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『天使の銃弾』  作者: 土方 煉
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『12』

『12』


神谷はホテルの自室で黙々とナイフの手入れを行っていた。一度は武器の調達を試みたが、さすがに何の繋がりもない京都では、まともな武器の調達が難しかった。それで結局は今まで共にした愛用のナイフ二本とコルトに頼る事にした。依頼を受けてこなす普段の仕事ならサプレッサーの無いコルトはほぼ使わない。しかし神谷の中野を殺す為にはお気に入りを持参したいというロマンに近い感情が合理性を無視しさせた。それに神谷自身もできるだけ目立つ事は避けたいのもあって、コルトは最悪の場合のみ使う程度に考えており、中野はナイフで暗殺しようと考えていた。あれこれ聞きたい事もあるが、中野相手に尋問する余裕ができるかは確証がない。ならばチャンスを見つけ次第一気に殺すまで。神谷は半日かけてナイフとコルトの手入れをし、残りの時間を使って現地の下見を行う事にした。


まずは最初に訪れたのは清水寺のすぐ下に位置した和風のホテルだ。ホテルの前道はかなりキツ目の斜面になっており、清水寺が閉門するまでの間は道行く観光客も多い。一見、建物が密集しており死角が多い分人目につきにくく思えるが、決してそんな事はなく、どの路地にもそれなりに人の波が途絶える事は無かった。神谷は思い付く限り、ここで中野を殺る事をシミュレーションしたが、とてもベストな方法が思い付かなかった。


(ここで人目に付かず中野を始末するのはとても無理だな…)


神谷は財布からメモを取り出し、次のホテルの住所を見た。後は四条大宮と北区のホテルが残されている。土地勘の乏しい神谷はスマホの地図アプリで経路を確認し、次は四条大宮のホテルに向かう事にした。四条大宮にあるホテルは駅前に位置する場所に建っており、ここも人に行き来が激しかった。だが周辺には大通りが多い分、ビルとビルの間の路地など清水寺のホテルより多く死角が存在した。


(この死角に中野を入れる事ができたならかなり優位な位置から殺れるな)


神谷はホテルの向かいにある歩道橋へと上り、周辺の地図を簡単にメモして、スマホで路地の写真を入念に撮った。たが問題はどうやって中野を路地に誘い込むか、だ。ただでさえ警戒心が強い相手なのに、向かう必要の無い場所へ誘い込むのは至難の技。一体どうすれば奴を誘い込めるのか…神谷は目を閉じ、自分が鬼塚のボディーガードになったつもりで考えを巡らせた。当たり前だがボディーガードの使命は対象の安全確保。だからこそ人通りの多い道を避けそうなものだが、鬼塚は芸能人の様に面も割れてないから人目を気にして裏道を行く必要がない。なら大通りは危険だと思わせて路地を使わせるか…幸い中野は驚くほど勘が鋭い。久本にホテル前で暴れる様に指示をすれば、反射的にそれを避けようとするのではないか?そして路地に入っていくのを確認して中野を始末する。失敗は許されないからこそ複雑なプランより、このシンプルで単純な方法が良いと思った。神谷はこの四条大宮こそ中野暗殺計画に最もふさわしいと確信に近いものを感じたが、一応念の為北区にあるホテルへも足を運ぶ事にした。


(えーっと…ここだよな?)


メモに記載された住所通りに北区にあるホテルへ訪れたが、神谷の目の前にあるのは一見普通の一軒家だった。いや、普通よりもやや廃れていると言ってもいいだろう。その建物の前で立ち止まり、数分間建物を凝視した。これはホテルというか民宿…古民家といった感じか。一般の人が使わなくなった家屋を民宿として経営しているのだろう。それでも北区といえば金閣寺をはじめ、それなりに観光地もある。宿泊費を抑えたい外国人も一定数いるだろうから商売としては成立するだろう。しかしそれにしても古い。外壁の腐食もかなり目立つ。神谷は清水寺と四条大宮の後だから余計にそう感じた。


