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伝説の勇者たち

サンチョの部屋を出た俺は、エレベーターでロビーに降り、侵入してきたスライミンを退治しているホテルマンたちを尻目に、駆け足で外へ出て行く。

騒然とする広場を駆け抜け、真っ直ぐにカジノの方へ向かった。

カジノの前で、必死になってスライミンと戦う三人の老人がいた。爺さんふたりに婆さんひとり。

爺さんのひとりは鎧を着ていて、剣を振り回しているけど、その攻撃はスライミンに簡単にかわされ、ハァハァと激しく体力を消耗。  

もうひとりの爺さんは、拳法着を着ていて、エイ! トオ! と叫びながら正拳突きや蹴りを繰り出す。

けど、威勢がいいのは声だけで、その攻撃はことごとくスライミンにかわされている。

そして、黒マントを着た魔法使いらしい婆さんは、何やらモゴモゴと呟き、手に持った杖をスライミンの方へかざすも、杖の先から出るのは、マッチを擦った程度のわずかな火だけだった。

俺はその三人を横目で見ながらカジノの中に入って行き、奥にあるバーへ急いだ。

「悪いな、閉店だよ」

 俺が姿を見せると、シチリア・マフィアのようなバーテンはそう言った。

「飲みに来たんじゃないです」

 俺は息を切らしながら、

「マスターは?」と訊いた。

「俺だけど」

「あ、あの……」

「もしかして、あんたも仲間を探してるのか」

「そ、そうです」

「それじゃあ、生憎だな。ちょっと前に来た奴が、活きのいいの全員連れて行っちまった。あとは、老いぼれが三人残ってるだけだ」

「い、いいです。その三人、お願いします」

「正気か?」

 マスターは笑い声を上げつつも、怪訝そうな目で俺を見つめる。

「外で戦ってる三人ですよね? 伝説の勇者たち」

「それは大昔の話だぜ。外で見かけたならわかるだろ。碌に戦力になりゃしない。そのくせ、昔の栄光が忘れられず、プライドだけは高いんだからな。あんたじゃ手に負えない。やめといた方がいいぜ」

