061.月の不調と死者への祈り~学院再開~
いつもありがとうございます。
今話から第二章の終盤に突入します。
お待ちかね(?)の『アノ日』編...
王国歴725年、大樹の月(4月)下旬。
新月前日。
週が明けて今日から学院の授業が再開されるというその日。
「おはよう、ルナさ――どうしたの? 具合でも悪いの……?」
朝に寮の玄関ホールで顔を合わせたアイネさんに開口一番でそう言われるほど、僕は絶不調だった。
「あはは……おはようございます、アイネさん。ミリリアさんも。私は大丈夫です」
不調の原因は分かっているし自覚もあるので、なるべく心配させないようにと表情は作ってるし、ツバキさんにお化粧で誤魔化せるようにしてもらったはずだけれども……アイネさんには気づかれてしまったようだ。
「ほえー、アタシにはいつも通りの完璧美人に見えたッス」
「ククッ、ひと目で見抜くとはさすがはアイネなのじゃ。これも『ゆりゆり』な『らぶぱわー』の為せる技じゃな!」
「クロっちはなんだか朝から元気ッスね」
「ぶははははっ! そうなのじゃ! この時期は毛ツヤも良いし、朝から美少女たちに囲まれて妾の『りびどー』は全開なのじゃ!」
クロはいつも通り……に拍車をかけてぶはぶはと気持ち悪いニヤケ顔で笑っている。
まあ本人も言う通り、満月から一番離れているこの時期は体調も絶好調なのだろうけれど。
「クロちゃんはどうでもいいとして……ルナさん、本当に大丈夫なの……?」
「え、ええ……ちょっと寝不足でして……」
そう言ってアイネさんは本当に心配そうな顔で、僕の肩に手を添えるようにしてそっと寄り添ってくれた。
僕は胸にチクリとした罪悪感を感じながら、咄嗟に別の理由を口にしてしまっていた。
「そうなの……? もし辛かったら、遠慮なく言ってね……? ルナさん、辛いことを我慢してしまうから……」
「アイネさん……ありがとうございます」
僕のこれまでの人生を知るアイネさんだからこその言葉に、心にじんわりと温かいものが広がっていくのを感じた。
僕は心配そうな目を向けてくるアイネさんに、いつも通りになるように努めて微笑みを返しながら、安心させられるようにその背中をポンポンと優しく叩いた。
「ニッシッシ。アイねぇは自然とくっついてるッスし、ルナっちもさり気なくアイねぇと触れ合ってるッスねぇ……」
そんな僕たちのやり取りをニヤニヤしながら見ていた桃色娘は、口元を隠しながら茶化すようにそう言った。
「い、いいじゃないっ。ルナさんが心配なんだものっ」
「はいはい、わかったッスよ~。アイねぇとルナっちの仲が、この数日でまたふか~くなったのは十分にわかったッスから」
ニヤケ顔でヒラヒラと手を振るのは止めてもらえませんかね……。
「誤魔化しもせず、それでいて頬を赤らめる美少女……これは完全に『デレた』もしくは『堕ちたな』というやつなのじゃ! 『ぱんつ』も先日よりも色っぽ――――ぎにゃぁっ!?」
したり顔で二足歩行し、さり気なく……というかあからさまにアイネさんの足元に寄ってきていた変態猫は、とりあえず尻尾を踏んでその場に留めておいた。
「ほらミリリア、遅れるから早く行くわよ。ルナさん、本当に辛いのだったら私に寄りかかってもいいからね……?」
「えぇ、その時はそうさせてもらいます」
そう言いつつ僕は――好きな人を心配させたくもないので――改めて背筋を伸ばし、一歩一歩を意識しながら校舎棟へ向かうのだった。
*****
第2学年Sクラスの教室。
朝のお祈りの時間は、今日はちょっと特別な……悲しみが多く含まれる雰囲気で包まれていた。
いつもなら自分の席について静かにシスター・レイナの講話を聞き祈りを捧げる時間だが、今日は全てのクラスメイトたちとレイナさんが1つの席を囲み、祈りを捧げていた。
その席はアイネさんの1つ前の席……つい先日までココさんが座っていた席だ。
「――その御霊が天の御下で安らかであらんことを」
レイナさんがそう言って追悼の言葉を締めくくり、ひとつの席が空席のまま、僕たちの日常が再開されるのだった。
*****
1限目の座学を終え、今日も実技の授業の時間がやってきた。
新月を……『アノ日』を明日に控えた僕のこの身体は、昨日までの緩やかな変化と違い、前日になると時間が経つにつれて急激に不調を訴えてくるようになる。
そして更衣室での着替えはいつもより余計に女の子たちの身体……胸の膨らみや腰のくびれ、そして下着に隠されたその先が気になってしまい、何度か『溜まって』自己嫌悪に陥りながら授業開始の時間を迎えたのだが……。
「ルナちゃん、本当に大丈夫? 今日くらいは私一人で準備運動してもいいのよ?」
どうやら僕の顔は、アイネさんはもちろんのこと、ミリリアさんも茶化すことなく心配してくれるような状態らしく、準備体操の相手であるマリアナさんにも心配そうに言われてしまった。
「いえ、マリアナさんをお一人にさせるわけにはいきませんから」
僕はそう言ってなんとか微笑みかけて、いつもの準備体操を始めた。
柔軟体操で背中を押したときなどは、そのまま大きな胸を鷲掴みにしてしまいたい衝動にかられてしまったが、こっそり自分の太ももをつねってなんとかその衝動をやり過ごした。
もう、ホントに……自分が嫌になる。
