004.謁見~由緒正しい女性の礼といえばアレ~
「……へくちっ!」
王城の奥まった場所にある、お忍びで国を訪れる賓客用の客室で、膝をついたクレアさんの可愛らしいくしゃみが響いた。
「も、申し訳ございません殿下。お見苦しいところを……」
「ははっ、誰かが噂でもしているのかもしれないですね」
城についた僕は、客室に備え付けられた風呂で旅の垢を落としてサッパリした後、身支度をして、改めてクレアさんと向き合っている。
ちなみに、こっそり出てきたツバキさんが『ご入浴のお世話をいたします』と言ってきたけれど、丁重にお断りしておいた。
その代わり、いつもしてくれている髪の手入れは譲らないと言って、風呂上がりに丁寧に拭き取り梳いてくれた。
おかげで旅の途中とは比べ物にならないくらいサラサラで、ちょっと気分がいい。
「むー! 出せ! ここから出すのじゃ! この匂い、アヤツの使っておる石鹸の匂いじゃ! 美少女の入浴を覗けないなんて妾に死ねというのか!」
気分が良かったんだけどなぁ……。
「うぐぐっ……プハァ! ようやく出られたわ……って、ぶははははっ! なんじゃ、お主、その格好は!?」
気にしないようにしてたんだけどなぁ……。
今の僕の格好は……いわゆるドレス姿だ。
これから陛下に謁見するのに、普段着は良くないと部屋にやってきたクレアさんに言われた。
『それはたしかにそうですど、この身体に合う礼服なんて持っていないです』と言うと、クレアさんは『心得ております』とばかりにうなずくと、手を叩きあっという間に顔見知りのメイドさんたちに囲まれた。
みんな口々に僕が帰ってきたことを喜んでくれたのは嬉しかったけれど……。
メイドさんたちは僕が湯上がりに自分で着た服をひん剥くと、上を着けていなかったことを叱り、『これは下着もふさわしいものを用意しないと!』と盛り上がり、採寸したら『……憎たらしいほど完璧なスタイルですね』と嫉妬され、どこからか取り出したドレスを着付けてその場で細かな寸法の直しを入れて、化粧道具を取り出して『……化粧が必要ないほどお綺麗ですね……。お肌のお手入れだけにしておきましょう』と顔面に何かを塗り込まれ……、きゃいきゃい言いながらも僕をオモチャにして去っていった。
このメイドさんたちは、自らに特殊な誓約を課したメイドさんで、僕の秘密を知っていても決して漏らすようなことはない。秘密を漏らしたら死ぬからだ。
昔からお世話をしてくれている子もいて、そんな誓約をしてまでも僕の世話係でいてくれている。
ありがたいやら、申し訳ないやら……。
一般的に王族の使用人はエリートだから、待遇もいいらしいけど。
悪い子達ではないのは知っているけれど、2年ぶりに主人のお世話ができる!と張り切ってしまったようだ。
お世話をしたいのに人前なので姿を現すことができない約1名は、ずっと足元から拗ねたような気配を放っていたけど……。
着せられたドレスは、僕の髪色に合わせてか白を基調としたもので、真っ白だとウェディングドレスっぽくなってしまうらしく、ところどころに金の刺繍が入れられている。
背中と胸元が大きく開いていて落ち着かないし、スカートはフリルがたくさんついていて歩きにくそうだ。
すごく良い素材で作られているのは分かるけど。
上級貴族のお嬢様がパーティーで着るようなドレスだな、というのが僕の感想だった。
「ぶははははっ! ひーっ、久方ぶりにこれほど笑ろうたわ」
「何をおっしゃいますか、クロ様。このドレスがこれほどお似合いになるとは、さすがは殿下です。それにそのお姿であれば、万が一、城内で事情を知らぬ者に見られても、他国の姫か貴族のご令嬢に見えるでしょう」
指を指して(肉球を向けて?)笑っていたクロを嗜めると、クレアさんはなぜかドヤ顔をした。
「おお、久しいの、騎士っ娘よ。そなたはこやつを贔屓しておるからな、襤褸を着ていても褒めるであろうに。しかし……ぷぷ、確かに似合っておるな。どこぞの姫と言われても遜色ない美少女っぷりじゃ」
「ええ、まるで女神様のようではありませんか」
……そう言われてチラッと鏡に目を向けると、確かに、客観的に見れば相当な美少女だというのは自分でも分かる。
クレアさんが言うように、手入れされて輝いている白い髪とドレス姿は、教会の絵姿にある……というか実際に見たことがある女神様に似ているかもしれない。
髪の色は元々白かったからいいとしても、僕にとっては2年経っても改めて見る自分の姿には、まだ違和感しかないのだけど。
「では殿下、まもなく謁見のお時間でございます。殿下に今更、礼儀作法をお話する必要はないかと存じますが……」
「うん、そうですね。流石にそれは、2年で忘れるようなものではないですから」
「しかし、恐れながら殿下。殿下は今……その、女性であらせられます」
「うん? そうですね、不本意ながら……」
「そして今は、ドレスをお召しになっておられます」
「うん。……うん?」
クレアさんが呼んだメイドさんたちが着せたんだし、なんで今さらそんな事を言うんだろう?