「いえ、仲間にしたいです。どうにか、交渉してくれませんか?」

 俺はそう言って、金の延べ棒をカウンターの上に置いた。それを見たマスターは、正気か? というような表情で俺の顔を見つめ、

「あんたもドラゴン退治に行くのか?」

「はい」

 マスターは俺の全身を眺めて、少し逡巡してから、

「……ちょっと待ってな」

 カウンターから出て、出口の方へ歩いて行った。

 少しの間。

「連れて来たぜ」

 マスターは伝説の勇者一行を連れて戻って来た。三人とも、モンスターとの戦いで、著しく体力を消耗している。

「あんた、デビル・ドラゴンを退治しに行くんだって?」

 鎧を着た爺さんはそう言うと、俺に右手を差し伸べ、

「わたしはかの有名な伝説の勇者ライデンだ」

 威厳を出そうと、薄い胸を張りながら言った。

「ライデンさん、ですね。喜嶋勇太といいます。よろしくお願いします」

 ライデンと握手を交わす俺に、

「わたしは、かの有名な伝説の拳闘士ガガ」と、拳法着を着た弁髪の爺さんが右手を差し出してきた。俺がそれに応えると、

「あたしゃ、教科書にも載ってるほど有名な、伝説の魔法使いエクレールだよ」

 化粧の濃い婆さんが右手を差し出してきた。俺はそれに応えて、

「みなさんは昔、デビル・ドラゴンを倒したことがあるって聞きました」と三人の顔を見回した。

「もちろん」

「いかにも」

「そうよ」

 三人は揃って誇らしげな表情を浮かべると、一斉に思い出話をしようとするものだから、俺は慌てて、

「話を聞きたいのは山々なんですけど、時間がないんです。デビル・ドラゴンに知り合いが連れ去られてしまって、早く助けに行かなきゃいけないんです」

「そうか。それなら、わたし達に任せなさい」

 ライデンが、自信満々の様子で答える。

「じゃあ、交渉成立だな?」

 マスターに訊かれると、俺たちは顔を見合わせて頷いた。

「名簿に記入してくれ」

 マスターはカウンターから名簿を取り出して、俺に手渡した。

「では早速、ドラゴン退治へと参ろうか」

 俺が名簿に記入を終えると、ライデンは急かすように言う。

「その前に、クロエ村へ行こうかと」

「クロエ村へ? なぜ? バザード山とは正反対の方向にある村じゃないか」

「はい」

「目的は何だ?」

 ガガが口を挟む。

「クロエ村には、若返りの泉があると聞きました」

俺は三人の顔を見回しながら答えた。

「確かにあるさね。だけど、それが何だって言うのさ?」

 エクレールは両手を腰に当てて、不服そうな表情を浮かべる。

 俺はどう説明したものかと少し考えて、三人の顔を見回しながら、

「みなさんに、若返りの泉の水を飲んでもらって、万全の態勢でデビル・ドラゴンを倒しに行こうかと」

 文字通り腰を低くして言った。けど、

「わたしらも侮られたもんだな」

 ライデンが溜め息を吐きながらガガとエクレールを交互に見て、

「そりゃあ、昔と比べたら少しは体力は落ちているかもしれん。だが、今のままでも十分、デビル・ドラゴンと闘えるぞ。なあ?」と同意を求めて、

「その通り」

「そうよ」

 ガガとエクレールは同意すると、自信満々の顔を俺に向けた。

「そ、そうですか?」

 不安を隠し切れない俺。無理もない。つい数分前に、スライミン相手に苦戦する三人の姿を見てしまったんだから。

「何だ、その顔は? さては、疑っておるな」

 ライデンは不満そうな声を上げると、

「よし、わたしらの実力を見せてやる。ついて来い」

俺の腕を掴んで出口の方に引っ張って行く。そのあとから、ガガとエクレールもついて来た。

 外はまだ、そこかしこで火の手が上がっていて、モンスター達が人々を襲っていた。

「見ておれ、わたしらの実力を」

 ライデンは俺の腕を放すと、中年の女に襲いかかろうとしているスライミンの方へヨロヨロと歩いて行き、鞘から剣を抜いて斬りかかった。……ものの、簡単に躱されてしまい、地面に強かに剣先を振り下ろしてしまう。

「イタタタタ……」

 手が痺れ、苦悶の表情を浮かべるライデン。その隙を突いて、スライミンに体当たりをされて尻もちをついてしまう。

「大丈夫か、ライデン!」

仲間のピンチにガガが助けに入る。

ライデンにもう一撃加えようとしているスライミンの方へ、これまたヨロヨロと歩いて行って、そのまま跳び蹴りを見舞おうと跳躍した。……ものの、理想と現実のギャップは残酷で、スライミンの目の前で着地してしまう。

「し、しまった……」

 目を剥くガガに、スライミンの体当たりが決まった。

「見ちゃいられないね」

 爺さんふたりの体たらくに溜め息を吐くと、エクレールは杖の先をスライミンの方へ向けて、

「アクア!」と叫ぶ。

すると、杖の先からチロチロと水が流れ出てきた。

一瞬、スライミンは呆然としたけれど、エクレールの方へピョンピョン跳ねて体当たりを喰らわし、一連の闘いをため息を吐きながら見守っていた俺にも攻撃を喰らわせようとしてきた。

