雪まつり開催!
トランペットの音が鳴り響き、落ち着いた色みながら光沢のある生地で織られたブラウンのジャケットに濃紫のマント姿のマクシミリアンが祭りの開催を宣言する。
会場となる騎士団本部前の大広場は受付兼案内所となるかまくらを中心に奥にはパフォーマンスのためのステージと雪合戦会場、東側は大小サイズの異なる滑り台があるアトラクションゾーン、西側は雪の迷路と雪像、そして雪遊びができる広場が用意されていた。
それ以外にも各騎士団の糧食班がドリンクや軽食を提供する屋台も並んでいる。
エレノアはその屋台の一つでフルーツサンドをあるだけ買い、手下げタイプの紙袋に入れてもらう。もちろん、すぐに補充されることを確認してからだ。マクシミリアンの思い付きから開催が決まったとはいえ、民のために開かれている祭りで買い占めるわけにもいかない。
それを片手にエレノアは雪合戦会場へと足を向けた。雪合戦が行われるのは2日目の予定だったが、各騎士団で参加希望者が続出したため、急遽1日目に予選会が開催されることとなったのだ。ここで勝ち上がった上位9チームに真珠騎士団1チームを加えた計10チームが2日目にトーナメント戦を行うことになる。当初は16チームの予定だったのだ。6チームも減ってもらえるのならお遊びに付き合う時間も少なくて済む。
会場ではちょうど予選会が開始されたところだ。用意された4つのコートでそれぞれトーナメントを行い、上位3チームが明日の本戦にあがってくる。1セット3分、3セットマッチで行われる試合は、コートを中央で区切り互いの陣地とし、そこに立つフラッグを抜くか雪玉をぶつけ、相手チームを全員アウトにすれば勝ちだ。コートには雪玉避けのシェルター2基が設置され、あらかじめ50個の雪玉が用意されており、50個を使い切ったら追加で玉を作って良いことになっている。
ちなみに雪合戦は都民が観戦できる観客席を設けることになっているが、予選はコートの都合上、観客は入れていない。現在、コート周辺にいるのは関係者のみだ。
昨日、真珠騎士団から参加するメンバーと話し合った結果、いくつかの戦略は考えたものの、結局は相手次第だということに落ち着いた。ならば必要なのは敵情視察だ。幸いにして本日は公休日だ。公務に当たっている他メンバーからも試合観戦を頼まれている。しかし……。
「何チーム出てるのよこれ……」
会場に貼られたトーナメント表に目をやり溜息をつく。本選の出場チームが決まるまで何試合あることやら……。これらを全て観戦するのは1人では無理がある。しばらく時間をつぶし、ある程度チームが絞れてきてから観戦に来たほうがいいだろう。それでも4つのコート全てに目を配るのは難しい。となれば……。
会場をざっと見渡す。見たところ整備をしているのは深緑の騎士服を着た騎士たち、翠玉騎士団だ。雪合戦は翠玉が取り仕切っているのだろう。
会場にはテントが3基、設置されており、そのうちの1つは運営本部が置かれている。運営本部テント内に見知った顔を見つけたエレノアは、そちらに近づくとふわりと微笑み声をかけた。
「お疲れ様です、ブレーメ少尉」
「ベネット少佐!お疲れ様です!」
書類を片手に周りの騎士たちに指示を出していた女性騎士グレーテル・ブレーメがエレノアに気づき頭を下げた。高い位置で一つに纏められた長い柔らかな淡いピンク色の髪が動きに合わせてサラリと揺れる。
「差し入れです。休憩時に皆さんで食べてくださいね」
「わぁ!ありがとうございます!」
先ほど屋台で買ってきたフルーツサンドが入った紙袋を渡すと、なんだろうと中をのぞいたグレーテルから歓声があがった。
「これ!もしかして紅玉騎士団の食堂で出てるっていう……!」
袋から顔を上げたグレーテルの琥珀を思わせる深いオレンジの眼が宝石の様にキラキラと輝いて見えて、エレノアは笑みを深めながら頷いた。
紅玉騎士団の屋台の1つで売っていたフルーツサンドは普段は食堂で売られているものだ。
ほんのり甘いふわふわのパンに甘さ控えめのチーズクリームが塗られ、ブルーベリー、イチゴ、キウイ、パイナップルがたっぷりと挟まれているそれは、真っ白なパンとクリーム、紫、赤、緑、黄と色鮮やかなフルーツの色彩が目にも楽しい。一口頬張ればフルーツのフレッシュな美味しさと甘みを濃紺でコクのあるチーズクリームの爽やかな酸味が包み込む。互いの良さを引き立てあう抜群の相性だ。
サンドイッチというよりは最早フルーツたっぷりのレアチーズケーキとも噂されるそれは紅玉の食堂で1、2を争う人気商品である。
「食べてみたかったんです!嬉しいです!ありがとうございます!」
