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剣と魔法の世界

風の音で目が覚めた。

俺は柔らかな草の上に仰向けで寝ていた。大樹の下、日陰になっていて涼しい。

顔を横に向けると、青々とした草が風にそよぎ、サラサラと心地良い音を立てている。

樹上からは、小鳥がピーチクパーチク鳴く声が聞こえてくる。穏やかな小春日和といった感じだ。

ゆっくり上体を起こすと、目の前には陽の光を浴びた草原が続き、そのずっと先に城下町があるのが見える。ひとまずそこへ行き、架純先輩を探すことにした。

歩き始めると、俺は自分の体が少し軽くなったような気がした。普段よりも足取りが軽い。夢の世界だからなのか? 

それにしても鮮やかな夢だと、俺は歩きながら周囲を見回して感心した。

空は絵の具で塗りたくったような、まさに青一色という感じだった。

しばらく歩くと、どこからか美しい音色が聞こえてきた。ハープの音が、風に乗って聞こえてくる。

俺は耳を澄まし、その音がどこから聞こえてくるのか探った。

すると、前方にある大樹の下で、金髪の美青年がハープを奏でている姿が見えた。欧米人のようだ。

向こうも俺の存在に気づいたらしく、ひと当たりの良い笑顔を向けてくる。その笑顔に引き寄せられるようにして、俺は彼の方へ歩み寄って行った。

 近づいて行くと、青年はハープを弾く手を止め、まっすぐに俺を見つめてきた。口元には友好的な微笑を浮かべている。

「ハ、ハロー」

 俺はとりあえず英語で話しかけてみた。すると、

「こんにちは」

 青年は、肩まで伸ばした金髪を掻き上げながら、流暢な日本語で返事をした。

「あ、日本語を?」

「もちろん」

 青年は頷き、

「これは夢の中ですから。街にいるひと達もみんな、日本語を喋ります」

 へえ、そりゃ便利なもんだ。俺は安心した。

「わたしは吟遊詩人です」

 青年はそう言うと、ハープの弦をピンッと弾いた。

「これから街へ行くのですね?」

「そうです」

 俺は頷いた。

「実は人を探してまして」

「誰です?」

「高校の演劇部の先輩です」

「演劇部の先輩……名前は?」

 青年は顎に手を添えた。考えを巡らす時の癖らしい。

「清宮架純」

「カスミ……それはもしかしたら、プリンセス・カスミのことかもしれませんね」

「プリンセス・カスミ?」

 俺は口をポカンと開けて、青年の顔を見つめた。

「そうです。最近、お城へやってきた、とても綺麗な方です」

「プリンセスってことは、じゃあ、プリンスに嫁いだということですか?」

 俺は落胆しながら訊いた。

「いいえ」

 青年は俺の表情から事情を察して、心配するなという微笑を浮かべる。

「誰にも嫁いではいません。キングのひとり娘という設定です」

「設定?」

「彼女が選んだ夢コースの設定です」

「じゃあ、お城へ行けば彼女に会えるんですね?」

「ええ。ただ……」

 青年は言葉を切り、少しだけ表情を曇らせる。何だか嫌な予感がしてきた。絶対、何かのフラグでしょ、その顔。

「ただ、何ですか?」

「もし、彼女が会いたくないと言えば、門前払いをくらってしまうでしょう」

「そんなぁ」

そりゃそうだろうけど、架純先輩を連れ戻すどころか、会うことすらできない可能性がでてきたぞ。

そもそも、架純先輩は現実世界から逃避したくてこの世界へきた。俺と会ってくれるとは思えない。

「そんな顔しないで下さい」

 青年は微笑み、

「もし門前払いをされてしまったら、宿屋にいる、サンチョという男を訪ねてみて下さい」

「サンチョ?」

「はい。わたしの知り合いです。彼なら、喜嶋さんのお役に立てると思います」

「どうもご親切に、ありがとうございます」

 俺は頭を下げ、

「喜嶋勇太といいます」と名乗った。

「わたしの名前はパンサといいます」

「パンサさんですね」

「はい。わたしから紹介されたと言えば、サンチョにもすぐに話が通じると思います」

「ありがとうございます」

「いいえ」

 パンサは笑顔を浮かべ、

「喜嶋さんが、無事に想いを遂げることを祈っています」と、ハープを奏で始めた。

その美しい旋律に送られるようにして、俺は街の方へ歩き始めた。

 街はレンガ造りの建物だらけだった。車などは一切見かけず、一番早い移動手段は馬車。道を行き交うのは西洋人が多いけど、時折、日本人の姿も見かける。彼らは、俺と同じドリーム・カプセルの利用者に違いない。

