068.また、朝を迎えて~ふたりだけの朝風呂~
いつもありがとうございます。
いよいよ第二章最終話!
王国歴725年、大樹の月(4月)下旬。
翌朝。
誰もいない大浴場に、シャワーの水音が響いている。
「かけますよー?」
「ええ」
僕は洗い場でアイネさんの後ろに回って、頭からシャワーでお湯をかけてアイネさんの綺麗な髪を覆っているモコモコとした白い泡を洗い流した。
本来、大浴場は決まった時間にしか開いていない。
それは輝光炉を利用した大規模な湯沸かし器が動いていないと浴槽のお湯を賄えないからで、ふたりでシャワーを使うくらいのお湯なら利用することができるらしい。
僕らはそれを良いことに、こっそりと忍び込んで身体を清めているのだった。
「……はい、これで大丈夫です」
「ほんと……? すんすんっ……うん、大丈夫そうね」
アイネさんは自分の髪の臭いを嗅いだり、身体のあちこちに触れて行為の跡が残っていないかを確認していた。
「もぅっ……ユエさんったら、私が止めてっていっても何回も、あんなに激しくするんですものっ……私、初めてだったのに……。ベトベトになって、ユエさんの臭いまで刷り込まれちゃうかと思ったわ……。昨日一日まるっと授業を休むことになっちゃったし……」
「あはは……すみません」
僕の乾いた笑い声が浴場に響く。
だって、アイネさんが可愛すぎるんですもん。
……なんていうのは僕の勝手な都合であって、初めてだったアイネさんに結局かなりの負担をかけてしまったことは事実だ。
おかげで僕は、この身体になってから初めてと言えるくらいにスッキリしているのだけれど……。
「……くすっ、冗談よ。あれほど、ユエさんに情熱的に愛してもらえて……ステキだったわ」
「ぅっ……」
頬を染めながらそんな笑顔で言うなんて、反則です。
思わずドキッとしてしまい……朝になって身体が女の子に戻っていなかったら、この場でまた押し倒していたかもしれない。
アイネさんの笑顔から微妙に目をそらしてドキドキを押さえつけていると、アイネさんは立ち上がって僕に場所を変えるように促した。
「ほら、今度はユエさんの番よ?」
「あ、ハイ……」
僕がアイネさんが座っていた風呂椅子に腰を掛けると、頭からお湯を被せられ、そのまま丁寧に髪を洗われた。
「……ふふっ。ふたりきりだから、こうして洗いっこもできるわね。やっぱり……ユエさんにはこの白い髪が似合っているわ。黒いときのユエさんもステキだったけれど」
「その、ホントに大丈夫ですか……? わぁっ!?」
僕が身を縮こませながら背中越しにアイネさんを気遣う言葉を口にすると、また頭からお湯をかけられて言葉を遮られた。
アイネさん、僕を黙らせるタイミングが絶妙になってきてませんかね……?
「もぅっ、またそんなこといって……。それは、その……まだお股にユエさんが居るような感覚がして……ちょっと変な感じがするけれども……。それでも私がユエさんの全てを受け入れるっていって、ユエさんが私を求めてくれた証拠なんだから……いいのっ」
そして、僕を喜ばせる言葉がもっと喜んでしまう言葉になってませんかね……?
もっとドキドキが強くなってしまうじゃないですか……。
「ありがとうございます……」
「ふふ、どういたしまして。でも、今までずっとあんなに苦しんできたのよね……? 女の子のときでも……今も、大変な思いをしているのかしら……?」
「ぅっ……はい。すごく、アイネさんにドキドキしてます……」
繋がって、より深いところで通じ合ったからだろうか……的確に僕の胸の内を言い当てたアイネさんに、僕は正直に白状した。
「ユエさんの、えっち……♡ くすっ。でも、そうね……そんなえっちなユエさんも、好きよ。また辛くなったら、それは私が受け止めるから……もう、我慢なんて……無理なんてしないでね……?」
「アイネさん……」
――僕は、この身体になってからアノ日が……新月の日が大嫌いだった。
初めての時は、姿が変わって戸惑っているクロに、襲いかかってしまった。
旅の中では、僕についてくることになったツバキさんに……。
そうじゃないときも、あの絶え間ない性欲と言う名の苦しみをひとりで発散し、それでも発散しきれず、精神的にもかなりまいってしまう日だった。
でも、今回はそうではなかった。
アイネさんというかけがえのない人が、僕の苦しみを分かち合ってくれ、幸せな時間に変えてくれた。
そしてアイネさんは、これからもそうしてくれるという……。
それは、『溜まって』しまうことすら嫌だった僕の心のドロドロとしたものまで吐き出させてくれたようで……ほろりと、一筋の雫がシャワーに混じって流れていった。
「さ、流せたわ。……でもね、ユエさん……」
「んっ……はい、なんでしょう?」
目を閉じて被せられるお湯を受け止めていた僕は、声をかけられて振り返った。
振り返った先にいるアイネさんは、風呂椅子に座ったままモジモジと膝をこすり合わせながら、恥ずかしそうにしていた。
「ツバキさんも……とても寂しそうにしていたわ。ユエさんがどう思っているかはわからないけれど、ツバキさんにもちゃんと……シてあげたほうがいいと思うの」
「えっ……? でも、それは……」
最愛の人から『他の女性を抱け』と言われて、僕は少し戸惑ってしまった。
既に手を出しておいてなんだけれども、それはアイネさんに対して不義理になるんじゃないだろうか……?