弾けんばかりの笑顔を見せるグレーテルにエレノアも思わず声を出して笑った。
「ふふ、喜んでもらえてよかったわ。それにしてもすごい参加人数ですね」
大変でしょうと労うエレノアにグレーテルは全然です!と笑う。
「それに!真珠の皆さんとご一緒できるとあればこれでも少ないくらいですよ!尉官でなければ私も参加してましたもん。今回ばかりは昇任試験に合格したことを悔やみました」
「あら、ブレーメ少尉でしたらいつでもご一緒しますよ?」
「!っいいんですか!?」
食い気味に訊ねてくるグレーテルにエレノアは驚いたように目を見開いて、それからすぐに笑顔を見せた。
「勿論。ただ真珠全員でというわけにはいきませんが……。私でよかったら」
「ベネット少佐がいいです……!」
瞳を潤ませながら被せる様に答えるグレーテル。深緑の騎士服に包まれた身体が僅かに振るえている。
「それは光栄ですね。では早速ですが、今日の祭りの後ではどうです?」
子供が遊ぶことを前提に開かれている祭りだ。夕刻には終了する予定になっている。
「私はいつでも!少佐の都合に合わせます!」
「ありがとう。ちょうど今日が公休なので」
「お休みなのに足を運んでくださったんですか!?」
エレノアはひとつ頷くと、視察も兼ねてますからと笑う。
「あ!ベネット少佐も明日……!」
「はい。それでブレーメ少尉に少々頼みたいことがあるのですが……」
構いませんか?と微笑みながら訊ねるエレノア。グレーテルは手提げ袋の持ち手をギュッと握りしめながら力いっぱい首を縦に振る。
「なんでも!言ってください!」
「ありがとうございます。では……」
エレノアの話を聞き、グレーテルは手元にある書類を確認する。それから近くにいた騎士を呼び、幾つか指示を出した。それを受けた騎士はエレノアとグレーテルに敬礼をしてからテントを出ていった。
「試合を行う4つのコートには後日、広報にも使うことを考慮し、静止画と動画で各1人ずつカメラマンがついております。動画用のカメラを増やし、映像を後ほどお渡しいたしますね」
「よろしくお願いします。助かります。すべてのコートを見て回るのは1人ではなかなか難しいので」
「少佐のお役に立てるならこの程度造作もないです!」
微笑むエレノアにグレーテルが姿勢を正して答える。皇国の女性騎士にとって真珠騎士団は花形で憧れだ。その憧れの存在に頼まれたのだ。答えないわけにはいかない。カメラの1台や2台、映像の1つや2つ大したことではない。
「ありがとうございます。ではブレーメ少尉、また後ほど」
終了する頃に来ますねと手を振って、エレノアはテントを後にした。
エレノアを見送って、グレーテルはよし!とひとつ気合を入れる。前例も何もない状態で丸投げされた大会だ。しかも準備期間は1日。もちろん通常業務もこなしたうえでの仕事である。コート内で競い合う参加者たちも本戦への切符をめぐり戦ってはいるが、運営側はコート内とは違う意味で戦場だった。
コートの設営はまだいい。範囲を決めて区切ったり、シェルターを設置したりする程度はそこまで苦ではない。参加者受付も割く人員はそれほどでもないし、殺到した参加表明は数が増えすぎたために上に掛け合い100チームで打ち切ったこともあり、事務作業はなんとかなった。問題は雪玉の用意だ。急なことに雪玉製造機の用意はない。人海戦術で手の空いている者を駆り出して夜通し雪玉を握らせたが何しろ量が半端ではない。そのうち手が冷え切って握れなくなり、雪玉製造から離脱していく者も現れだした。このままでは間に合わないと頭を抱えたとき、唐突にひらめいた。
騎士の1人を食堂に走らせ、ライスボールメーカーをあるだけ借りてこさせた。連なった6つの穴に雪を詰め、同じく雪を詰めた半円の穴で蓋をするように合わせて圧縮すれば、少々小さくはなるが手で雪玉を握るより速度は格段にあがった。「手が冷たくない!」「すごい!はやい!天才!」と大騒ぎになりながら雪玉を製造し続けるあれはまさに深夜テンションだった。ちなみに騎士たちは現在も交代で雪玉作りに当たっている。
そんな過程を得てなんとかこぎつけた大会だ。自身は参加できないことを悔やみはしたが開始時間までに間に合わせたことに達成感は確かにあった。さらに憧れの少佐とお話をして、あまつさえご一緒させていただけることになった。
正直、現場に丸投げ!?と上司に殺意が芽生えたりもしたけれど雪合戦様様だ。任せてくれた上司にも優しく接することができそうだ。
夕刻を楽しみに、本日の業務であるところの雪合戦、成功させて見せようではないか!




