133.編入生は自由人~『色々』の内容~
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リアル事情も会ってちょっとのんびりモードに入っていますが、引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。
Youは何しに学院へ? な回
「はーいみなさん! 静かにしてくださいねー!」
朝のお祈りの時間が終わって、1限目の座学の授業の前。
教室に入ってきたミミティ先生は、教壇の上にひょっこりと顔を出すとそう言って注目を集めた。
先程のことがあったので、みんなこれから何があるかわかっているようで特に騒ぐことなく大人しくその時を待っている。
「今日からみなさんのクラスメイトになる編入生さんをご紹介します! どうぞ!」
『段取り』通りに進められてご満悦なのか、ミミティ先生が子供っぽい……もとい、ニコニコと可愛らしい笑みを浮かべながら廊下の方に向かって声をかけると、思った通りの人物が白衣をたなびかせながら扉を開いて入ってきて、先生の横に立った。
「編入生のヒューエイアさんです!」
「よろしく頼むよ」
「…………」
「…………」
「え、えーと……それだけですか……?」
一言で挨拶を終わらせたヒューエイアさんに、少なからず興味を持っていたクラスメイトたちがポカンとしていると、先生がアワアワとしながら続きを促した。
「ふむ? それだけ、とは?」
「あぅ……えっと、自己紹介とか……」
「ああ、すまない。こういう場合はそうするものなのだね」
当の本人はそんなミミティ先生の様子を見てなにやら納得した様子でおとがいに手を当てて考える仕草を見せると、眠たげな瞳のまま……改めてクラスメイトたちの方に向き直った。
「私の名はヒューエイア。趣味は知識の探究、かな。これまで世界のあちこちで研究者として過ごしていた。学生というのは初めてのことだが……まぁ、よろしく頼むよ」
「は、はいっ! よくできましたっ! みなさん、いまヒューエイアさんが言ったとおりですが、彼女はちょーっと普通の生活というのに疎いことがあるらしいので、同じクラスメイトとして助け合って、仲良くしてあげてくださいね!」
一応は自己紹介の体をなしているヒューエイアさんの言葉を聞いたクラスメイトたちがにわかにざわめく。
『世界のあちこちで研究者をしていた』と彼女は言った。
この言葉からは2つの意味が読み取れる。
1つ目は、言い方からしてその研究者をしていたというのはここ2年に収まらないであろうということだ。
つまりは大戦が終わる前……闇族によって各国の交通路がほぼ遮断されていた時から、ヒューエイアさんは何度か国家間を移動していたことになる。
そんなことができるということは、彼女の実力がこの学院の学生のレベルを超えた高いものであるということか、もしくは特別な手段を持っているということで……。
2つ目は、研究者をしていたということは言うなれば既に自立した社会人だ。
なおさら、今さらこの国のこの学院で学生をすることになる経緯が分からない。
何やらとんでもない理由でもあるのかと、貴族のお嬢様も多いクラスメイトたちはそう察することができたからこそざわめきが起こったのだ。
……まぁ、この学院に来た経緯の『とんでもなさ』なら僕も人のことは言えないけれど。
「ハイはーいッス! みんな聞きたいことがあるみたいッスし、ここは(自称)美少女突撃レポーターのミリリアちゃんに任せるッスよ! ミミちゃんせんせー、いいッスよね?」
そしてやはりと言うかなんというか、僕がこのクラスに来たときと同じようにミリリアさんがみんなの疑問の代弁者となるべく立ち上がった。
「うぅっ……もうすぐ授業ですから、少しだけにしてくださいねっ」
「わかってるッスよ~」
先生も僕のときに学んだのか、無理に止めることもなくミリリアさんに任せることにしたようだ。
また先生が泣いてしまわない程度になることを密かに祈った……もう既に半泣きだけれど。
「じゃー、ええと……ヒューっち! 質問いくッスよ!」
「ふむ……? 『ヒューっち』とは……私のことか。愛称というやつかな?」
「そんなところッス! じゃあ改めて質問ッス!」