「くすっ、そんな捨てられた子犬みたいな目で見ないでも……私だって、ホントは嫌よ? でも、ユエさんとの……その、えっちは……すごすぎて、私ひとりだけだととても身体が保たないわ……」
「うぐっ……」
何度アイネさんが果てても、止まることなく吐き出し続けた自覚はあるので……僕はぐうの音も出ない……いや、思わず呻くような声だけは出ていた。
「だ、だから……私もちゃんと愛してくれるなら……ツバキさんなら、良いから……」
「アイネさん……でも、僕はアイネさんがいてくれればそれで十分幸せで……」
そりゃ、物語の主人公みたいに『ハーレム万歳!』という性格をしていたら違うのかもしれない。
でも、『前の記憶』があって普通の倫理観を持っている(つもりの)僕からすると、こんなに愛している人が居るのに、他の女性に手を出すというのは……この世界で長いこと暮らしていたとしても、想像がつかなかった。
「……ありがとう、ユエさん。その気持はとても嬉しいけれど……それはダメよ?」
しかし、アイネさんはその僕の考えを優しく諭すように否定した。
「王妃陛下からもお聞きしていたけれど……ユエさんは立場的に、お世継ぎを……子供を作る相手、お嫁さんを増やさないといけないのでしょう……? 私も、貴族の女よ。その考えは……次代を残すことがどれだけ大事かは、分かっているつもりよ?」
「それは、そうですが……」
アイネさんの言うことは、今の僕の立場を考えればもっともなことだけれど……いま、それを持ち出すのはちょっとズルいな……と思うのは、僕の男としての器が小さいのだろうか。
「それに……」
ちょっと悶々としてしまった僕を見たアイネさんは、僕の頬を両手で包んで、僕の好きな綺麗な微笑みを浮かべてくれた。
「それに、もしそうなったとしても……誰か、ユエさんのことを好きになって……ユエさんもそれを受け入れたとしても……私たちは変わらず、ずっと一緒なのでしょう……? 私の大好きな……ステキな旦那様で、いてくれるのでしょう……?」
「っ……もちろん……もちろんですっ……!」
そんな、ことを、言われたら……。
目からこみ上げるものを堪えられずに流しながら、僕が守り続けると誓い、僕とずっと一緒にいてくれると言ってくれた最愛の人を、なりふり構わず抱きしめた。
「あぁ……ユエさん、ないちゃ、だめよ……」
「嬉し涙、ですから……それに、アイネさんだって……」
「ふふっ、おそろいね……」
肌から伝わる温もりが、愛しさが、もう僕の半身ともいえるほど大切なものであると、僕自身に刻まれている。
――僕はずっと、孤独だと思っていた。
『前』でも今の世界でも親を知らず、初めて得られたかけがえのない親友を失い、星導者として使命に生き、なんとなくそのまま過ごしていくものだと思っていた。
女学院に編入するなんて最初はどうなるかと思ったけれど、それでも、こんなにステキな伴侶を……お嫁さんをもらえて、僕は幸せだ。
時間は止まってくれない。
これからまた、今日もまた、僕たちの日常が始まる。
でも、この先何があっても……アイネさんが言う通り、本当に僕が心を通わせる相手が……お嫁さんが増えたとしても、アイネさんが僕にとって何よりかけがえのない人であることに変わりはない。
「アイネさん……改めて、これからもずっと……貴女を愛すると、誓います……」
「くすっ、もぅ……ユエさんは真面目ね。でも、嬉しいわ……そんなユエさんを、私も愛しているの……どれだけ経っても、それは変わらないわ」
額をくっつけながら、お互いに幸せを噛み締めて微笑み合う。
「ははっ……僕たち、どれだけ相手のことが好きなんでしょうね」
「そうね……ふふっ」
そんな僕らならきっと、大丈夫だ。
過去に縛られがちな僕だけど、アイネさんがいてくれるなら、きっと前を向いていける。
そう、心から思えたのだった……。
「あ、でもユエさん……その、まだしばらくユエさんとは恋人としての時間を……恋人として愛し合いたいから……えっと、次にスるときには……中は控えてね……?」
「うぐっ……努力します……」
……し、締まらないなぁ……。
なんて思いつつ、アノ日を超えてより深い関係となった僕たちは、今度こそ日常へと戻っていくのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
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