(まぁ隠れ蓑としては上出来だな。これなら誰も大物ヤクザの組長が寝泊まりしているとは思いもしない)


肝心の周囲の状況は閑静な住宅街だった。環境としてはまずまずだが、人の流れがほとんどない場所に位置していることから、もし周囲に組員が配置されている様であればかなり危険だ。警戒心が強い鬼塚ならそれぐらいの事はしかねない。いや、俺なら絶対にそうする。神谷は近隣を少し歩く事にした。そしたら案の定、宿の周辺に三件もアパートを発見した。三件全てとまではいかなくても、数部屋借りて鬼塚が組員を待機させている可能性は高くなった。それにここに帰ってくる時は車を宿の前に直で着けて鬼塚と中野だけが降りて宿に入るだろう。前道から宿の入口までは数メートル。中に入るまでに数秒しか時間はない。入口周辺に潜める様な障害物も無ければ、その数秒で中野を殺るのは困難だろう。ここでもし殺るとなれば狙撃だが、狙撃ができるほど高い建物もなければライフルも無い。使えるのは愛銃のコルトパイソンとナイフのみ。それだけの装備で中野相手に数秒でケリをつけるのは無理…か。


神谷はやはり三ケ所のホテルだと四条大宮で決行するのが一番成功確率が高いと思った。それに伴って残された問題の一つに、鬼塚と中野がいつ四条大宮のホテルに帰るか不明確だという事が挙げられる。


(誰かが北区もしくは清水寺のどちらかで張り込みをしてくれたら助かるんだがな)


久本を張り込みに使おうにも、それをしてしまったら四条大宮のホテル前で騒動を起こさせる事ができなくなる。理想は久本以外で最低でも二人を北区と清水寺の宿周辺に配置する事だが、現実的にそれは難しい。何なら一人でも良い、何とかならないものか。そこで神谷は一度は久本に電話を入れた。コール音が鳴る前に久本は電話に出た。丁度タイミング良くスマホを触っていたのだろう。


「もしもし?」


日頃ほとんど掛かって来る事のない神谷からの電話に久本は少々困惑している様子だった。


「もしもし。今大丈夫か?」


「はい、大丈夫ですよ。どうかしたんすか?」


神谷は久本に三ケ所のホテルを下見した結果の一部始終を手短に話した。


「それでだ。四条大宮で騒動を起こす役かホテルの監視を任せられる人間を探している。誰か頼める奴いないか?」


「まぁ、それなら四条大宮の方は俺がやりますよ。丁度協力してくれそうな奴もいますし。問題は監視役ですけど…金を渡せばバイト感覚でやってくれそうな奴はいますよ。でも…うーん」


「どうした?何か考えがあるなら教えてくれ」


「問題は鬼塚と中野の顔が分かるものがあるかですよね。鬼塚はともかく、中野の顔は俺も知りませんし。それに乗っている車も分からなければ情報量が少なすぎる気もします。早く実行に移さなければ中野に感づかれる事を懸念されているのだとは思いますけど、神谷さんらしくないですよ」


「…………」


「出過ぎた真似だとは重々承知してます。どうせあてにならない監視役を探すぐらいだったら神谷さんが言う四条大宮のホテルに奴らが来る事にヤマを張りませんか?三日ほど。それなら騒動を起こす役の俺ともう一人を準備するだけで事足りますし、そいつも時間に融通が利くので。三ケ所のホテルを転々としているなら三日の内どれかには現れると思いますけど」


「いや、気にしなくて良い。そうだな、お前の言う通りちょっと俺らしくなかったかもしれない。で、そのお前が用意する奴ってどんな奴なんだ?友達か?」


「ええ、友達です。信用できる奴なんで心配いりませんよ」


「そうか、分かった。ならそっちは任せるぞ。いいか?早速明日十七時から三日間四条大宮のホテルで張り込みを始める。お前はまずその友人にスケジュールの確認をしてくれ。それでもしそいつが明日から三日間いけるのなら明日決行だ」