その後はいつも通りにグランド走を……いや、校外実習のときにセルベリア先生に言われたことを思い出して、僕だけいつもより5周多い10周を走った。
頭にじわじわと差し込まれる暗いものを振り払うかのようにペースを上げ、時間的にはほどよく流しているいつもの5周と同じくらいの時間で走り終わった。
そんな僕をクラスメイト達は呆気にとられたような顔で見ていて、アイネさんは心配そうにしていた……。
「よし! 整列ッ!」
「「「はいっ!」」」
走り終わった子たちが息を整えていると、セルベリア先生の溌剌とした号令がかかり、クラスメイト達は校外実習前よりも上がったように聞こえる声量で返事をした。
「よし! 揃ったな。今日は校外実習後初の授業だが……良い面構えになったな」
「「「はいっ……」」」
今度の返事は、先生が口にした校外実習での恐怖を思い出させてしまったのか、あまり勢いがなかった。
捉え方によっては皮肉とも言えるセルベリア先生のその言葉に顔をしかめる子もいたが、続く言葉を聞いて考えを改めた。
「まずは私から貴様らに言っておくことがある! あの状況の中、よく生き残った! ココのことは残念だったが……。だが教官として……大人として、あの場をホワイライトに託すことを決めたのは私だ! 貴様らが責任を感じることはない!」
責任という言葉を口にする時、セルベリア先生がチラッと僕の方を見た気がした。
「私達はココを喪った……仲間を喪ったという事実に変わりはないが、その代わりに、貴様らは今の時代においてこの上なく貴重な経験を得ることが出来た! 実戦、闇の恐怖、それに対抗する方法、そして失う怖さ……これは彼女が我々の心に残してくれたものだ! これから貴様らが輝光士としてどんな道を進もうが、決してそれを忘れるなっ!!」
「「「はいっ!!」」」
失ったものを、その失ったという経験と共に生き残った者が受け継ぎ、次のより良い未来へ繋いで行く……それは大戦中の輝光士の考えで、今の世の中には合っていないのかもしれない。
けれど、平和になった今の世界の学生として何となく学びを続けていたような子たちには、これ以上無い刺激になったのかもしれない。
僕はみんなが先生の訓示に真剣に返事を返すところを見てそう思うのだった。
*****
今日の訓練は自主訓練となった。
みんないつもよりも真剣で気合が入っている様子の中、教師役を任されている僕は実戦訓練としてクラウディア皇女殿下の相手をしていた。
いつもサボっていた皇女殿下が真面目に……かどうかは置いておいて、訓練にきちんと参加するようになったのはいいことだけれど、血の気が余っている彼女の相手となると僕かメイドのシェリスさんくらいしかやりたがらないので、相手をしている間は他の子の面倒を見られないのが気がかりだ。
「オルァッ! 隙ありっ……おわぁっ!?」
「少し大ぶりが過ぎますよ、皇女殿下」
僕が周囲で訓練をしているみんなに目を向けていたのを隙と取ったのか、両腕に【光装甲】を纏ったクラウディア皇女殿下が殴りかかってくる。それを僕は半身になって躱していなし、勢いが余った皇女殿下はたたらを踏んでしまう。
あの校外実習の後、彼女への偏見を自分の中で正してから何度か訓練相手をしてわかったけれども、皇女殿下はなまじ素の輝光力が高くて【光鉄の巨人】という珍しい【顕在化】適正を活かした他にはない切り札があるだけあって、力押しに頼りすぎているきらいがあった。
もっと強くなりたいという彼女の希望に応えるには、彼女の力押しが通じない相手とひたすら模擬戦を繰り返すことで――頭で考えることが苦手そうな彼女でも――自分に足りない点を学んでくれると思っているけれども……。
「クソッ、なんでっ、当たらっ、ねぇんだよっ!!」
巨大な拳が次々と繰り出されるが、どれも直線的で当てるための『工夫』がない。
その場から動かず、ちょっとした【強化】だけで躱し、いなし、相手の勢いを利用して投げる……という僕の様子を見て、皇女殿下が苛立っているのが手にとるように分かってしまった。
これは、まだ先は長そうだ……。
僕は内心でこっそりと溜息をつくが、今日はもう一つ溜息をつきたくなる理由がある。
表面上は涼しい顔をしている(はずの)僕だが、今日ばかりは身体がちょっと辛い。
皇女殿下の相手をするのはまだまだ余裕があるけれども、【強化】と体術だけで対応しているのは別にわざとそうしているというわけでもない。
どうもこの時期は力の練り込みがスムーズにいかず、全く使えないわけではないけれど、術を使いづらいと感じてしまう。
この相手がもし、多彩な術を織り交ぜてちゃんと考えて戦うであろうアイネさんであったなら、今日ばかりは僕も少し苦戦したかもしれない。
最近は僕が術を使う際の考え方などを学んで、より使える輝光術の幅が広がっているし。
「うぐっ、このぉっ! 何をニヤけてやがるっ!」
アイネさんの事を考えていたからか、どうやら僕の頬は緩んでしまっていたらしい。
慌てて表情を引き締め、先程から何度も繰り返している動きの通りに躱そうとして――不意に、めまいのような感覚に襲われてよろめいてしまった。
「くっ……」
うまく輝光力が身体に通らず、【強化】が発動しない……!
