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月光派サンドイッチ

 

 冒険者ギルドで手続きを行ったおかげで一日の終わりがいつもより早く感じる。

 既に太陽は隠れ、僅かな黄色を帯びた白銀の本月が昇っている。

 これから夜間教会として門が開かれる、というか雨風が入り込まない限りは扉を物理的に開きっぱなしにする。

 不安や孤独、悩みを抱えて一人で居られなくなった人や、敬虔な信徒がお祈りに来るために、開けたままにしておくことで入りやすくしているらしい。

 夜の教会は人によっては立ち入り難いからな。

 

 本堂に行く前に準備を整える。

 俺の体感として、この世界の夜はそれなりに長く感じる。

 準備が必要だ。

 教会だけの文化かは知らないが、空腹になったら好きに摘まめるようにとパンが食卓に置かれている。

 まずは食卓に置かれているパンを籠に詰め、ファティと一緒に帰る途中で貰った葉物や、作り置きされているスープも持っていく。

 あと棚から取り出した、干して保存の利くようにした食べ物もついでに幾つか。

 これが夜の教会を過ごすたった一つの冴えたやり方だ。

 

 俺は本堂に詰めているが、神父様はどこにいるのか。

 夜の間は自室に籠って過ごしている。

 朝早くから責任者として本堂に居るため、早く休むのだろう。

 そう思っていたが、実際は趣味に熱中していると教えてくれた。

 中庭や森の木々から落ちた枝を拾い、自分で乾かし、適宜削って模型を作っているとの事だ。

 お祝いで貰ったお酒の残りである硝子のボトル内部に、精巧なボトルシップを作るほどに手先が器用な人だ。

 作るまでが趣味で、会心の出来やお気に入りの品以外は売りに出されている。

 好事家の間で人気があるらしく、新作の様子を聞かれることもある。

 俺の絵も買いとってくれないかな。

 画材は無いから用意してくれたら描きます……無理だよなあ。

 

 

 

 

 

 色々と入れた籠を手にしたまま本堂に入れば、そこは幻想的な光に包まれていた。

 穏やかな月光が増幅され、黄色みがかった温かみのある白銀色で室内が照らされていた。

 日中と夜間で天井の特性が切り替わるために起こるらしい。

 本堂の天井は全面が硝子に似た素材が使われているが、中央は大きな円に似た天窓がはめ込まれていて、そこだけ素材が異なるのだという。

 太陽が昇っている時間は、陽光を吸収するために硝子が曇ったような色合いとなる。

 夜には澄み切った透明に変わり、特に中央の天窓から射し込む月光は増幅されて部屋を明るくしてくれる。

 夜間でも眩しすぎないし、文字の読み書きができるほどに明るくなるのだから有難いことだ。

 とても便利なのだが、残念なことに悪いことをすると死ぬという噂を怖がって近寄らない人が多い。

 

 教会に送られたお礼の手紙への返事を書くのが俺の夜の過ごし方だった。

 気取った言い回しが好まれるので面倒だが、そこは現代人の知恵で乗り切る。

 季節に合った物事で季語を交えたり、書で知った物語で遠回しにお洒落な知識人を演じたり、略語を作ってみたり、顔文字を書いたりと思いつく限り色々とやってみている。

 翌日に神父様が内容を読んで精査するので可笑しなことにはならない、はずだ。

 俺の斬新な手紙に対抗心を抱いたとかで、判子に似たシーリングスタンプを彫ったりしていて、それで封をすれば返信用のお手紙入り封筒が完成する。

 普通のシーリングスタンプは丈夫な金属製の物が使われており、公式な文書などは月光派の紋章が刻まれた物を使う。

 今回のようにご機嫌伺いを兼ねた挨拶の返事には神父様がブラックウーズの欠片で彫ったシーリングスタンプが使われる。

 金属や鉱石と比べて軟らかく、熱にも弱いのでほとんど使い切りだが、それで大丈夫と言われた。

 むしろまた彫れるから、そっちのほうが良いらしい。

 

「ツバキさん、寝る前にお話いいですか。……えっと、お忙しいなら寝ます」

 

「全く忙しくないよ。これが終わったら暇になっちゃうし、話したいから相手してほしいなあ」

 

「はい! ……あ、じゃあ、一緒にお話ししましょう?」

 

 いつものようにファティも本堂に顔を出したので、隣に座るように促せば嬉しそうに座る。

 寝る前なのでベールを外しているし、修道服ではなくゆったりとした服に着替えていた。

 勉強を見ることもあれば、隣で静かに本を読んでいるだけの時もある。

 以前ファティが文字の読み書きを学んでいた際には、本を広げて一緒に見ながら読み聞かせたこともあった。

 

「お話の前にお腹減ってない? パン食べよっか。今日貰った葉っぱとか」

 

「葉っぱ……。えっと、薬草は傷に塗るといいそうですよ」

 

「でも煎じて飲むのもいいらしいよ」

 

「……苦いですよ?」

 

「良薬は口に苦しって言ってね。体に良い物は大抵まずいんだよ」

 

「……でもとっても苦いですよ?」

 

「まあまあ、食べてみようよ。……でも毒も大抵まずいらしいよね」

 

「えっ」

 

「食べられない物もまずいからなあ。……泥とか」

 

「えっと、そこは色々なお話で食べたい気持ちにさせてくれるところでは?」

 

「……空腹のあまり茸を食べたら毒で苦しんで死んだ人々の呪いによって滅んだ国の話じゃダメ?」

 

「絶対にだめですよ……」

 

 呆れたようにジト目を向けてくるファティに向けて、誤魔化すような笑みを浮かべる。

 誤魔化されてくれないらしい。

 だめかぁ、と呟きながらパンを差し出して見せる。

 話の最中にパンを切り、貰った葉物と干し肉を挟んだサンドイッチだ。

 

「あの、薬草が挟まってますけど……」

 

「これは美味しいよ。俺のスキルがそう言ってる」

 

「ツバキさんのスキルは言語系だから、薬草の気持ちがわかるかもしれませんけど美味しいとは言わないと思います……」

 

 どうしてなかなか渋るファティ。

 こいつは難敵だぞ、ということで即席サンドイッチを半分に切る。

 片方を俺、残りはファティ。

 おいで。さあ。ほら、怖くない。怖くない。……むしゃり。

 先にサンドイッチを食べて見せる。

 美味しいけどマヨネーズが欲しいよ俺は。

 

「う、うまい。うますぎる! 月光派サンドイッチ!」

 

「えっ」

 

「食べてほしいなー。ファティのために作ったから食べてほしいなー」

 

「挟んだだけですよね……」

 

 ファティはお菓子に釣られやすいくらい甘党なためか、葉っぱは苦手なようだ。

 淡い水色の髪と瞳をしているから水タイプの可能性が出てきたな……。

 ダークライと戦っちゃうのかい?

 

「愛も、挟んであるよ」

 

 俺はキメ顔でそう言った。

 ボイスも心なしかイケてたはずだ。

 イケボVSファティVSダークライ。

 俺の様子にため息をついて、ファティがサンドイッチを齧った。

 

「えっと、お菓子のほうが美味しいです?」

 

 そりゃそうだよ、とその柔らかな髪を撫でた。

 


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