 俺は脇目も振らずに城を目指した。城の高さは、一番高い尖塔部分で百メートル近くあり、陽を浴びて堂々と輝いている。

城を囲むようにして幅十メートル位の池があって、さらに高い壁に囲まれているから、城へ行くには正門の前にある橋を渡るしかなかった。

正門の前には、槍を携えた護衛の兵士が立ち、不審者はいないかと始終目を光らせている。その威圧感に一瞬たじろぐものの、俺は勇気を出して橋を渡り、

「あの」と兵士のひとりに声をかけた。

「何か用か?」

 表情ひとつ変えず、兵士は俺の方へ顔を向ける。

「清宮架純さんに会いに来たのですが、取り次いでもらえないでしょうか?」

「清宮架純? 誰だ、それは?」

「あ、プリンセス・カスミのことです」

「プリンセスに? どういう用件だ?」

 兵士は警戒心を強める。他の兵士たちの視線も俺に集まった。みんな、屈強な輩ばかりだ。

「あ、あの……」

 怖気づいて俺の声は小さくなってしまう。それに反比例するようにして、

「何だ!」

 兵士の声は大きくなる。

「どうした?」

 遂に、他の兵士達も近づいて来て、俺を取り囲んだ。

「高校の演劇部の後輩なんです」

 俺は俯きながら、何とかそれだけ伝えた。

「高校の演劇部?」

 兵士達は顔を見合すが、みんな肩を竦める。

「現実の世界では、女優をやっているんです」

「それで?」

 真正面にいる兵士に睨まれ、

「あの、その」と俺の声はまた小さくなってしまう。

兵士達がイラ立ち、

「はっきりしろ!」と俺はどやしつけられてしまった。ああ、怖い。夢の中で良かった、ホント。

「えっとですね、現実の世界で同じ演劇部に所属しているんです。それで、その、彼女と少し話がしたくて……会わせてもらえませんか?」

 懇願するように言う俺に、兵士達は顔を見合わせ、無言で相談するように目配せをすると、

「プリンセスに訊いてみる。ちょっと待ってろ」

 俺が最初に声をかけた兵士がそう言って、城の中へ入って行く。他の兵士達は、まだ俺を警戒してその場に留まっている。

 しばらくすると、先程の兵士が戻って来た。無表情で俺を見つめ、

「プリンセスは会いたくないそうだ」

 それだけ言って、俺の前に仁王立ちした。

「そんな……」

 予想していたとはいえ、俺はショックを隠し切れなかった。

「さあ、帰った帰った」

 兵士に追い返されて仕方なく橋を渡り、街の方へと引き返す。その足で宿屋へ向かうことにした。

街の人々に訊きながら、俺は宿屋に辿り着いた。

それは八階建ての豪奢な建物で、宿屋というよりも高級ホテルといった雰囲気。一泊するのに一体いくらかかるんだろ。そう考えたところで、自分が無一文なことに気づいた。

「あの」

 ロビーにいる女性に声をかけると、

「ご宿泊ですか?」

 気さくな笑みで迎えられた。

「あ、いえ、その、ひとに会いにきたんですけど」

「宿泊されているお客様ですね?」

「はい」

「お名前は?」

「サンチョ、という方です」

「サンチョさんでしたら、三〇七号室に滞在されております」

「ありがとうございます」

セキュリティ甘々だな、と思いながらも、まあ夢の中だしな、などと考えながら階段の方へ向かおうとすると、

