるのが悪いんだ。と、俺は覗き込んだ。

 兄貴はいつも大学で、この時間にいるのは珍しいこともあり、少しテンションが上がっていたことは認めよう。

「エントリーシート。就職で大事な奴だから、いたずらしたら俺の人生をぐちゃぐちゃにしたって思えよー」

 にこやかな笑みのまま続ける兄貴に引きつり笑いを返し、さーっと下がって手洗いした。俺偉い。マジ天才。

 自室に逃げるように滑り込むと、ぼんやりと思った。

 やっぱ、そろそろ将来について真剣に考えた方がいいのか……?

 中学からずっと思ってはいるが、結果、面倒くさがって――何もないからともいう――何も考えずに、つーか、何も決めずにここまで来たが……もう来年は受験だ。

 中学、ヒーヒー言いながら今通ってる高校受けたのになーもうあの努力はしたくないなーめんどいな―それよりゲームか写真に勤しむ方が楽しいしな―。

「ああっ! マジでどうしよう!」

 鈴宮は頼りにならねえ。あいつ成績いいし、ふって笑うに決まってる!

 べ、勉強しよう。帰り道そう決めたじゃないか。が、

「あ、秋が悪い。秋が悪い。こんな綺麗だから。綺麗だからあ!」

拓海(たくみ)。うるさいしご近所迷惑だから静かにしようねー」

「あっはい」

 ベランダで写真をパシャパシャ撮る。その途中で部屋の中からした声に返事した。

 ああー。やめられない止まらない。なんだこの中毒性は。ボタンを押す手が止まらない。

 勉強が……勉強が追い付かなくなるぞ! 今日も五限目サボったんだぞ。

 や、ま、いいか。将来俺は写真家になるんだ。そうだ。

「現実逃避してないで、勉強しなよー? 俺知らないぞー? テスト前日に泣きついたって、俺だって忙しいから相手しないぞー?」

「しますしますお願いします!」

「……せめてニ週間前くらいにはいってよ。予定空けというやるから」

「はいわかりました。勉強してきまーす!」

 こんなことしてる場合じゃない。




「ってことがあったんだ。うちの兄貴は本当にすごい。俺は兄貴がいなけりゃ、ここにも通えてないぞ」

「自信満々に言うことではないです」

 俺は鈴宮に話した。話したら、そう返ってきた。

「それでだな、鈴宮は実りってなんだと思う?」

「……」

 先輩にそんな冷めた目を向けるんじゃありません。

「というか、考えないことに決めたんじゃないんですか?」

「いや、どうしても考えちゃうんだよ。毎年それで、秋だと特に成績が絶望的になもんになるんだ! でも今年はお前が居る!」

 小学の頃から結構ヤバかった。

「秋に何必死になってるんですか? 自分の成績犠牲になるようなものじゃないでしょ。この人終わってる……」

「で、お前の答えは?」

「はあ」

ため息をつきながらも考えてくれるあたり、こいつは優しい。が、それが死ぬほど分かりづらい。

 右手を顎に当てて考えて、淡々と言った。ぶれねえ。

「実りというのは、成果ということでしょう? 誰かと出会うことによってなにか、出来るようになったこと、成長したことがあれば実りあったと言えるのではないでしょうか。ですから、学生である僕らは確実に精神的な成熟があると思います。そんな感じの保健体育あったと思うんです。だから……ええと、先輩は実りがあった年といえるんじゃないですか?」

ああ、途中までめっちゃ丁寧だったのに。でも。

「なるほどなあ。……言いたいことは分からんでもない」

「しっかり理解してください。僕がわざわざ考えたんですから」

「お前、自己愛凄いよな」

「自己愛は大事です」

 それは分かるけど。分かるんだけど。

「じゃ、お前にとって、俺と出会ったことは実りになったか?」

「少なくとも写真撮影技術の向上は出来ました。あと、世の中にはこのようにダメな人間がいるのだということを知れました。その他は……特になしです」

「なにかあれよ。俺以外でもいいじゃんそれ」

「たいていの人間に代わりが居るので安心してください」

「お前はそれでいいのか? 自分の代わりが居ていいのか?」

「僕みたいな人間なんて山ほどいる中、僕を選んでくれた人を大切にするだけです」

「かっけー。師匠って呼んでいい?」

「ダサいのと、共感性羞恥になるのでやめて頂けますか?」

「ダメか」

 ……こいつは時々本音が分からない。バッサリ行くタイプだから、マジで言ってんのか照れ隠しなのか分からねえの。

「…………俺よりも凄い人間だっているし、同じくらいのやつだっているんだよなー。でも、俺は写真への熱意は負けたくねえなあ」

「少し覚ましておく方が、上手く生きていけますよ。それこそ、秋くらいの温度感が一番ちょうどいいんじゃないですか?」

「上手いこというなよ」

「勝手に勘違いしないでください」

「ははは。そんな怒るなよ」

「怒ってませんけど?」

 うわあ、むきになってる。俺と同じように子供臭い。

 ニヤニヤしてたら、さらに眉をよせる。

「そんな怒るなよ。しわだらけになるぞ?」

「そうですか」

「はっはー! 反論出来ないんだろう!」

「どうでもいいだけです。耳元でうるさいですよ」

 つれないやつめ。

 俺は思いっきり地面の赤い絨毯に転がった。満面の笑みで一枚。

「お前も撮るか?」

「紅葉はもう十分とりましたけど」

「お前のことだよ」

 誰が紅葉だって言ったんだ。

「遠慮しておきます。僕、撮られるの嫌いなんです」

「そりゃ、珍しい」

 よくよく考えると、あんま珍しくなかった。ごめんな、鈴宮。

「とにかく、僕は写りません。本当に苦手なんです」

「そんな警戒しなくたって、撮らねえよ。人の嫌がることを無理強いはしないタイプなんで」

 まあ、ホントに嫌なわけじゃなかったら多少強引でもさせるけどな。特に、素直じゃないやつには。その方が、俺が楽しい。一人はしゃぐよりも、誰かとはしゃぐ方が楽しいに決まってるからな。

 あれ、同じようなこと二回思った? それって俺、もしかして馬鹿か?

