098.どうかこの手を……~教会と思い出の残滓~
いつもありがとうございます。
100話まであと2話……!
慈善活動として孤児院を訪れた学院生のお嬢様たちは、終始子供たちのパワーに押されつつも、予定していた行事を順調にこなしていった。
お嬢様らしく(?)花札のようなカードゲームで遊んだり、一緒に縫い物をして小物やぬいぐるみを作ったり、歌を歌ったり、輝光術を披露して喜ばれたり、読み書きを教えたり……。
子どもたちにとっても普段はできない遊びや学びがたくさんで、どこから湧いてくるんだという有り余る元気を全力で発揮して、お姉ちゃんたちを大いに困らせていた。
そんな状態だったので、子供の扱いが他の子よりも明らかに上手い僕とマリアナさんがみんなから助けを求められ、それをササッと解決し……としていたら、クラスメイトから『みんなのお母さん』認定をされてしまった。
いやいや、みんなもいつかは母親になるかもしれない立場だし、子供っていうのは考えとか目線を同じにしてあげれば扱いは簡単で……なんて説明したら『普通は17歳とかでそんな考えは持てないですわ! やっぱりお二人は既に母性というものをお持ちなのよ!』なんて言われてしまった。
母性って……僕、中身はちゃんと男なのに……。
と内心でショックを受ける僕の横で、『これも練習ね……』なんてつぶやきつつ意味深な目線を送ってくるアイネさんがいたりして、色んな意味で落ち着かなかった。
そんな場面もありつつ、学院側が差し入れたここの子供にとっては『ご馳走』な昼食を食べて、今は昼過ぎ。
子どもたちは電池が切れたようにお昼寝タイムに入ってしまい、僕ら学院生には孤児院の施設見学という名の休憩時間が与えられていた。
子どもたちの寝顔を見て和む子、疲れたと一緒に寝てしまう子、言われたとおりに敷地内を見学する子など……思い思いに過ごすクラスメイト達を横目に、僕はアイネさんと共にいつの間にか姿が見えなくなっていたマリアナさんの姿を探して教会までやってきていた。
……いや、マリアナさんを探してというのは正確には違うかもしれない。
僕がちゃんと探そうと思えば、その気配を探れば場所は分かってしまうからだ。
僕は……この自由時間を迎えたことで、ついにマリアナさんに大事な話をする時が来たのだと覚悟をした。
……したのだけれど、いつの間にかマリアナさんが視界から消えていて……この期に及んで避けられているのではないかという不安に、僕自身が逃げてしまったのかもしれない。
その不安を隣にいたアイネさんは察してくれたのか、一緒に探しに行きましょうと声をかけてくれて……今に至るというわけだ。
「……どうぞ」
「ありがとう、ルナさん。……わぁ……」
ギィ……と軋む音を立てる教会の古い扉を開きアイネさんを先に通すと、アイネさんの口からは感嘆の声が漏れていた。
並べられた木製の長椅子、中央に引かれたくすんだ色の絨毯、上に立てば軋みをあげるであろう演壇、純白の女神像、最奥にあるステンドグラス、隅の方に置かれた掃除用具入れ。
窓とステンドグラスから差し込んだ光は女神像を照らし、作り出された光の道には空気中の小さな埃の粒が煌めいているかのようで……。
僕にとっては記憶にあるものと変わらない光景だけれど、アイネさんにとっては古い教会だからこその神秘的な雰囲気でも感じるのだろうか。
そう……この場所は、記憶と変わらない。
「ここで……アポロと出会ったんだっけ……」
変わらないからこそ、僕の人生を変えることになったあの出会いが、簡単に思い出されてしまった。
ちょうどあのあたりで、僕がアポロが王子様だって知って膝をついて……。
アポロが僕の手を引っ張り上げてくれて……。
家族の愛情とか、親友の大切さとか、そういうものを初めて知ることができて……。
それから……それから……。
「ユエさん……」
「……ぅ……っく……あ、あれ……?」
ふいにアイネさんの温かさに包まれて、僕は自分の頬を伝うものがあることを知った。
アイネさんは僕の名前を呼んだ以上は何も言わず、そっと背中を撫でてくれている。
