065.アノ日~新月の真実、星導者と闇王~
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//アイネシア・フォン・ロゼーリア//
「クロ、ちゃん……?」
ユエさんの部屋の扉に背を預け腕を組み、マリアナさんとくらべても遜色ないくらいに豊かな胸を張り佇む、妖艶な女性の姿をしたその存在……。
感じたことがないほど濃い闇の気配はまさに闇王と称されるに相応しいほどだったけれど、その姿は教会でよく見たもので、声はつい昨日も聞いたばかりのもの……クロちゃんだ。
ユエさんからユエさんが今の姿になるきっかけになった2年前の決戦の日のことは聞いていたけれど、いつものアレな言動から本当にこの猫ちゃんがあの闇王なのかしら……とちょっと疑っていた部分はあった。
それでもこの目の前に在る圧倒的な存在感と、人間の本能に訴えかけるように押し寄せる闇の恐怖が、それが紛れもない事実であるということを嫌でも理解させられた。
「いかにも、妾は闇王。今の名はクロじゃがな」
「どうして……」
つい昨日まで、あの見た目だけなら可愛らしい猫の姿だったのが、今日この時になぜ……と、つい疑問が口に出てしまった。
「そういえば、あやつは何も言っておらんのじゃったな……」
それを聞いたクロちゃん……闇王クロは、やれやれと言いたげにひとつ息を吐くと、扉から背を離して身体ごと私に向き直った。
「っ……」
ただそれだけで、溢れ出す闇が私に向かって押し寄せるかのようで、私は気が遠くなってしまわないようにぐっと堪えた。
「まぁ……その疑問に答えるよりも前に、妾からも言っておくのじゃ。もうあの忍っ娘からは言われたかもしれんが、これ以上は止めておくのじゃ。すぐにここから立ち去るのじゃ」
「い、いやよっ……私は、ユエさんにっ……! どうして、2人してそんなに私を止めるのよっ……!?」
ここまで来て……いや、元から私はどんなときでもユエさんに添い遂げると決めている。
今さらクロちゃんに止められたところで、ツバキさんの想いも背負っている私が止まれるわけがないわっ。
「そうじゃろうな……お主はそう言うじゃろうて。まぁ、せっかくここまで来たのじゃ。あやつは話さぬじゃろうし、その理由を……妾とあやつ、光と闇、そして今日という日……新月の関係について、話してやろうかのぅ――」
「……お願い、するわ」
「妾もあやつも、この摩訶不思議なことの全てを分かっているわけではないが……」
闇王クロは、そう前置きをした上でひとつひとつ、ユエさんとクロちゃんと月の満ち欠けの関係について語ってくれた。
月とは、全ての星々の光をその身に受けて地上へ導くものでありながら、満ちるだけではなく欠け、闇をも映し出す鏡であるという。
そしてユエさんが言うには『いんりょく』というものがあって、それは何かを引き付ける力なのだとか……。
ユエさんもクロちゃんも、その月の女神の力を最大限に引き出した力と闇王の反転術がぶつかった結果、今の姿に……ユエさんは女の子に、クロちゃんは猫になってしまった。
それが憎っくき女神(クロちゃん談)の気まぐれなのか何なのかは分からないが、お互いにその力を浴びてしまって影響を受けてしまったことは事実らしい。
だから、月の満ち欠けに依って2人はその身体に影響をうけてしまうのだとか……。
クロちゃんが言うには、満月はプラス。光の象徴。
満月になればユエさんはその力と姿がより月の女神に近づき、クロちゃんの力は弱くなり先日のようにまともに動けなくなってしまう。
そして、新月はマイナス。闇の象徴。
新月になれば月の女神の力はかなり薄くなり、クロちゃんの姿は元の闇王のものへ。
星導者であるユエさんは――。
「――あやつは、より強く女神の影響を受けているのか、妾と違って完全に元の姿に戻ることはなかったのじゃ。じゃが、女神の力によって……女になっていたことで抑えつけられていた、あやつにとって醜い部分が引き出されてしまう日……それが今日の新月という日じゃ」