「陛下の御前で……ドレスでは、跪くことが、できません」
「あ……」
「よって、殿下にはこれから、女性が陛下に謁見する際の作法を1つ、覚えていただきます。……誰ぞ!」
「――失礼いたします」
クレアさんが手を叩いて誰何の声を上げると、僕と背丈が似たメイドの子が、先ほどとは違いドレス姿で現れた。
確か、どこかの貴族の三女とかそういう立場の子だったはずだ。
気品が感じられる歩き方で進み出ると、優雅に一礼してこう言った。
「さあ殿下、私のあとに続いてやってみてくださいまし」
ま、まさか……僕にアレをやれというのか……!
…………。
「ぶははははっ! 良いぞ! 良いぞお主っ! それっ、羞恥心など捨てよっ! 表情が硬いぞ! ぶははははっ!」
僕がソレの練習をしている間、クロはずっと笑い転げていた。
うるさかったのでとりあえず目を焼いてやったあと、さっさとソレをマスターして部屋を後にした。
*****
左足を斜め後ろの内側に引き、両手でドレスのスカートを軽くつまみ、背筋を伸ばしたまま腰と右膝を軽く曲げると、それは自然に礼の形となる。頭が下がるとサラサラと流れていく髪を頬で感じながら、目は軽く閉じ、口元に軽く笑みを作ったすまし顔を作る。
「この度は、拝謁の栄誉を賜り恐悦至極に存じます。陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅうございます」
そしてここでご挨拶。
これら……いわゆるカーテシーと呼ばれる挨拶を流れるような所作で行うと、前方の壇上……つまりは玉座から、驚いたような気配を感じた。
「面を上げよ」
形式通り陛下からお許しを頂戴し、伏せていた目を開け手を前で軽く組む姿勢に移行する。
ここはセンツステル王城、光が満ち溢れる謁見の間。
光結晶でできた柱、天秤月の女神を描いた巨大なステンドグラス、床に敷かれた光糸が織り込まれた赤絨毯。数多くの豪華な調度品に彩られ、それでいて嫌味のない調和を感じさせる空間。
その空間の主、センツステル聖光王国国王、アルテウス・アグニ・クレスト・センツステル陛下が、そしてその隣にはティアナ王妃陛下が、口元に笑みをたたえて僕を見ていた。
僕も両陛下のお顔を見るが、このとき、直接目を見ては不敬になってしまう。
鼻の辺りを見ることで、視線を合わせるのを避けるのが臣下の礼儀だ。
「そう形式張らずとも良いぞ、『アポロ』。人払いは済ませてある。ここにおるのはわしらとアポロ、それにクレアだけじゃ」
「ええ、せっかく久しぶりに帰ってきてくれたんですもの。『親子』で話をするときくらい、気を楽にしてくださいな」
「……かしこまりました」
そう言われて改めてお二人と目を合わせる。
「カッカッカ、アポロ、先程のアレはどうしたのじゃ? 大方、クレアにでも仕込まれたのであろう? 見事な淑女の礼じゃったぞ?」
陛下は、若い頃は相当モテたであろうことが伺える、金髪のナイスミドルだ。
年齢的には既に初老にさしかかっているのにもかかわらず、その鍛えられた身体から溢れ出す支配者の威厳と輝光力に衰えは見られない。
でも、2年前と比べると少し痩せられただろうか……?
「ふふっ、娘がいたらこんな感じだったのかしらねぇ」
王妃陛下は、今年17になる子供を産んでいるとは思えないほど若々しい見た目で、陛下とおそろいの金髪にドレス姿だ。
いつもニコニコと笑顔を絶やさないお方だが、怒ると誰よりも怖い。
子供の頃、『彼』がやらかして、それに巻き込まれた僕まで一緒に怒られたっけ……。
「さて、クレア。久しぶりに親子水入らずで話がしたい。悪いがそなたも席を外してくれぬか」
「御意」
「おい人族の王よ、妾を忘れておらんじゃろうな? たった2年で耄碌したわけではあるまい?」
「ちょ、ちょっとクロ!」
面識があるとは言え、陛下になんて無礼なことを言うんだ……。
大人しく毛づくろいでもしてなさい!