その優しさが、僕の事情を知っていて寄り添ってくれる大切なひとがいるということのありがたみが……改めて僕の中に染み渡っていく。
僕は彼女の温もりに甘えて静かに涙を流しながら……情けないなぁと心の中でつぶやいた。
今日の僕は、僕がアポロに光の世界に引き上げられたように……僕にとっての今のアイネさんのように、全てを知るものとして彼女に寄り添える相手となるべく……過去の約束を現在のものへ、そして未来へ繋げる希望の手を差し伸べる側にならないといけないというのに……。
「いいのよ……。せめて今、この場所でくらいは……。私の前では強がらなくても……素直に涙くらい流してもいいの……。ユエさんは頑張って生き抜いて、この場所に立ってるんだから。こんなに強くて優しい人なんだから、きっと大丈夫よ……」
……僕は何も言っていないのに、僅かに身じろぎをしただけで……アイネさんはそういって僕を抱きしめる力を強めた。
……本当に、叶わないなぁ。
叶わない、けれど。
マリアナさんにもこんな気持ちを……心を通わせる相手を得ることで、暖かで幸せな気持ちを抱いてもらえるように……まだ自分は頑張れるんだと、希望はあるんだと……そう思えるようになってほしい。そうしてあげたい。
他の女性に向ける想いを改めて固めるのに、目の前に居る婚約者の優しさを借りるというのは男としてどうかと思うけれど……お陰で僕はアイネさんが言う通り『大丈夫』だと思えるようになっていた。
そしてまたひとつ、アイネさんの存在が僕の中で大きくなるのを感じるのだった。
――と、とても温かな気持ちでいたのだけれど。
「……お邪魔だったかしら? ふふっ……」
「わぁっ!?」
「きゃっ……!? シ、シスター!? いつの間にっ!?」
ものすごーく微笑ましいものを見るような目をしたレイナさんが、いつの間にか教会の奥……演壇側に立っていて、僕とアイネさんは慌てて離れることになってしまった。
そうか、奥にある裏口……。
「ふふっ、実は古い教会には神父やシスターが通るための裏口があるのよ。昔の癖でつい、そっちから入ってきちゃったわ」
「そうだったんですね……。入り口の扉は動いていなかったのにと思いましたが、納得しました」
特徴的な泣きぼくろがある目元を細め、イタズラが成功した少女のように微笑みながら種明かしをするレイナさん。
その言葉を聞いて、アイネさんは跳ね上がった鼓動を落ち着かせるかのように胸を撫で下ろしていた。
「シスター・レイナは、どうしてこちらに……? やっぱり懐かしいのですか?」
「あれ……あぁ、私がここで働いていたっていうのは、ホワイライトさんから聞いたのね?」
「ぁっ……そ、そうですね。ここの院長とそう話していたと、ルナさんから先程聞きました」
ア、アイネさん……以前に僕が話したからだけど、アイネさんがレイナさんのことを知ってるのは不自然だから気をつけてください……。
今回はセーフだったけど、もし追求されたら言い訳しづらいので……。
「そうなの……? ふふっ、教室でも見てたけれどふたりは本当に仲がいいのね。なんだったら……ここで式でも上げていく? ちょうどここに見届け役のシスターがいるわよ?」
「式って……えっ!? そ、それって……け、けっこん……ぁ、ぁぅ……」
「あらあら、ロゼーリアさん……真っ赤になっちゃって可愛いわね」
「シ、シスター……その、私たちは一応、女の子同士で……」
今日のシスターは……まるで昔に僕のお世話係をしていたときのように、イタズラ好きなお姉さんといったテンションになってしまっているように見える。
「いいじゃない。私が式をあげた頃と違って、イマドキはそういうこともあるって聞いたわよ?」
それとも、今も何でもないように口にしながら、その表情に僅かに悲しみがよぎったように……僕と同じでこの場所の思い出を思い返してしまって、それを誤魔化すために明るく振る舞っているのだろうか。
「そうなんですかっ!? ……って、あれ……シスター、ご結婚されていたのですかっ!?」
あっ……アイネさんその話は地雷……。
