116.デートとヒミツのお買い物~僕は母ではありません~
いつもありがとうございます。
3人デート編その2です。
「あら……すごく綺麗な建物ね」
「ありがとうございます。急ぎ作らせましたが間に合って良かったです。さぁ、こちらへ」
マリアナさんが目の前にある3階建ての白い建物を見上げながらそう言った。
僕はその感想に答えてから、門を開いて敷地内に2人を招き入れた。
「この規模の施設……おそらく着工はあの時よね? よくこんな短期間で……いったいどれだけの人員とお金を……」
この孤児院が設立される経緯と事情を知っているアイネさんでも、おとがいに手を当ててマリアナさんとはまた違った驚き方で敷地内を見回している。
「あはは……実は――」
正確に言うなら、お金に物を言わせて作業員をかき集め、元々あった使われていなかった有力者の豪邸を建て壊し、その広い敷地を存分に活かして孤児院本体となる建物を豪快に建て、子どもたちがのびのびと遊べるように運動場のようなスペースや遊具も設置してある。
『前の記憶』から引用するなら、大型の幼稚園や保育園のようなイメージだ。
広さだけ見るともはや小学校に近いかもしれないけれど。
流石に内装にこだわる時間的な余裕はなかったけれど、少なくとも僕とマリアナさんがいたあの孤児院よりは清潔で広々とした部屋を確保できているし、水回りもしっかりしている。
門から入ったところで僕が簡単に施設の概要を説明していると、無邪気な笑い声を上げながら遊んでいた子どもたちの中の1人が子供らしく高いトーンで大声を上げた。
「あーっ! 白いお姉ちゃんだー!」
僕を見つけてトコトコと嬉しそうに走ってくる女の子は……ニアちゃんだった。
アイネさんとのデートのときに出会って、その後のカネスキー家の非認可孤児院を潰すときに保護して、王城でのパーティーで被害を受けた子供の代表として来てもらった、あの女の子。
まだ体型は平均的な子供より細いままだが、施設には風呂もあるので髪や肌には艶が出ていて清潔感があり、満足のいく食事ができていることで血色も良くなっているようだ。
「わーい! こんにちはー!」
「っと。ふふっ……はい、こんにちは」
「うんっ!」
僕はそのままの勢いで飛び込んできたニアちゃんの軽い衝撃を受け止めてからかがみ込んで目線を合わせると、向けられた明るい笑みにつられて笑顔で挨拶を返した。
あのおどおどしていた時から比べると、ずいぶん明るくなったしなんだか懐かれてしまっている気がする。
「こんにちは、ニアちゃん」
「あっ、あーねのお姉ちゃんも! あのねあのね、お姉ちゃんがくれたあのフワフワの、とってもおいしかったの!」
「くすっ、良かったわね。ニアちゃんがちゃんといい子にしていてくれたからよ」
アイネさんも何度目かとなると子供への接し方も慣れたのか、目線を合わせると微笑ましそうにニアちゃんの頭を撫でている。
「白いお姉ちゃん! あーねのお姉ちゃんね、ちゃんとやくそくまもってくれたんだよ! それでねっ、お姉ちゃんがつれてきてくれたこのおうち、すっごい広いんだよ! せんせーもすごくやさしくて、はしっても怒らないの! こわいこともいたいこともないのっ!」
「……それは、良かったですね」
「ニアちゃん……」
話したがりな子供特有の矢継ぎ早な『あのねあのね攻撃』を笑顔で受けながら、内心ではカネスキーがどれだけ子どもたちの扱いが悪かったかを本人の口から聞いてしまい、ちょっとだけいたたまれない気持ちになってしまった。
同じことを思ったのか、隣ではアイネさんがギュッとニアちゃんを抱きしめている。
本人はそんなことを気にしていない様子で、まだ『あのねあのね』を連発しているけれど。
「ユ……ルナちゃん、アイネちゃん、その子ってこの前の……?」
あの時はニアちゃんもドレス姿でおめかしをしていたこともあって、マリアナさんの中ですぐに結びつかなかったのかな?
「ええ、そうです。このニアちゃんと出会ったことも『あの家』の悪事を暴くひとつのきっかけになったんです」
「そうだったの……ふふっ、それは私もお礼を言わないといけないわね」
マリアナさんはそう言って微笑むと、同じようにかがみ込んでアイネさんに抱きしめられているニアちゃんの頭を撫でた。
こんな微笑ましいシーンだというのに……かがみ込んだことで揺れる大きなお胸に目を向ける人間なんて、居るわけがないですよね?