「分かりました、一度聞いてみます。また結果を連絡します」


「そうだな。ちなみに何て名前の奴だ?」


「そいつですか?そいつは湊っていいます。歳も俺と同年代ですし腕っぷしもかなりのもんです。今回は湊の腕っぷしは必要としませんけど、また機会があれば声掛けてあげてくださいね」


「俺はヒットマン養成所を作った覚えはないぞ」


「ははっ。冗談ですよ。今回の計画も湊には言いませんし、ドッキリだとか適当にごまかして演技に徹してもらいます」


「じゃあ頼んだぞ」


そうして神谷は電話を切った。それで電話を切ってから声に出して言った。


「湊…ミナト…」


久本の口から初めて聞く名だった。それほど親しい仲なら名前ぐらい聞いた事があってもおかしくない。いつの友人だろう。神谷は何か胸騒ぎの様なものを感じた。それは自分にとって未知の存在の湊に対してのものか、明日決行する事に対しての武者震いなのかは分からなかった。もしこの胸騒ぎが収まらない様なら、決行前に一度湊と会って話ぐらいしてから決行した方がいいかもなと思った。その場であれこれと考えたが、それも湊が久本の提案に乗って来てからの問題だ。今考えても仕方がないので神谷は一度ホテルへ戻り久本の連絡を待つ事にした。



その頃久本はというと、交換した湊の連絡先を探していた。そして受話器のマークの発信ボタンをタップしようと思ってやめた。その代わり「久しぶり!明日の夕方から空いてる? ?」と簡潔にメッセージアプリからメッセージを送信した。何となくだが電話よりもその方が良いような気がしたのだ。すると、すぐに既読が付いて湊から返事が来た。


「おいっす!全然空いてるよ!それよか今日釣りに来てんだけど、今晩行きつけの店で今日釣った魚を捌いてもらうんだけど久本っちも食べに来ない?他に予定があれば無理にとは言わないけどさ」


湊の返事に久本は少し考えたが、今晩は特に予定もない。だから二つ返事で湊からの誘いを受けた。


「おっけー!なら店が木屋町だから木屋町で待ち合わせでどう?あの大きな喫煙所の場所分かる?問題なければそこで19時に待ち合わせにしよう」


久本は湊のいう大きな喫煙所の場所を知っていたので「了解。じゃあまた後で」とだけ返事を返した。スマホ画面の左上に目を移すと、時刻は17時時を少し回ったところだった。今から支度を済ますと18時半には現地に到着する。もう少しゆっくりしてからでも良かったが、特にこれといってやる事も無かったので久本は支度を始めた。支度を進めながら、どう説明すれば湊が話に乗ってくるか考えたが、久本は湊が話に乗ると確信に近いものがあった。そして淡々と支度を済まし、待ち合わせ場所である喫煙所へと向かった。到着してからぐるりと一週見渡したが、まだ湊の姿は無かった。時刻は18時半を少し過ぎたばかり。久本は湊がすぐに気付ける様ベンチの隅へ腰掛け、煙草に火を着けた。三回ほど煙を吹かしたぐらいで「あっ」と背後から声が聞こえた。久本が煙草を咥えたまま振り替えると、そこにはジーンズにジャージを羽織った湊がクーラーボックスのショルダーを肩に掛けて立っていた。