『デデンッ』と効果音でも聞こえてきそうな勢いでビシッと手を挙げたミリリアさんに対して、ヒューエイアさんはいきなり質問を受けることになっても調子を狂わされることなんて無いように自然に佇んでいる。
「ヒューっちは何しに学院へ来たッスか? さっきの話からすると、なんだかすごいひとっぽいッスけど……」
「ああ、そういう質問か。いやなに、ここに来る前は西の帝国の研究所にいたのだが……『ちょっとやらかして』しまってね。追い出されてしまったんだ……はっはっは」
「て、帝国ッスか……」
彼女の笑いのツボはよくわからないが……クラスメイトたちはミリリアさんも含め、『帝国』の名前が出た途端に恐る恐るとある席のほうを見た。
そこには、いつからか居眠りをしていることも少なくなっていた帝国の第二皇女殿下がいらっしゃって……すごい形相でヒューエイアさんを睨んでいた。
具体的には今にも噛みつきそうな狂犬のそれで、教室の中に高まった輝光力が剣呑な空気を作り出している。
「おい貴様……何かは知らんが我が祖国で粗相をしておきながら、それを一笑に付すとはいい度胸だなぁ……?」
「おや、この感じは……なるほど、君はあの皇帝の血族か。安心したまえ、ちゃんと後始末はしてきた」
「貴様なぁっ――いでぇっ!?」
相変わらず飄々として何でもないことのように言うヒューエイアさんに、久しぶりに『狂犬皇女』が顔を出すかと思われたとたん、クラウディア皇女殿下は後頭部に受けた衝撃のせいで机とキスをすることになった。
下手人は隣の席……当然のようにどこからか巨大なハンマーを取り出した、今日も制服ではなくメイド服を完璧に着こなした青いショートヘアの小柄な女性、シェリスさんだ。
「何しやがるこのクソメイドッ!?」
「貴方様こそ何度申し上げたらお分かりいただけるんですかこのクソ主人。みなさまがおられる場でいきまないでくださいまし。それにその件でしたら昨日ご報告したはずですが? それを『何かは知らんが』ともうお忘れとは、その頭に入っている脳みそは光泡草の実のようにスカスカですか?」
光泡草とは……『前』に当てはめるなら、ヘチマだ。
その実は中がスポンジ状の繊維で細かく区切られていて、水分を多く含んでいる。
乾燥させた実は貴族の入浴時に身体を洗う際などにも使われていて……しかしいくつも寄り合わせないとまともにスポンジとしても使えないくらいにスカスカだ。
皇女殿下、このメイドさんに口で勝つのは無理だと思いますよ……。
「あぁっ!? ……いや、何か言ってた気がするな……」
「はぁ……まさか光泡草以下とは……。『帝立中央研究所が吹き飛んだ』と本国より定期報告があったことをお話して、ゲラゲラと下品に笑っていたではありませんか。『あんな根暗共の巣が吹き飛ぶのは爽快だなぁ!』などと帝国の者としてもとても恥ずかしいことを言いながら……」
「わ、我はそんな言い方はしておらんぞっ!? ただ姉上が『あの研究所は無駄に金を食う』と仰っていたから、姉上を悩ませる場なぞ無くなって清々したと言っただけで……グェッ!?」
「似たようなものでございます。……皆様、うちのクソ主人が大変失礼いたしました。どうぞ続きを」
「あ、相変わらず大変ッスね……」
いつものといえばいつものだが、突然始まった主従漫才にクラスメイトだけでなくミリリアさんまでが苦笑いだ。
その苦笑いの中には、ヒューエイアさんが『ちょっとやらかした』と言った内容が『研究所を吹き飛ばした』という『全然ちょっとじゃない』という事実をツッコみたい気持ちもあったのかもしれないけれど……。
「さ、さて気を取り直してッス!」
「ぐすんっ……もう、授業の時間ですぅ……」
「ヒューっちがやらかした内容は聞いたッスけど、それから何がどうなったらこの学院に来ることになるんスか?」
「ぇぅ……聞いて、くださいぃ……」
「ふむ、それは……まぁ、コネというやつだよ。とりあえず帝国にはいられなくなったから、近くで栄えているこの王国にコネを使って来たまでは良かったんだが……その先を考えてなくてね。研究をする環境が欲しかったんだが、国のお偉方がこの学院で資格を取れば卒業後は私専用の研究所を作ってくれると言うからね」
「そ、それはなんだかすごい話ッスね……そのためだけに学院に通うなんて……」
「ぅぅ、ぐすんっ……たしかに、すごいです……ぇぅっ……」
