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069.ローポニーな朝~月猫商会からの手紙~

いつもありがとうございます。


本話から第三章、スタートです。

引き続きよろしくお願いいたします。



 王国歴725年、牧獣の月(5月)上旬。



「ふぁ……ぁふ……ぁ、すみません。みっともない……」


 新月の日から数日後。


「ふふっ……ユエ様、私の前でくらい気を抜かれてもかまわないですよ……? ようやくゆっくりお休みいただける時期になったのですから」


 5月に入り、朝からでも本格的に温かくなってきた日差しのせいか……新月が遠ざかって体調が戻ってきたからか、僕は久しぶりに寝坊して朝食をすっぽかし、ツバキさんからゆっくりとお世話を受けていた。


「あはは……ありがとうございます……ツバキさん……」


 化粧台の前に座りながら、機嫌が良さそうなツバキさんに髪を梳かれる感覚が気持ちよくて……つい意識が夢の中に行ってしまいそうになっていた。


 ツバキさんの優しさが伝わり、身も心も温かなフワフワとした時間を過ごしていると……部屋の扉がノックされた。


「っ……どうぞ!」


 コンコンッという音を聞き、最近は特に身近になったその気配の色を感じ取った僕は、ハッとなって居住まいを正した。

 目の前の大鏡で自分の姿を確認すると、訪問者……アイネさんを招き入れた。


「おはよう、ユエさん」


「おはようございます、アイネさん」


 僕の名前を呼ぶためにきっちりと扉を閉めたアイネさんが、そう言って微笑みながら僕の名前を呼んでくれる。

 そんな些細な気遣いと、彼女の笑顔を目にするのが当たり前になってきたという些細なことが嬉しくて、迎えるために歩み寄る僕の顔も自然と笑顔になってしまっていた。


「(……むぅ)」


「あぁ……ごめんなさいツバキさん、ちょっと早かった……? ユエさんとの大切な時間を奪ってしまったかしら……?」


「いえ……アイネ様。もう主様のご支度は完了しておりましたので……お気遣いありがとうございます」


「遠慮したらダメよ……? 特に最近は私がユエさんを独り占めしちゃってるし……」


「アイネ様……では、明日はあと5分だけ遅くお越しください」


「くすっ、わかったわ。謙虚な良い従者ね」


「私にとっては、例え1分だろうと1秒だろうと、主様と共に在れる時間をいただけるなら幸甚でございますので」


「あら、それは私だって同じよ? ふふっ」


 あ、あの……2人の仲が良さそうなのは僕も嬉しいことだけれど、目の前の僕を差し置いて話されると……僕、居心地が悪いのですが……。

 というか、僕は朝からアイネさんの顔を見られてこんなに嬉しい気持ちになっているというのに、アイネさんは自然体で……なんだか妬いちゃうぞ……。


「アイネさん……」


 僕は自分の感情に素直に動き、目の前に居るアイネさんの両手を取ると、ぐっと引き寄せて胸に抱いた。


「…………」


「ユエさん……? そんな、ステキな目で見つめられたら……ぁぅ……」


 間近になったその銀の瞳をじっと見つめると、アイネさんは頬を染めて視線をそらし……その目はだんだんと熱を帯びて僕の元に帰ってきた。


 そしてその瞳がゆっくりと閉じられ、僕たちは何度も繰り返したように惹かれ合い……。


「……むぅ……主様、私に妬いていただいた主様は愛らしく、私としてもとても嬉しゅうございますが……今度は私が妬いてしまいます……」


「ふぁ~~……お、なんじゃ? おぉ! これはなんとも、朝から『ゆりゆり』な光景じゃのう……眼福、眼福じゃ。ほれ忍っ娘や、何をしておる。お主も混ざらんか! 『さんぴー』な接吻をはよぅ!」


「「……あ」」


 ツバキさんが子供っぽく頬を膨らませ、変態猫が朝から変態な事を言って……いい雰囲気になっていた僕とアイネさんは揃って我に返り、恥ずかしさから顔を赤くした。


 いけないいけない……。


 アイネさんが僕の全てを受け入れてくれたあの日から、どうも僕自身、歯止めが効かないことが多くなってきてしまっている。

 自分はこんな恋愛脳だったのかというか、バカップルと言われても痛くも痒くもないくらいに誰かを好きになるなんて……と、ふと我に返ると自分で自分に驚くくらいだ。


「なんじゃ、せんのか? 『ちゅっちゅれろれろ』と濃厚な接吻を妾に見せるのじゃ!」


「し、しないよこの変態っ!」


「はぁ、なんてヘタレじゃのう――ギニャァッ!?」


 僕はヘタレなんじゃない。

 むしろヘタレじゃないから、そんなことしたら今日の授業もお休みが決定してしまうからだ。うん。


「私も、いつか主様と……」


「ユエさん……しないの……?」


「ぅっ……」


 朝のポカポカした陽気の部屋で、アイネさんとツバキさんからの別の意味でポカポカしてしまいそうな熱の籠もった視線を受ける僕。


 その2人から目をそらしつつ、このなんとも言えない空気をどうにかする方法はないのか……と考えを巡らせていると、ふと僕の机の上に昨晩までなかったものがあることに気がついた。