「? お姉ちゃんだぁれ?」
「私はマリアナっていうの。ここにいるルナちゃん――白いお姉ちゃんの、そうね……とても仲がいいお友達みたいなものよ。アイネのお姉ちゃんともお友達なの」
「へー! そうなんだー! あのね、ニアもね、お友達ができたの!」
「ふふっ、それは良かったわね」
子供に恋人と言ってもまだ分からないだろうし、さらに今は女の子同士なので理解はしてもらえないだろう。
マリアナさんの子供へ話す時の配慮は、流石に慣れたものだった。
「うふふ……ニアちゃん、素直で可愛い子ね。昔は年少の子の面倒を見るのはただの『お手伝い』だったけれど……。こうして改めて見ると、子供って良いものよね……ねぇルナちゃん? こども、可愛いわよね……?」
「そ、そうですね……アハハ……」
だ、だからそんな子供の教育に悪い蠱惑的な表情をして僕の方を見つめないでくださいよ。
せっかく『流石はマリアナさんだ』なんて思ってたのに……どこでもそんな思考になっちゃうなんて、ある意味では流石だけれど。
「ニ、ニアちゃん。お友達はどんな子がいるの?」
「ふぇ? えーっとね、あっちにいるのがね――」
アイネさん、さり気なくニアちゃんの視界からマリアナさんを隠して……ナイスフォローです。
「……あら? どなたかいらしているのですか? ……あっ、まぁお嬢様ではないですかっ!」
「「ぷっ……」」
そんなやり取りをしていると、建物の中から出てきた職員の女性が僕の姿を見て驚きの声を上げた。
同時にアイネさんとマリアナさんが思わず吹き出していて……まぁ、一応世間的には僕も貴族家のお嬢様なのでそういう呼び方になるんですよ……。
「いらしてくださっていたのでしたら、お声がけいただければよかったですのにっ……! お出迎えもせず、申し訳ございませんでした」
相手が貴族家のお嬢様、それもこの孤児院創設者の娘――ホワイライト家名義なので――ということもあって慌てたように駆け寄ってきた女性は、そう言って頭を下げた。
「いえ、少し様子を見に来ただけですのでお気になさらないでください。何か不足しているものとかはありませんか? あ、追加の職員はもう少しで来ますので、それ以外で何かありますか?」
「とんでもございません! 食べ物も着るものも寝床も勉強道具も、あんなに良いものをご用意いただいて……子供たちも健康に過ごせておりますし、わたくしを含め職員一同、お嬢様とホワイライト家の皆様に大変感謝しております。……知らなかったとは言え、わたくし共はこの子達に酷いことをしていたのですから……。それでも、こうして子供たちに関わる職を与えていただいたこと、改めて感謝申し上げます……!」
「あ、頭を上げてください。子供たちも見ておりますので、先生が年下の小娘に頭を下げていては示しが――」
「いえっ! こうしてまた働かせていただくからには、子供たちには礼儀作法もしっかりと学ばせたいと思っております! お嬢様はここにいる皆の恩人であり創設者一族のお方。目上の方に頭を下げるのは当然のことですので」
「あ、あはは……そうですか……。引き続きよろしくお願いしますね」
「はいっ! 精一杯努めさせていただきます!」
その忠誠心とも言える何かがこもった目、どこかの黒猫さんたちを見ているようだ……。
「あの、ほんとうにお構いなく……」
「お嬢様がそうおっしゃるなら……かしこまりました。では大変失礼ながら、仕事に戻らせていただきます!」
「ええ」
まるで『お嬢様にお声がけいただいた!』とやる気をみなぎらせたような女性は、そう言って一礼すると孤児院の中に戻っていった。
「ユエさん。今の職員の方って……話からすると、もしかして……?」
「ええ……子供たちと同様、カネスキーの施設にいた人の中で、事情を知らされず、本当に子供たちのことを思って働いていただけの人をウチで再雇用したのです」
「なるほど、だからあんなに『お嬢様』のことを……くすっ。ユエさんらしい優しい配慮ね」
知らなかったとは言え、彼女たちは悪事に加担していたことを知ってショックを受けていた。