「うぉっ、びっくりした」


久本は驚きの余り声を出して驚いた。


「まさかその格好で釣りに行ってたのか?」


久本は湊のジーンズに目を向けたまま言った。


「え?そうだよ?変?」


「いや、別に」


湊は普段釣りをしない久本が予想していた釣りの服装では無かったが、そんな事はどうでもいい。だからこれ以上は何も言わず話を切った。


「で、釣果はどうだったの?」


久本は湊のジーンズからクーラーボックスへ視線を移して聞いた。


「もちろん大漁さ。ほらっ」


湊は嬉しそうにクーラーボックスの蓋を開け、中を覗かせた。


「うーん……たしかに大漁だ。でも俺には種類までは分からないな」


「俺も知らない種類の魚もあるよ。ま、店の大将が適当に見繕って美味しいもん作ってくれるよ。ほら、早く行こう!店はここから近いから」


そう言うと、湊はクーラーボックスの蓋を慌ただしくバチバチッと閉めて歩き出した。


それから数分歩き、店が入っているという雑居ビルへとたどり着いた。


「ここの二階なんだ」


湊は歩きながら言うと、店の引戸を勢い良く開けた。


「らっしゃい!…あ、なんや湊か」


カウンターに立っていた大将らしき人物がわざとらしく落胆した。


「大将、常連に向かってそりゃあないよ。さっき電話でも言ったどこれで何か作ってよ」


湊はそう言い終わるとカウンターにクーラーボックスをドスンと置いた。大将は爆弾処理班の様にゆっくりと蓋を開けた。


「おお!思ってたよりいいの入ってるやんか!これは作り甲斐がある」


「でしょ?じゃあそういう事で頼むよ。座敷空いてる?」


「ああ、一番奥が空いてるからそこで頼むわ」


「さんきゅー」そう言い湊が座敷のある奥へと歩き出したので、久本も大将に軽く会釈をして湊の後を追った。だが、大将は久本の顔をチラッと見ただけで会釈を返さなかった。久本は客である自分への大将の対応に軽く不快感を示したが、まぁそういう人もいるかと気には留めなかった。湊は個室に入るなり座敷に腰を降ろし灰皿を目の前にスライドさせて、煙草に火を点けた。


「この店は個室だけ喫煙おっけーだから久本っちも吸いなよ」


「ああ、じゃあそうさせてもらうよ」


久本はそう言うと、ポケットから煙草を取り出し湊の対面になる様腰を降ろした。そして湊は今日の釣果について語り初め久本はそれを永遠と聞かされる羽目になった。あまりにも湊が嬉しそうに話すので久本も嫌な気持ちになる事なく快く話を聞いた。そして気が付くと先ほどの大将が自分達のいる座敷の襖を開け、おぼんから料理を並べ始めていた。久本は物音ひとつたてない大将の所作に少し驚きながらも目の前に並べられた料理に目をやった。


「大将これは何?」湊が聞くと、


「これはカワハギの肝醤油だよ。もしかして湊は苦手だった?」


「いや何の肝かなと思って。ありがとう!さぁ久本っちもどんどん食べて」


「ああ、それじゃあ遠慮なく頂くよ」


久本はカワハギの肝醤油を食べるのは初めてだったが、白子などの珍味類が嫌いじゃないから大丈夫だと思って口へと運んだ。口に入れた瞬間、肝の味よりも醤油の味が一気に広がった。肝心の肝の味は少し遅れてやってきたが、少し水っぽくあまり美味しいとは感じなかった。しかし久本は作ってくれた大将を前にして、ここで箸を置いてしまったら失礼だと感じて鉢に盛られた分は全て平らげた。だが、やはり醤油の味が強くあまり美味しいものではなかった。湊は箸に手をつけず、肝醤油を平らげる久本を終始見ていた。それはただ見ていると言うよりは食べ終わるのを待っているかの様にも感じた。もちろん久本はそれに気付いてはいたが特に何も言わなかった。すると湊が視線を手元に落としたまま久本に問いかけた。


「久本っちに一つ聞きたい事があるんだけどいいかな?」


久本は湯飲みに注がれたお茶を口に含みながら目配せをし、湊へ話を促した。


「神谷は今どこにいる?」


これを聞いた瞬間久本は息が止まりそうだった。なぜ湊が神谷さんを知ってる?たしかに今日神谷さんとの計画を手伝ってもらう相談をしようとはしていた。たが俺の口からはまだ何も話を初めていないし、前回会った時も神谷さんの名前は絶対に口にしてはいない。もちろん意図的に口にしていなかったのだが。なのになぜだ?なぜこいつは神谷さんの存分を知ってる?