「ツ、ツバキさん? それは手紙……ですか?」


「――は。おっしゃる通りでございます。今朝方届いたもので、ゴルド殿からです。今お読みになりますか?」


「ええ、お願いします」


 僕が頷くと、ツバキさんはサッとペーパーナイフで封を切って僕に渡してくれた。


「ゴルドって……たしか、ユエさん……というよりルナさんのお父さまということになっている、月猫商会の会長……だったかしら?」


 ツバキさんとのやり取りで興味を持ったのか、普段どおりに戻ったアイネさんがそう聞いてきた。

 僕は手紙についた月猫商会の印章をアイネさんに見せてから、隣でアイネさんにも中身が見えるように手紙を開いた。


「はい。そういえばそろそろ……ああ、やっぱり。商隊の本隊がまもなく王都に到着するそうです。手紙を出したのが……となると、もう明日には到着しそうですね」


 手紙には、手紙を出すときの現在位置と日時が書かれていた。

 そこからサッと頭の中で計算すると、到着予定は明日という答えが出た。


 当初の予定からは少し遅いけれど……ゴルドさんのことだ、きっと何かあったのだろう。


「ツバキさん。使って悪いですが、この手紙を陛下に。ゴルドさんのことだから抜かりないと思いますが、念のためです」


「は。かしこまりました。ただちに」


 そういって恭しく手紙を受け取ると、ツバキさんは影の中に消えていった。


「へぇ……ということは、いよいよ月猫商会の王都店がオープンするのね? 楽しみだわ!」


「はは、ありがとうございます。そうですね……週末には一度顔を出そうと思いますが、アイネさんも一緒にどうですか?」


「いいのかしらっ?」


「もちろんですよ。ゴルドさんにアイネさんを紹介したいですし」


 僕が提案すると、本当に嬉しそうにそう言ってくれるアイネさん。


 アイネさんは月猫商会の輝光具の愛好者だし、もともと興味があったのかもしれない。

 僕としては、さり気なく週末にデートに誘う口実になったので、むしろ顔を出しに行くのはついでになりそうだけれども。


「ふふっ、仮とは言えお父さまに紹介されるなんて、ちょっと緊張してしまうわね。でも、そういえば……ユエさんが、あのムラクモだったのよね……」


 ムラクモ・ゲッコー。

 月猫商会の謎の開発者として名前が知られている人物は、アイネさんが言う通り僕の名前の1つだ。


「あはは……そうですね」


「改めて考えると……ユエさん、すごいわよね。時期から考えると、ずっと子供の頃から輝光具の開発をしてたのよね……? どうしてあんなにすごいものを次々と思いつくのかしら?」


「あ、あはは……たまたまですよ、たまたま」


 目を輝かせながら、純粋な気持ちで聞いてきたであろうアイネさんに、僕は乾いた笑いを返すことしか出来なかった。


 『前の記憶』があるから……とは言えないし、言っても分かってくれないだろう。

 『前の記憶』についてだけは、僕は墓まで持っていくつもりだ。


「で、ではアイネさん。週末はよろしくお願いします」


「ふふっ、わかったわ。こんなに早くまたユエさんとデートに出かけられるなんて、色んな意味で月猫商会には感謝ね」


 う……さり気なく誘ったつもりだった僕の意図なんて、アイネさんにはお見通しだったようだ。

 ……まぁ、アイネさんが笑顔になってくれているのでヨシとしよう。


「そうですね。あ……そろそろ出ないと間に合わないですね」


 朝食を抜いたおかげで余裕があったはずが、話していたらもう寮を出ないと朝の礼拝に間に合わないくらいの時間になっていた。


「そうね。行きましょう、ユエさん」


「『そう言ってアイネはさり気なく腕に抱きつき、2人は昼間の街に消えていくのじゃった……』って、妾を置いていくでないわっ!!」


 部屋を出ようとしたところで、復活した変態が何やらモノローグ調で言っていた気がするが、気にしないことにした。



平和な滑り出し。


お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも「性癖に刺さった(刺さりそう)」「おもしろかった」「続きはよ」と思っていただけたのでしたら、画面下より『ブックマークに追加』『ポイント評価★5』をよろしくお願いいたします。

皆様からいただく応援が筆者の励みと活力になります!


次回、「ローポニーな朝~わたしの王子様~」

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