そして……潰したのも僕だけど、働き場所が無くなって困った彼女たちに再びチャンスを与えるという形で職場を用意したのも僕だ。
これも、自分の行動の結果に責任を持つと言うことだと思ったから。
捉え方によっては酷いマッチポンプだけど、おかげで立ち上げに際して最低限の職員をすぐに確保できた。
確保した職員となる人員の中にはまだこの国に到着していない人もいるし、追加で募集もかけている。
追加の人員はこの孤児院だけでなく、この国の各所の孤児院に送られる予定だ。
その手配も既に済ませてある。
……これで院長先生も、きっと少しは楽になるだろう。
これだけ人も物も動かして……流石に僕の貯蓄もかなりの額が消し飛んだけれど、それでも世間的に見ればまだまだ余裕がある。
ゴルドさんのことだから、急な大仕事の対価にと渡した通信機の儲けも、結局は僕に分配してくるだろうし……。
「みんなニアのおともだちなのー!」
「ねーねー、あっちであそぼー?」
「あそぼあそぼー!」
「ふふっ、いいわよ~? お姉ちゃんがみんなを捕まえちゃうぞ~!」
「あら、私も? いいわよ、私は何をすればいいかしら?」
「おはな! えほんで見たお花の飾り! お姉ちゃんわかる?」
「ええ、教えてあげるわね」
「やったー!」
僕がこの場所ができるまでのことを思い返していると、いつの間にかニアちゃんが連れてきた『お友達』にマリアナさんもアイネさんも囲まれていた。
綺麗で優しいお姉ちゃんたちは子供たちに大人気で、2人も子供たちの輪に加わって笑顔を咲かせていた。
アポロ……まだ少しだけかもしれないけれど、この光景を見て僕らの夢に近づいた気がするよ。
この子達が元気でいてくれて、今の僕らくらいになる頃には……今よりもっと良い国に、良い世界にしてみせるよ。
僕やマリアナさんみたいな孤児がいなくなるような、そんな優しい光が満ちる平和な世界に……。
だからどうか安らかに……僕がこんなステキなお嫁さんたちをもらっているからって、羨ましがって化けて出たりしないでよね。
そうだね……子供は、いつか子供ができたときの最初の男の子は、アポロの名前をもらおうかな?
君なら許して……いや、『何のイヤミだ!』とかいって僕の背中を叩くかな?
「……ふふっ……ん?」
僕が目の前に広がる光景を眺めながら幸せな想像をしていると、ワンピースの裾を引かれるような感覚が……。
見下ろしてみると、眠そうに目をこすっている女の子が僕のスカート部分を掴んでいた。
「どうしたの? お昼寝の時間だったのかな?」
「んぅ………………おかぁさぁん……」
「ぅぐっ……!? わ、私はお母さんではないのですよ……?」
「うぅ……やぁっ! おかーさーん! うえぇぇーーんっ!」
「あ、あの……だから私は……あぁ、泣かないで、ね?」
スカートをしっかり掴んで離さないこの女の子は寝ぼけているのか、僕をお母さん呼ばわりして……そのままグズりだし、ついには縋り付くように泣かれてしまった。
「ぷっ……くすっ……ルナお母さん? 女の子を泣かせたらダメよ?」
「ふふっ……なんだかルナちゃん、とっても優しい雰囲気をしてたものね。その子がお母さんを思い出しちゃうくらい……だったのかしらね? うふふっ」
「お、おふたりともぉ……」
学院でミリリアさんとかに『母のような』と冗談半分で言われるならまだしも、純粋な子供にまで母親のような雰囲気を感じられるなんて……。
「うぅ…………母親になるのは貴女たちのほうでしょうに……」
「まぁっ♡」
「ユ……ルナさん……♡」
しまった、あまりにショックで余計なことを言ってしまった……。
と、とりあえず様子見の目的は達せられたし……このままここに居続けると色々マズイ。
女の子が泣き出したことで他の子供たちが遊ぶのを止めていたことをこれ幸いにと、僕は女の子を職員に預けると、変なスイッチが入りかけている2人をなんとか目覚めさせ……孤児院を後にするのだった。
ユエ「貴女がママになるんだよぉ!」(言ってない)
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次回、「デートとヒミツのお買い物~絡み絡まれ~」