「ん? おお、野良猫でも紛れ込んだのかと思っておったら、我が子に敗れた闇王殿ではないか」
「けっ、気づいておった癖によう言うわ。相変わらず食えぬジジィじゃ」
「カッカッカ。まぁそなたは良い。ここに残れ。クレア、良いと言うまで誰も入れるでないぞ」
「はっ! この身にかえましても」
僕(とクロ)をここまで案内してから跪いたままだったクレアさんは、もう一度深く頭を下げると、謁見の間の扉から出ていった。
扉が閉まる音が途切れると、一瞬の静寂が訪れる。
「……さて、アポロ。そなたが気づかないはずもなかろうから、そなたが『そこの者』をこの場に残しているということは、その者はそなたの『事情』を知る者と思って良いのか? そうでなく紛れ込んでいるというのなら、わし自ら叩き出してやるが?」
そう言った陛下は溢れんばかりの覇気を纏い、その獰猛な視線は僕の影……に隠れているツバキさんへ向いていた。
『……!』
ツバキさんの隠形は、騎士団長のクレアさんでも見破れなかった。
だから大丈夫だと思っていたけど、現役時代は多くの闇族を自ら屠り、闇と相対する『光の一族』の陛下には気づかれたようだ。
……決して、カーテシーの練習に必死で、ツバキさんについてこないように言うのを忘れていたわけではない。
「誠に失礼いたしました、陛下。おっしゃる通り、彼女は僕の事情を知っています。……ツバキさん、陛下にご挨拶を」
『は、はっ』
珍しく動揺した様子のツバキさんは、僕の斜め後ろに姿を現すとすぐに膝をついて最敬礼の形を取った。
「お初にお目にかかります、両陛下。私はツバキ。東方にて主様にお救いいただいた影猫族の長をしております。主様には既に身も心も捧げ、その中で、主様のお心に触れる機会があり、主様のご事情はある程度存じております」
「あらあらまあまあ。真っ直ぐな目をした、キレイな子ね」
「光栄に存じます、王妃殿下」
「ふむ。感じる気配は特殊だが、悪い者ではないようじゃな」
「はい。旅の間、身の回りのことや、女性としてのこと、それにその力を活かして、ツバキさんと一族の皆にはとてもお世話になっていました」
「この忍っ娘は、口を開けば『主様』じゃ。ジジィが心配するようなことは何もないと、妾も言っておいてやるぞ」
「まぁ、それは良かったわ。ツバキちゃん、これからもこの子のことをよろしくね」
「は。ありがたき幸せ」
「後でお話も聞かせてね。『既に身も心も捧げた』ってところとか。うふふ……」
「そ、それはその……」
ティアナ王妃殿下の目が怪しく光り、ツバキさんは赤くなってしまった。
その話は僕の『アノ日』にかかわることで、恥ずかしいし申し訳ないから、あまり掘り下げないでほしいのですが……。
「これティアナ。年寄りが若いもんのコトに口を出すでないぞ。男には誰でも若気の至りというものがあるのじゃ」
「あなた……」
すばらしい援護です陛下!
妙に実感がこもっていて王妃陛下の目が冷たくなってますが……。
「それなら妾も話してやれるぞ。こやつが妾に向かってどんなふうに盛る――ギャァッ!?」
クロは余計な事を言うな! 消毒だ消毒!
「そ、そなた……この猫にまで……」
「こいつ違う意味で勇者だ」みたいな目で見ないでください陛下!
僕だって……僕だって『アノ日』は嫌なんです……。
「そもそも、女の身体でどうやって……いや、この話はここまでにしておこう」
「申し訳ございません……」
「良い。それで、アポロ。いや、『ユエ』よ。本題じゃが……」
「……はい」
息子の名前ではなく僕の名前を口にした陛下に、僕は改めて背筋を伸ばした。
「東方から送られてきた手紙で結果は聞いておったが……やはり、此度の旅では、『呪い』を解く方法は見つからなかったのじゃな……?」
お読みいただき、ありがとうございます。
少しでも「性癖に刺さった(刺さりそう)」「おもしろかった」「続きはよ」と思っていただけたのでしたら、『ブックマークに追加』『ポイント評価』等をよろしくお願いいたします。
次回、「王国と星導者の真実~これまでのこと、これからのこと~」
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