けど、気弱な俺でもスライミンに対しては恐怖心は抱かず、体当たり攻撃を躱すと、その体を持ち上げて、遠くへ投げ飛ばした。見るからに雑魚キャラだもん。チョロいもんよ。

「おお、素晴らしい!」

 ライデンは感嘆の声を上げたけども、俺が咎めるような目で見ると、

「面目ない」と、頭を垂れてしまう。まったくだよ。

ガガとエクレールも俺と視線が合うと、同じように頭を垂れた。

「若返りの泉の水、飲んでもらえますね?」

 確認のために問いかけると、三人はどこか哀しげな表情を浮かべながら頷いた。

「じゃあ、明日の朝早くに出発しましょう。五時にここに集合でいいですか?」

 俺がそう言うと、三人は黙って頷いた。

「じゃあ、明日からよろしくお願いします」

 三人に会釈をすると、俺はモンスターの襲撃に遭わないように、ホテルまで駆け足で戻った。

「どうだった?」

 三〇七号室のドアをノックすると、サンチョがすぐに顔を覗かせて訊いてきた。

「仲間になってもらえました」

「よかったな。それで、クロエ村へは?」

「明日の朝、向かいます」

「そうか。あんたに渡したいものがある。ちょっと中に入ってくれよ」

「はい」

 何だろう? と考えながら部屋の中に入ると、部屋の床には鎧一式と剣が置いてあった。

「これは?」

 目を丸くして顔を向けると、サンチョは照れ臭そうに笑いながら、

「金やるだけじゃ味気ないと思ってな。俺からの餞別だ。遠慮せずに受けとってくれよ」

「いいんですか?」

「ああ。モンスターにうろつかれちゃ、仕事の邪魔になるしな。試しに着てみろよ」

「はい」

 俺は頷いて鎧を手に取ってみた。

「軽いです!」

驚いた。だって、見た目は銃で撃たれても心配ないぐらい頑丈なのに、下着でも持ってるみたいに軽いんだもん。

俺が感嘆の声を上げると、サンチョはうれしそうに微笑んだ。

「特別な金属でできてるんだ。軽いけど、ドラゴンの炎にだって耐えられる」

「ありがとうございます」

 俺は改めて礼を言い、鎧を着て、剣を手にとり、鏡の前に立った。サンチョが背後に立って、

「サイズはばっちりそうだな」

 満足そうな顔をする。

「ばっちりです」 

 鏡に映る自分の姿を見つめて、俺は満足して頷いた。マジ、かっちょいい! 勇者になった気分。

「あと、これな。薬草やら何やら、旅の必需品を入れといた」

 サンチョは、体力回復効果のある薬草や毒消し草などが入った麻袋をくれた。

「それじゃ、頑張れよ」

「はい。ありがとうございました」

 礼を言って、部屋から出て行こうとしたけど、俺はドアの前で足を止め、

「あの」

 サンチョの方を振り向いた。

「何だ?」

「もし良かったら、サンチョさんも一緒にドラゴン退治に行きませんか?」

「俺? 遠慮するよ」

「ダメですか?」

 俺は心底残念な気持ちを抱きながら、

「サンチョさんがいれば、心強いんですけど……」

 あまり無理強いをする気もないから、そこで口をつぐんだ。

「ついて行ってやりたいのは山々なんだけどな。こう見えて、俺も忙しい身なんだ。悪りぃが、陰ながら応援させてもらうぜ」

「そうですか」

 俺は落胆するも、

「本当にありがとうございました」とすぐに笑顔を浮かべて、辞儀をして部屋をあとにした。

自分の部屋へ戻ると、すぐにバルコニーに出た。街の人々によってだいぶ撃退されたけど、それでもまだモンスターの姿があちこちに見える。

 グォオオオオン!!

遠くの方からドラゴンの咆哮が聞こえてきた。

バザード山があると思われる方角に顔を向けて、架純先輩のことを想った。夢の中だから殺されることはないけど、ドラゴンに傷つけられてはいないかと、心配で堪らなくなる。

 部屋の中に戻って、鎧を脱いでジェットバスに浸かって疲れを癒すと、明日からの旅に備えて、すぐにベッドに入って眠りに就いた。……夢のなかで眠るっておかしくないか?


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