「ルナさんっ!?」
「ルナっち!」
僕たちの訓練を見守っていたらしい周囲から、驚きの声が上がっているのを耳にするが、それを気にする間もなく目の前には【光装甲】の拳が迫っている。
僕は咄嗟に必要以上の輝光力を強引に身体に通して【強化】を発動させると、大きく身をかわして【光装甲】の横っ面を叩いてしまった。
――ドゴンッ!
「うげっ!?」
「――ぁっ……す、すみませんっ!」
加減がうまくできず、その一撃でクラウディア皇女殿下の【光装甲】は片手部分が粉々に砕け散り、大きく吹き飛ばされた皇女殿下がその勢いで地面を滑るように転がっていってしまった。
「ホワイライト様、あの脳足りん主人のことはわたくしが見てまいります。少しお休みくださいませ」
「えっ、あ、分かりました。シェリスさん」
思わず駆け寄ろうとした僕の前を――いつの間にか側にいた――シェリスさんが遮り、優雅に一礼するとクラウディア皇女殿下のほうに歩み寄っていった。
「……はぁ」
僕は片手で顔を覆いながら、未だに揺れる視界と身体の中を何かがぐるぐると回るような不快感を溜息とともに吐き出した。
「ぅっ……」
まだ前日の昼間だというのに、こんなに身体に変調をきたすのはこれまでの2年間ではなかったことだ。
「ルナさんっ、大丈夫っ!?」
身体の中でドクドクと何かが……衝動ともいえるそれが溢れ出しそうになる不快感にまたよろめくと、今度は駆け寄ってきていたアイネさんがそれを支えてくれた。
――ドクンッ
「(ぐっ……!?)」
指の間から見えるアイネさんの心配そうな表情よりも、僕の意志とは関係なくそのブルマのような訓練着から覗いている柔肌が眩しい太ももが目に入ってしまい、僕は目を閉じてそれを無理やり目に入らないようにした。
「ルナさんっ……やっぱり様子がおかしいわ!」
「うーん、さすがにこれは寝不足ってレベルじゃないッスね……」
「すみません……」
僕が予め心構えをしていたよりも、自分の状態はひどいらしい。
心配をかけてしまっていることが申し訳なくて、僕は正直にそう言った。
「いやいや、謝らなくていいッスよ! あ……もしかして、アレが来ちゃったッスか? ルナっちは結構重いほうなんスね」
「ちょっとミリリア、それはデリカシーがないわよ!」
アレ……と言いながらミリリアさんが自分のお腹を撫でるのを見て僕は一瞬分からなかったが、顔を赤くするアイネさんの反応を見て何となく察してしまった。
それは勘違い……いや、『月のもの』という言い方をすればこの身体にとっても一緒か……とにかく、僕はその勘違いに乗っかることにした。
「えぇ、朝は寝不足と言いましたが、どうやらそのようでして……」
「そうなのね……私、ルナさんが休めるようにセルベリア先生に言ってくるわ!」
「あ、それならアタシが行ってくるッスから、アイねぇはルナっちを手取り足取り介抱してあげるといいッスよ」
「そうするわ。ルナさん……ほんとに、もう……」
背をさすってくれるアイネさんの優しさを感じながら、『生理が来た』ということになった僕は、ミリリアさんから事情を聞いた先生の指示もあってそのままグラウンドの隅で休まされるのだった。
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次回、「新月前夜~衝動とお姉ちゃんの優しさ~」