「俺って馬鹿か?」

「いきなり聞くという行動が既に馬鹿ですね」

「そうか。……俺は馬鹿なのか」

ショックだ。

「あ、そういやさあ。お前ガールフレンドいたじゃん」

「なんですかその、ガが高くてルで一気に落ちて、だんだん低くするのやめてくれますか? 凄く独特で気持ち悪いです」

「解説どーも。で、彼女にさ、君にとっての実りってなあに?ハート♡ってしてくれないか?」

「恋人への偏見が酷いです。彼女にとっての実りは? って聞くのはまあいいですが、ハート、とはしませんからね」

 手もハート型にしたことについては無視かー。そうかー。

 やっぱ聞いてくれるとか、優しいよな。クラスで友達が出来ない理由が分からん。

「ありがとう。明日教えてくれ。あ、ごめん撤回。聞けたら、その次の日でいいから教えて。あ、もっかい撤回。聞けたら、十一月終わるまでに教えてくれ」

「分かりました。最初からそう言えばいいではないですか」

「どんどん申し訳ないなって思ったんだよ。先輩の気遣い無駄にすんな」

 もともと聞いてくれないかってお願いしてんの俺だけどな。それっぽくいっときゃ、いい感じに相手が飲まれてくれる。

「先輩が聞いてくれって言ってるのに、凄く偉そうですね。その自信と面の厚さには拍手をしたいです。真似なんてしたくありませんけど」

「おおう。めっちゃいうじゃん。とにかく、宜しくな」

 その彼女、俺にくれてもらってもいいんだぜ。そう言ったらさすがに殴られるだろうから言わないけど。





 そして翌日。

「聞けましたよ」

と、言ってくれた。早速聞いてくれるなんてやっさしー。

「なんて言ってた?」

 俺は楽しみで仕方ない。同じ部のやつらはまるで相手してくれなかったんだぜ! 嫌われてるんじゃなくて、知らねーよって回答が大半だった。真剣に考える奴が居なかった。それよりこの写真きれ―だろ! が圧倒的。

「それでそれで? なんて回答だった?」

「うわあ無邪気な子供顔してる。――ええと、貴女にとっての実りって何ですか? って先輩に聞いて来いって言われたんだけど、君にとっての実りってなにって聞いたんです」

 めっちゃガチだ。質問の仕方を説明するとか、ガチだ。

「ほう」

「そしたら、少し考えてて、その後笑顔で食べ物美味しいよねって言ってました。やる気ないんでしょうね。僕も正直、なんて回答するか気になってたので、やる気出してっていったんです。そしたらまた真剣に考えて、具体的にどーゆーこと?って聞かれたので、僕の思う実りを言いました。ついでに、先輩がその質問に至るまでのことも言いました」

「めっちゃ本格的じゃん。真面目だなあ」

「すると、思いついたらしく言ったんです。これまでの努力が目に見える形で現れることって。春や夏、コツコツ育ててきた野菜が収穫できるように、これまでの、例えば、夢を追いかけ続けて必死に努力したことが、叶うことだって。音楽だったら、バズってみんなに見られて、評価されて、それで食っていけるようになることだって。努力を餌に、自分にとって美味しいものが採れることだと。だから、彼女の考え方は、先輩や僕で言えば、撮った写真を誰かに褒めてもらったりすることで、今までたくさん撮ってきた写真と、技術の吸収が実ったと言えるということです」

「……お前の時よりも分かんねえ」

「確かに抽象的で分かりづらいところはありますが、面白い考えだなと思いました」

「というか、最初の食べ物美味しいよねはなんだったんだってくらい凄い考え出てきたな」

 でも、一つのことを複数人で考えるのって楽しいな。俺の思った通り、大人数のほうが楽しいのかもな。

 ああ、そういう仕事に就くのもいいかもな。

「なんか、元気出た。将来について、もう少し真剣になるか―」

「勝手に納得するなんて、ズルいですよ。先輩の思う実りは何ですか?」

「聞くか? それはな」

ためて溜めて、言った。

「死ぬことと、生きることだ。生きてるだけで、命っていう大事なもんを育ててるだろ? で、最期に振り返って、何か思って、今までのすべてを実りがあると言えるんだ。お前と馬鹿しあうのだって、実りについて考えるのも、全部実りになるんだ。それを養分に、俺は何かしらの成果を出すよ」

 我ながら、まとまりがなく実りについての直接的な意味が分からないが、それが実りかもな。

 なんにせよ、秋はいい。就職とか、実りとか、難しいけど、それを秋ぐらいの温度感で考えるのもいいな。

 解決なんてこれっぽっちもしてないけど、まあ、秋が楽しいからいいか。

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