闇王クロはそう言って息を吐き、チラッと扉の方を……その向こうにいるであろうユエさんの方を見た。
「まぁ……人間にとっては普通のことなのかもしれぬが、これはあやつの言じゃ。気にするでないのじゃ」
「ユエさんにとっての、醜い部分……?」
そう言われても、私の脳裏に浮かぶユエさんの綺麗な笑顔には、『醜い』という言葉はちっとも結びつかなかった。
「分からぬであろうな……じゃが、今日という日にあやつがお主と忍っ娘、ついでに妾を遠ざける理由がそれじゃ。その辺りは忍っ娘から聞いたのであろう?」
「え、えぇ……私たちのことを想って、その……懇願するほどだったって……。その理由っていうのは、分からないけれど……」
「その理由を、あやつがお主に隠したいと願っているのは理解しておるのか?」
「それは……もちろんよ。でも、それでも……私はユエさんの側に居たいの。ユエさんが私を想ってのことだって言うのは嬉しいけれど、それでユエさんが苦しんだり悲しんでいるのを放っておくなんてできないわ……!」
「そうか……まぁ、妾が言うても今さらじゃろうな……。あやつにとってもこのままでは哀れであろうしのぅ……」
闇王クロはそう言って目を閉じ、それが開かれたときにはとても真剣な表情になっていた。
私はその深い闇色の瞳を見返し、居住まいを正す。
「ならば妾が言うことはもう何もない。じゃが、お主があやつの『女』であるというなら、『女』としての覚悟を決めるのじゃ。これから見ること、知ることを全て受け入れるのじゃ。決して目を逸らすでないぞ? 一度でも目を逸らせば……愛している女にそんなことされれば、きっとあやつは立ち直れぬであろうからの……」
そう言う闇王クロの顔には……ツバキさんと同じような、悲しみの色があった。
彼女が言う『覚悟』というのが、ツバキさんも言っていた『覚悟』なのだろうか……?
「わかったわ。それで……その『女としての覚悟』っていうのは……?」
「ふむぅ……まぁこの扉の先に踏み入れれば分かるであろうが……心構えのために『ひんと』をやるのじゃ。先程、妾はあやつが今日という日に遠ざけている相手は妾、忍っ娘、そしてお主と言った。この3人の共通点はなんじゃ?」
「え……? 女性、かしら……?」
闇王クロの問いに対して、私はその問いの意味を掴みかねながらもそう答えた。
「その通りじゃ。では、その答えを踏まえた上で、あやつの本来の……というより今も変わらぬ心根はなんじゃ?」
女性という答えを踏まえてということは……そう、ユエさんは――
「男性……殿方ということよね……?」
自分で口にしておいて、何を今更……と思う部分と、そういえば……と思う部分があって、ちょっと複雑な気持ちを抱いてしまった私は慌ててその考えを振り払った。
「そうじゃ。ところで、これはあやつから聞いた……というわけではないのじゃが、一般的な人間の男子、それも年頃の男子は、それはそれはおなごに興味津々で、イロイロと盛りたいざかりといったものらしいのぅ?」
「そっ……それは、そのように聞いたことはあるわ……」
急にニヤニヤしながらいつものクロちゃんらしい表情で言われたことに、なんで今それをと思いつつも私はそう答えた。
「その溢れてやまない若い男の『りびどー』を、ひと月もの間、女の身体にされているせいで発散できなかったらどうなると思う? ウブなあやつが女だらけの学院でおなごの裸やらなんやらを目にし、何も感じていなかったと思うてか? それに、お主ともそれはもう『いちゃいちゃ』しておったのじゃろう?」
「ぅっ……それはそうだけれど……もしかして今、ユエさんは……」
クロちゃんは、ユエさんのことを『妾と違って完全に元の姿に戻ることはなかった』と言った。
それは逆に言えば『戻っている部分』があるということで、それはつまり殿方としての……?
ツバキさんやクロちゃんは、それでユエさんと関係を……?
