プロローグ
いくら教室でぼっちを貫く俺でも、ここ最近『ガンジャ』が流行ってるってことぐらいは知ってた。
『ガンジャ』っていうのは大麻の別名。けど、流行ってるのはそれじゃない。バーチャル・リアリティ空間を体験できる機械の別名で、何でも、自分の好きな世界に浸りきって、そのまま現実世界に帰ってこなくなる人間が続出。麻薬中毒みたいになるからってんで、その名がついたらしい。
そりゃ、俺も少しは興味あるけど、何事にも流されやすい自分がそんなもん試したら、即ジャンキー決定。せっかく、希望の高校に進学したばっかだってのに、そんなリスキーなものに手を出す勇気はない。
つまり、『ガンジャ』とは無縁だった俺なんだけど、それも、ゴールデンウィーク前までの話。まさか、憧れの清宮架純先輩が、バーチャル空間にどっぷり浸かることになるなんて思いもよらなかったよ、マジで。
架純先輩は『大和撫子』を体現したような才媛美女で、スレンダーだけど出るところはちゃんと出てて、黙っていれば理知的な美人。笑えば愛嬌のあるファニーフェイスっていう、いいとこどりの美人さん。
その魅力がどれだけのものかっていうと、演技経験も興味も一切なかった俺が、架純先輩を目当てに演劇部への入部を即決してしまったほど。
だけど、架純先輩は、演劇部の部長・田辺冬子が仕込んだ、新入生を釣るための生き餌だってことを、俺は後から知った。
架純先輩は芸能活動が忙しくなって、今は完全に幽霊部員状態。そんで、見事に釣られた俺ら一年は、部長に体よくこき使われてるってわけ。
俺は部長からの電話の着信音を『ダース・ベイダーのマーチ』に設定している。このメロディを聞くたびに心臓が縮むような気がするんだけどね。
そんで、俺が架純先輩の異変を知ったのも、五月の連休に入る前にかかってきた『ダース・ベイダーのマーチ』がきっかけだった。