……もう泣いてしまっているミミティ先生には悪いけれど、今の話を聞いて僕を含めみんなのヒューエイアさんに対する興味は増していた。
僕としては、『国のお偉方』がわざわざそこまでの約束をして……言うなれば彼女をこの国に留めるために手を尽くしているようにも思えて、そこには必ず陛下のご意思も入っていることだろうから……なおさら気になった。
「なに、たった数年のことだろう。些細なことさ」
「数年が些細なことって……いったいヒューっちはいくつなんスか?」
ヒューエイアさんは髪はボサボサだが、その特徴的な長い耳を隠していない。
誰から見ても……エルシーユさんが話していたことを合わせても、見た目以上の年齢であることは分かった。
「いくつ……ふむ、年齢の話か。どうだったか……闇王が出てきた時は覚えているが、数えてないからね。すまないけど正確には答えられないかな」
「「「――えっ!?」」」
「や、闇王って……ま、マジッスか……!?」
教室中の驚きの声が揃い、これまた揃って口を開けてしまった。
「……んぁ? なんじゃ騒々しいのぅ……むぎゅっ!?」
その驚きの声か『闇王』という単語に反応したのか机の下で動く気配がしたので、僕はとりあえずソレをクッションごと包んでカバンに突っ込んでおいた。
しかし、クロが起きるほどの声で驚くのも無理はない。
『闇王』が現れた頃というと、少なくとも500年以上は前なのだから……エルシーユさんが『伝説』と言っていたことも間違いではなさそうだ。
……すごく失礼な感想だけれど、そんないい加減な感じなのによく大戦の時代を生きてこられたな……。
いや、500年という年月を生きているからこそ、『些細なこと』には興味が無いというか、徒人とは感覚が違いすぎるのかもしれない。
『ヒュー様はすごいのよ! お父さまから聞いたのだけれど、世界の医学界や薬学界に名が残ってるってお話なんだから! ええと、たしか……『白金のヒュー』って通り名だったかしら?』
「いやはや、恥ずかしい通り名だ。巫女よ、その呼び方はよしてくれないか」
「――え!?」
「……どうしたの、ルナさん?」
「い、いえ……ヒューエイアさんはあの『白金のヒュー』だったそうです……」
「「「えっ!?」」」
エルシーユさんが口にした内容を僕が訳すと、今度はアイネさんを含めたクラスメイトの一部から驚きの声が上がった。
その名前は、薬学や医学に少しでも触れたことがある者にとってはどんな本でも目にする当たり前すぎる名前で……これまた失礼な感想だけれど、ヒューエイアさん本人を目の当たりにしても名前を聞いても、『白金のヒュー』その人であると結びつかなかった。
どれくらいすごい人なのかという例を上げると……現在世界で使われている風邪薬ひとつとっても、彼女の発明品が起源とされるくらいだ。
「はっはっは。だからよしてくれたまえよ。今日からしばらくは君たちと立場は変わらないのだからね。まぁよろしく頼むよ」
「ほえー……」
「ふむ、それで私は……この後はどうすればいいのかな?」
「……はっ!? え、ええとっ、あそこの席に……さっきヒューエイアさんが座ってた席にどうぞっ!」
思わぬ歴史の大人物を前に涙が引っ込んでいたミミティ先生は、ヒューエイアさんの言葉で我に返るとまたミリリアさんに奪われる前にと言わんばかりに主導権を取り戻した。
並んだ机の間を抜け、ヒューエイアさんがこちらに……アイネさんの前の席までやってくる。
「やあ。また会ったね、ルナリア君」
「ど、どうも……?」
また会ったも何も、クラスメイトになるならこれから一緒なんだけど……と、彼女が言った意味が分からず声をかけられても疑問形で返すことしか出来なかった。
隣を盗み見ると、アイネさんも困惑していそうだった。
「君たちを見ていると……学生というのも、案外楽しそうだね。これからよろしく頼むよ」
「え、ええ……よろしくお願いします」
すぐ後ろのアイネさんではなく、先に僕の方に差し出された手を握り返し……僕はなんとか困惑を押し殺して微笑みを作った。
彼女の瞳に輝く『三星眼』を見返し……僕はなぜだか居心地の悪さを覚えるのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
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