「お客様のお部屋もご用意できますが」と女性に言われた。

「でも、お金が」

 苦笑する俺に、

「いいえ」と女性は笑顔のまま頭を横に振り、「料金は頂きません」

「え?」

 驚いて素っ頓狂な声を上げてしまった。

「ここは夢の世界ですから」と女性は優しい口調で言う。

 そっか、なるほどね。

「じゃあ、お願いします」

「かしこまりました」

 チェックインの手続きを済ますと、俺は先に自分の泊まる部屋を見ておくことにした。

用意された部屋は最上階にあるスイート・ルームだった。

夢の世界だからこその贅沢。ワクワクしながら部屋の中へ足を踏み入れた。

 部屋の中はリビング、ダイニング、キッチン、バー、ベッドルーム、バスルームと、ひとりで宿泊するにはあまりにも広く豪華だった。

 ベッドルームを通り抜けてバルコニーに出た。そこからは街の中央広場が見渡せた。大きな噴水の周りにカップルや家族連れ、さらにその周りに絵描きや大道芸人たちの姿が見える。

 ノックの音がした。

「はい?」

 ドアの方へ引き返して鍵を開けると、

「失礼します」

 ハリウッド映画にでも出ていそうな、端正な顔立ちをしたボーイが、色とりどりのトロピカル・ジュースの並んだトレーを持って入って来た。

「サービスです。よろしければ、お取りになって下さい」

「ありがとうございます」

至れり尽くせりだね、ホント。極楽気分。

パイナップルやらオレンジやらが縁に飾り付けされたグラスをひとつ手にとて、バルコニーに戻った。

バルコニーに置いてあるリクライニング・チェアーに腰かけ、トロピカル・ジュースをひと啜り。穏やかな陽が射し込んで心地良い。

ずっとここにいたいな、と思った。現実の生活はホントに味気ない。華の高校生活って、どこにあんの? 誰か教えて。ちっとも見当たりませんけど。

ドリーム・カプセルがガンジャと呼ばれてるのは言い得て妙だと思った。俺は、その中毒性に早くも支配され始めている。

「おい、喜嶋!」

幻聴か。どこからか部長の声が聞こえたような気がした。気を取り直してトロピカル・ジュースをもうひと啜りしたところで、

「何、リラックスしてんだ!」

 幻聴ではなく、本物の部長の声とともに頭に衝撃を感じた。

「痛っ」

 ジュースを吐き出して頭を抱えながら振り向くと、腕を組んで仁王立ちした部長の姿があった。

「な、何で、部長がここに?」

 部長を前にすると、反射的に怯えた声になってしまう。

「バイトが終わったから様子を見に来たんだよ。この世界に呑まれちゃってんじゃないかと思ってさ。そうしたら案の定、これだ」とリクライニング・チェアーを蹴飛ばし、「立て」と命じる。

「はい」

 俺は従順な犬のごとく素早く立ち上がった。その代わりに、部長がリクライニング・チェアーに座った。

「行きな。あんたには任務があるだろ」

「はい。……あの、部長は?」

「あんたには関係ないだろ。さ、行った行った」

 野良犬でも追い払うように手を振ると、

「あ、ボーイに、わたしの分のトロピカル・ジュース持って来るように言っといて」

部長はサングラスをかけて、海外のファッション雑誌を読み始めた。

その姿を眺めながら俺は廊下に出て、エレベーターに乗り込んだ。何か、理不尽すぎやしないか?