「くくっ……まぁ、そういうことじゃ。では、妾は忠告はしたから去るとするかのぅ」
怪しげな笑い声を残して、クロちゃんの姿が闇に溶けるように消えていく。
「いいか、目を逸らすな。全てを受け入れるのじゃ。これだけは忘れるでないぞ……」
一転して気遣わしげな色が濃い言葉を最後に、圧倒的な闇の気配は消え、ユエさんの部屋の前には私だけが残された。
「わかってるわ……」
あのユエさんが隠したいということを、自分から目の当たりにしようというのだ。
私は何があっても……という決意と覚悟を改めて私の中で固めると、ユエさんの部屋の扉に手をかけた。
「ユエさん……私よ。入るわね……?」
あえて、ノックはしなかった。
声をかけて扉を開き――――いきなり私は顔をしかめそうになってしまった。
「(なに、これ……)」
何度か見たし入ったこともあるユエさんの部屋……それが今は、濃い闇の気配に支配されていた。
てっきり、この気配はクロちゃんのせいだけだと思っていたけれど、どうやらそれは勘違いだったようで……。
そして私が顔をしかめそうになった直接の原因は、扉を開いた途端に鼻を突いたキツイ臭いだ。
「(これは、なんの臭いかしら……生魚のように生臭くて、でもそれともちょっと違う……嗅いだことがないものね……)」
私はその臭いが廊下に漏れ出てしまわないように、後ろ手に扉を閉め、改めて部屋の様子を見た。
いつもツバキさんの手で塵1つなく掃除され、整理整頓がされている部屋は……今はまるで物盗りが入った後とか、何かが暴れまわった後のように散乱していた。
「(一体どうしてこんな……そう、ユエさんは……ユエさんはどこにっ……?)」
変わり果てたその光景と臭い、そして闇の気配に私が唖然としていると――
『――ぅっ……くぅっ……もぅ……だよ――』
どこかから漏れ出たようにくぐもった、かすかな声……うめき声ともすすり泣く声とも取れるような……でも確かにユエさんの声が、ベッドの方から聞こえてきた。
「ユエ、さん……?」
部屋が散乱しているせいでわかりにくかったけれども、よく見るとベッドの上にある毛布が不自然に大きく膨らんでいて……何事か、モゾモゾと、動いていた。
『……んくっ……ハァ……ぅぅっ……』
「そこにいるの……?」
闇の気配は、その中から漏れ出しているように感じる。
私が恐る恐る声をかけても気づいた様子がなく、むしろ毛布の動きが激しくなった。
『ぁぁ……アイネさんっ……アイネさんアイネさんっ……』
「えっ……」
いきなり名前を呼ばれてドキッと鼓動が跳ねるけれど、それはまるでうわ言のようで……。
『うっ――――ぅぅ……っく……』
一際大きく毛布が震えると、毛布の中から何かがベッドの脇に捨てられ、カサっと軽い音を立てた。
すると部屋に充満する臭いがきつくなり、それを嗅いだ私の……下腹部が、なぜだかキュンと締め付けられるような感覚がした。
思わず目を向けてしまったそれ……投げ捨てられたものは、ちり紙だった。
よく見るとベッドの周りには無数のちり紙がクシャクシャに丸められて散らばっていて……中には、何かの液体がついたものがあって……。
『ぁぁ……っ……やだよぅ……もぅ……収まってよ……』
私が捨てられたそれに目を向けている間に、毛布は……その中にいるユエさんは、また泣いているように何かを口にしながら、モゾモゾと動き始めてしまった。
「ユ、ユエさん……ごめんなさいっ」
ずっとその光景を見てしまっていたことに気づいた私は、このままではいけないと思いそっとベッドに近づくと、意を決して毛布を引き剥がす……!
すると、そこには――――――変わり果てたユエさんの姿があった。
「……ぁっ……ぁぁっ……」
「ユエ、さん……なの?」
まず目についたのは、黒――。
いつも輝くように透き通るような純白だった綺麗な髪が……漆黒に染まっていた。
「ぇっ――」
そして何より、うずくまるようにして伸ばされた腕の先……股間のあたりで手に握られてているモノを目にしてしまい、私は息を呑んでしまうのだった……。
白くベタつく何か(意味深)
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次回、「アノ日~あなたの全てを……~」
正気を失ったユエを前に、アイネは……。