質問をした湊の表情は恐ろしいぐらい冷ややかだった。恐らく普通の人間はこんな表情はできない。久本は直感でこいつは神谷さんの味方ではないと判断した。


「神谷?誰だそれ?」


久本は可能な限り、動揺を殺して聞き返した。すると湊は半笑いで言った。


「久本っちって意外と頭悪いんだね。この状況でとぼけても無駄だって分からないかな?俺は君の師であるヒットマンの神谷旬の話をしているんだけどな。これでもまだとぼけるなら今すぐ君を殺すよ?」


「湊…お前は何者なんだ?神谷さんに何の用がある?」


「本当にバカだね。逆に聞くけど君ら二人は思い当たるふしはないのか?」


「登竜会か?」


久本が言い終わると湊は指を鳴らし「ほら、分かってんじゃん」と笑った。


「そっ、俺は登竜会の姫村組の人間だ。で、鬼塚の親父からお前と神谷を消すよう直々に命を受けた。それで近付いた。だから俺らの出会いはたまたまなんかじゃない。それに…」湊が言うと、さっき料理を出して下がったはずの大将が襖を開けた。


「こいつも組員だ。飯田っていってな、つい先日兄貴分を神谷に殺されてる。だから今回は一芝居打たせて手伝わせた。もちろんこの店も組が所有するもんだからお前はここからは逃げられないし助けも来ない。完全に詰んでるというわけさ。ちなみにだが、俺のじぃちゃんも裏社会の人間でな。過去に神谷に殺されてるんだよ。だから親父は今回俺を抜擢したんだろうと思う」


すると大将に扮していた飯田が口を開いた。


「平岡さん、さっさと殺っちゃいましょうよ。こいつ見てると兄貴の事思い出して殺意が押さえられません」


「…だそうだ。心配しなくてもお前はもう死ぬ。だからさっさと神谷の情報を吐け」湊はまばたき一つせず久本に言った。

 

(なるほどな…こいつが小倉と同じ鬼塚の片腕の平岡か)


そして久本は口を開こうとした。が、唇がしびれて上手く広角が機能しない。それに徐々にだが、呼吸がしにくくなってきていた。急なストレスのせいだろうか。だらだらと冷や汗も止まらなくなっていた。


「あ…ああ………」


驚いた事に久本はすでに声もろくに出せなくなっていた。


そんな久本を前にして湊は驚いた様に飯田に言った。


「もう効いたの?ちょっと早くない?」


「テトロトドキシンは即効性がありますから」


「ちっ!!まじかよ!」


湊は立ち上がり、テーブルを蹴り上げた。


(テトロトドキシン?どこかで……)


久本はもうほとんど呼吸が出来なくなっていた。ついには倒れ込み、必死に酸素を取り込もうと座敷の畳の上をのたうち回った。


「押さえろ」


湊は冷えきった声で飯田に指示を出し、飯田はうつ伏せでのたうち回る久本の背中に乗り、動きを封じた。


「さっきお前が食ったのはカワハギの肝醤油なんかじゃない。あれはトラフグの肝だ。いくら素人でもあの量のトラフグの内臓を食えばどうなるか分かるだろう?」


「ど…毒…か……っ」


「そうだよ。お前はじきに死ぬ。本来ならフグ毒を食らってもすぐ処置すれば助かる場合が多いけどな。でも何も処置しなければほとんど助からない。もちろん俺はお前が死ぬまで見届けてからこの場を去るつもりだから生かして帰すつもりはないよ」


久本は全身が麻痺し、上に乗っかる飯田を振り払う事もできなくなっていた。それにろれつも回らなくなっていた。


「ちっ、とっとと情報を吐かないから完全に毒がまわっちまったじゃねぇか。もうろくに話せやしないね。ま、いいか。じゃあな久本っち」



そして久本には聞き取れなかったが、湊は飯田に何かを告げ、金色の長髪をなびかせながら一度も振り返る事なく部屋を後にした。それはまるで子供が今まで使っていたオモチャを違う新しいオモチャに乗り換える時の様にあっさりとしたものだった。そして久本はその後ろ姿を目に焼き付ける様に凝視したままゆっくり瞼を閉じた。


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