 三〇七号室のドアをノックすると、見知った顔が現れたから俺は驚いた。街の外で出会ったパンサだった。けど、着ている服が微妙に違う。

「パンサさん?」

「ああ……」

 彼は面倒臭そうな表情を浮かべると、

「それは、双子の兄。俺はサンチョだよ。兄に用があるなら街の外に行きな。ナヨナヨとハープなんざ弾いてらぁ」

 そう言って、ドアを閉めようとする。

「いいんです。僕はあなたに会いに来ました」俺は慌ててドアを掴んだ。

「俺に?」

 サンチョは訝しげな表情で俺の顔を見つめる。

「街の外で、パンサさんに紹介されたんです」

「何で?」

「あなたなら、お城に忍び込む方法を知ってると」

 俺がそう言うと、

「バカ!」

サンチョは慌てた様子で俺の腕を掴んで、部屋の中へ引き入れ、

「誰かに聞こえたらどうすんだ」と小さな声で叱った。

「す、すいません」

 うなだれる俺に、

「中で話をしよう」

 サンチョは、ついて来いというように顎をしゃくり、部屋の中へと入って行く。うーん。何だか、きなくさくなってきたぞ。

 リビングにある椅子に向かい合って腰かけると、

「で?」と、サンチョはパイプに火を点けながら訊いてきた。

俺は、架純先輩に会いに来たものの、門前払いをくらってしまった顛末を話した。

「そりゃ、そうさ」

 話を聞き終わったサンチョは、軽い笑い声を上げ、

「彼女は、セキュリティをかけてんのさ」

「セキュリティ?」

「マスコミの連中が、こっちの世界まで追い駆けてくるのを恐れて、現実世界から来た人間を排除するように設定してんだ」

「そんなことができるんですか?」

「まあ、VIP待遇ってやつじゃねぇの」

「知らなかったです」

 こちらの世界に来る前に、青木はなぜ、そのことを教えてくれなかったのだろう。俺は少し腹が立った。

「でもまあ、俺から言わせりゃ、そのセキュリティも大したことないんだけどな」

 サンチョの頼もしい口調に俺は希望を抱いた。そこはかとない胡散くささは拭えないけれど。

「じゃあ、お城の中まで案内してくれますか?」

「さあ、それは、ちょっとな……」

意味深な笑みを浮かべて、サンチョは俺の全身を舐め回すように見つめながら、その周りをゆっくりと歩き始める。……まさか、そっち系の趣味が?

「何ですか?」

 恐る恐る訊いてみた。

「うーん、運動神経はこれっぽっちもなさそうだ」

 サンチョは俺の問いかけを無視して呟くと、

「けど、高望みはしてらんねぇよな」

 ため息を吐きながらそう自分に言い聞かせる。何だか俺、すごく失望させてしまったみたい。

「交換条件がある」

サンチョは俺の目の前に立って言った。

「交換条件?」

「そうだ。城の中に忍び込んで用事を済ませたら、俺の手伝いをしろ」

「手伝いって、何ですか?」

「それはな……」

 サンチョが突然声を潜めたので、俺は顔を寄せるも、

「秘密だ」とはぐらかされてしまう。

「言えないことなんですか?」

 怯えながら訊くと、

「まあな」

 サンチョは意味深なウインクをして、

「今晩八時。ここへ来てくれ」

「……わかりました」

 サンチョの秘密が何なのか気になる。怖くもあるけど、他に架純先輩に会う手立ては思いつかないから、俺は藁にもすがる思いで返事をして、自分の部屋へ戻った。

部屋へ戻ると、部長はリクライニング・チェアーの上で寝入っていた。

呑気なものだな、と俺は多少、忌々しく思いながら、さて夜まで何をして時間を潰そうかと街を見下ろした。

すると、広場の向こう、路地の先に、ひときわ派手な飾りつけをした店があることに気づいた。看板には『CASINO』と書いてある。カジノだ。

そういえば、夢の世界でも年齢制限ってあるのかな? 他に暇潰しになりそうな場所もないから、その店に繰り出してみることにした。

「喜嶋」

 バルコニーから部屋の中へ入ろうとすると、部長が呻くように言った。寝言かと思い、俺はそのまま部屋へ入ろうとしたけれど、ズボンを掴まれてしまう。振り返ると、部長が寝ぼけ眼で見上げていた。