「そうよ? ちょうど、この教会で式をあげたの。……あのひとは、すぐに私を置いて逝ってしまったから……またこうしてシスターなんてしているのですけれど」
「えっ!? あ……その、それは申し訳ございません……存じ上げませんでした……」
アイネさんはそっと目を伏せるシスターに慌てて謝り、次いで『そういうことは言っておいてよ!』というような視線が僕に突き刺さる。
いえ、それは言って……なかったですね。
はい。すみません、僕が悪かったです……。
「いいのよ。ほら、こんなおばさんの昔話なんて聞いてもしかたないでしょう?」
「おばさんなんて……そうは見えません。シスターは今もお若くてお綺麗ではないですか」
学院に来てから再会して、大人の女性としての色香は増したけど見た目としてはあまり変わりがなくて驚いたくらいだ。
「あら、お世辞でも嬉しいわホワイライトさん。でも、可愛い恋人が横にいるのにそんな事を言っていてもいいの?」
「あ、いえ……それは……」
自分を卑下するようなレイナさんの言葉に、つい反応してしまった……。
アイネさんは……と隣を見ると、『また悪い癖が出たわね』とでも言いたげに口をとがらせていた。
ミリリアさんがいたら『またイケメンムーブが云々』とか言われるのだろうか……。
「ふふっ。ほらほら、ふたりともそこに並んでみて?」
「わっ……!?」
僕が内心で冷や汗を流していると、レイナさんが僕とアイネさんの背中を押して演壇の前に立たせた。
そしてレイナさんは演壇の上に立って……これ、本当に結婚式ごっこを始めるつもりですか……?
まぁ……シスターがそれで気が紛れるならと、恥ずかしそうにしながらもどこか期待するかのようなアイネさんの顔を覗き見た。
きっといつか来るその時には、僕とアイネさんが式をあげるのは王城になるだろうけれど……それまで待たせてしまうことになるのだから、これはこれで良いのかもしれない。
こんなステキなお嫁さんなのだから、アポロが知ったら悔しがるかもしれないな……なんて、何気なく入口の方を振り返ったところで。
ギィと。また。
入口の扉が開かれた。
「あっ……あれ……ルナ、ちゃん……? シスター……?」
扉を開いて、なぜか目を見開いているのは……マリアナさんだ。
口にしたのは、これまたなぜかアイネさんを除いた僕とレイナさんを指すもので……。
その目は、まるで知り合いの幽霊でも見たかのように驚きや動揺といった複雑な色が見て取れた。
もしくは、知らないはずの光景のはずなのに、それが今に重なって激しいデジャヴュに頭がクラっとしたかのような……。
シスターもそんなマリアナさんの様子を不思議そうに見ていて、一瞬、時が止まったかのような錯覚を覚える。
「……ルナさん」
「えぇ、分かっています。……ありがとうございます」
しかし、たった一言。
アイネさんが色々な意味を込めて僕の名前を呼んだことで、僕はその止まった時の中で動き出した。
マリアナさんは僕が歩み寄って目の前に立っても、受けた衝撃の大きさを表すかのように扉を開いた姿勢のまま視線を彷徨わせている。
「マリアナさん」
僕は行きの馬車のときと同じように、そっとその手を取った。
「……大切なお話を、しましょう」
「……ルナちゃん……? ええ……」
かろうじてか、僕の名前を口にしたマリアナさんは、コクリと肯いてくれた。
「……こちらへ」
僕はその手を取ったまま、おぼつかない足取りの彼女を導くように歩き出した。
さぁ僕よ……これからが正念場だ。
このあとこの手をもう一度取ってもらえるかは……僕自身の想いに懸かっている。
これから行うことが、どれだけ自分勝手だとしても。
……結果がどうなるとしても。
約束を果たすための……彼女に希望をもってもらうための、夢を叶えるための最後のピースを、差し出そう。
僕らが出会った、あの場所で――。
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次回、「どうかこの手を……~希望を、すくって~」