「どこへ行く?」

 俺は、夜になったら城に忍び込むことになったことを伝えた。

「それまで、暇潰しをしようかと思いまして」

「で、どこへ行く?」

「カ、カジノです」

「よっしゃ、わたしも行く」

 部長は急にエンジンがかかったように素早く起き上がると、

「さ、行くぞ」

俺を置いてさっさと部屋の中へ入る。

夢の中でもこのひとに振り回されなきゃいけないのか。溜め息を吐きながら、俺は部長のあとについて行った。

ホテルを出て広場を通り抜けてカジノへ。

店内には、スロットマシーンにルーレット、ポーカーやブラック・ジャックといったカードゲームを行うエリアがある。

その向こうがバーになっていて、ダーツやビリヤード台、そして、サンバのカーニバルのような衣装を着た踊り子たちが踊っているステージがあった。堂々と入っても店員に止められないから、年齢制限はないらしい。

「あの、部長、お金ないんですけど」

「バカだな。ここは夢の世界なんだ」

 そうだった。タダでホテルの部屋を借りれたことを俺は思い出した。

「ついてきな」

 慣れた様子で部長は景品交換所へ行き、店員に何事か話しかけると、コインの入ったケースをふたつ受けとった。

「ほら、喜嶋、これで遊びな」

ケースのひとつを俺に手渡すと、部長は血走った目でスロットマシーンの台選びを始めた。もしやギャンブル狂? てか、この世界にえらく慣れてないか?

俺は部長から距離を取るために、カードゲームの方へ逃れ、ブラック・ジャックに参加した。

すぐにスッテンテンになって、台を離れる。駆け引きの弱い俺には、やっぱりギャンブルは向かないってことがわかった。

「やっほー!」

スロットマシーンの方から騒がしい声が聞こえてきた。部長が大当たりを出したらしく、マシーンからコインがあふれんばかりに吐き出されている。

駆け引きの強い部長は、たとえ機械相手だろうが絶対に勝つ。もつ者ともたざる者。夢の中なのに、現実をまざまざと見せつけられた気がして、ちょっと切ない。

景気の良い部長の周りには自然にひとが集まり、活気を帯びていた。その姿を見ているだけでも、俺は気疲れがしてきて、バーでひと休みすることにした。

「いらっしゃいませ」

 油でてかった髪の毛をオールバックにして、ちょび髭を生やしたシチリア・マフィアの若者といった感じのバーテンが、俺に声をかけてきた。

「ダイエット・コーラ、ジョッキで」

カウンター席に腰を落ち着けて俺は注文した。

ジョッキを受け取ると一気に半分ほど呷り、ステージの方へ目を遣る。ちょうど、セクシーな踊り子たちがステージを去るところで、代わりに俺と同い年ぐらいのバンド・メンバーが姿を現し、へヴィメタを演奏し始めた。

しばらくしてから、ジョッキを片手にカジノの方へ戻ってみた。

スロットで大勝ちしている部長の周りには、ひとだかりができている。それはさっきと同じだけど、今はポーカーの台の周りにもひとが集まっていた。

気になって、俺はそちらへ足を向けた。

みんなの注目を集めているのは何者かと背伸びして覗き込むと、若い日本人の男の姿が見えた。

西洋人にも負けないほどに肌が白く、顔の彫りも深い。カードをさばく指はピアニストのように細く長く美しかった。周りにいる女性達は明らかに、ゲームの行方よりも、その男のルックスに惹かれているように見えた。

「ロイヤルストレートフラッシュ」

 男が勝ち誇ったような声で台の上にカードを広げた。その声を、俺はどこかで聞いたことがあるような気がした。いや、声だけじゃない。その端正な顔立ち……

「荻窪健斗!」

 思わず口に出してしまった。その声が荻窪の耳に届いてしまい、

「あ?」と睨まれてしまう。

「す、すいません」

俺は平謝りしながら、なぜ荻窪健斗がここに? と頭が混乱した。といっても、考えられる理由はひとつしかない。彼も架純先輩に会いに来たに違いない。

とすると……急に焦りが募った。架純先輩を荻窪に奪われてしまうかもしれない。あんなゲスな仕打ちをしたくせに……。

俺は居ても立ってもいられなくなり、部長の方へ猛然と駆けた。

「部長!」

 取り巻きを掻き分けて部長の肩を掴む。

「おい、邪魔すんな、小僧」と邪慳にされるけど、

「た、大変です!」と食い下がる。

その切迫した口調に、さすがの部長も手を止め、

「大変て何が?」と俺の方を振り向いた。

「荻窪です」

「は?」

「荻窪健斗がいるんです」

「マジ?」

 立ち上がる部長を、俺はポーカーの台へと連れて行く。

「マジだ」

 荒稼ぎしている荻窪の姿を見て、部長は目を丸くする。その次には怒りの表情になった。殴るかもしれない。いや、殴ってくれ。俺はそう願いながら、

「清宮先輩とヨリを戻すために来たんですよね?」

 と焚きつけてみた。

「まあ、そうだろうな。でも、ここで油を売ってるってことは、城には入れなかったってわけだ」

「そ、そうですね」

「おまえ、殴ってこい」

 部長は俺の肩に手を置いた。

「架純のことが好きなんだろ?」

「はい……え? 何でそれを?」

「何でっていうか、見てりゃわかるよ。おまえ、架純のことチラチラ見すぎだからな」

「……」

 俺は急に恥ずかしくなった。

「まあ、どう考えても、おまえと架純とじゃ釣り合わないけど、成就するだけが恋じゃない。陰ながら架純の幸せを願って、悪い虫が寄りつかないように、害虫駆除してやればいいさ」

「害虫駆除?」

「荻窪から架純を守ることだよ。いいな、一発ぶちこんでこい」

 部長はそう言うと、スロットマシーンの方へ戻ろうとした。

「ちょ、ちょっと待って下さい」

俺は引き止めて、

「いくら夢の世界とはいえ、殴ったら問題になりますよ。それこそ、演劇部が廃部になっちゃうかもしれません」

 そう言い逃れした。

「じゃあ、何でもいいから何とかしろ」

部長はそう丸投げしてくる。ホント、ブラック気質だよね。

「あと一時間で、わたしは現実世界に戻るから、あとは任せた」と去って行ってしまう。あんた、スロットがやりたいだけなんじゃないの?

途方に暮れた俺は、とりあえず荻窪を監視することにした。

荻窪はギャンブル運が強いのか、ひたすら勝ち続けて、チップを山積みにしていった。

そして、引き際も心得ていて、負けが込み始めると意地になって勝負を続けることなく、ゲームを降りて、チップを店員に運ばせ、換金所へ去って行った。

その後を、俺はこっそり追った。

金貨のぎっしり詰まった麻袋を手に持ち、取り巻きの女連中を従えて、荻窪は颯爽と交換所を後にして外へ出て行く。またもや、もつ者ともたざる者の現実を見せつけられた俺は、へこみっぱなしだった。

 外に出ると、荻窪一行は城の方へ移動していた。距離をとりながら俺は尾行を続ける。

やがて、城の正門前に辿り着いた荻窪は、橋の前で女連中を止め、麻袋を肩にかけて橋を渡って行く。

どうするつもりなのか? と俺は物陰に隠れながら、その様子を窺った。

荻窪が歩いて行くと、当然、兵士が近づいて来て足止めをした。

荻窪は肩から麻袋を降ろし、紐で縛った口を開けて中の金貨を見せ、口元に笑みを浮かべて兵士に何か囁いた。どうやら、袖の下を使おうとしているらしいけれど、兵士は血相を変え、

「貴様ァ!」と、俺のところまで届くほどの大声で怒鳴り、手に持っている槍の棒の部分で荻窪を打擲し始めた。これは堪らないとばかりに、荻窪は慌てて退散する。ぷはっ、ザマァねーの。

「二度と姿を見せるな!」

兵士に怒鳴られ、女連中には愛想を尽かされてしまい、荻窪は大きく肩を落としてその場を去って行く。

その後ろ姿を見つめながら、俺は晴やかな気分になりつつ、少し疲れたからホテルへ戻って休むことにした。


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