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『天使の銃弾』  作者: 土方 煉
11/13

『11』


「あーつかれた…」


久本はソファーに横になり、大きく伸びをする。机の上にはデリバリーピザや弁当の空容器が散乱している。久本はオアシスでの一件以来神谷の言い付けを守り、外出を控えていた。それにしても二週間も外出をしなければ体がなまってしかたない。疲労とはまた違った疲れが久本を襲う。神谷に言われた通り室内でできるトレーニングも一通りやった。だが、やはり実戦に勝るものはない。そろそろ神谷から連絡が入るだろうが、もう二週間経つ事だし一度外出する事に決めた。せっかく外出をするからには何か収穫が欲しい。とりあえず姫村組と中野についてできる範囲で調べてみようと考えた。かと言って、いきなりヤクザ者に当たって捕まったりでもしたらしゃれにならんから若いヤンキーにでも揉めない程度に聞き込みしてみようと思った。幸いにもこの街には半グレのヤンキーは探すのに困らないほどたくさんいる。


「まずはー…あそこだな」


久本は飲み屋ではなく、若者がたむろしているゲームセンターに向かう事にした。ここはゲーム以外にもボーリング場やカラオケなども入っており、さまざまなジャンルの人間で溢れかえっている。早速着替えを済ませると久本は足早に外へと出た。久しぶりの外の空気は気持ち良く、目当てのゲームセンターは自宅から徒歩で行ける距離だったが、用心の為にタクシー拾った。そしてゲームセンターに到着し、まずは一階のクレーンゲームのフロアを一周した。残念ながらここにはほとんどカップルしかおらず、それらしい半グレは見当たらなかった。続いてエスカレーターで二階へと向かうと格闘ゲームに熱中している半グレ三人を見つけた。一人がプレイをし、横で二人がスナック菓子と煙草片手に騒ぎ立てていた。ここでいきなり声を掛けるのも警戒されてしまう。何気なく半グレがしている格闘ゲームを背後から覗くと、シリーズは違えど久本が過去にハマっていたものだった。向かい合ったゲーム台の反対側を覗くと誰もプレイしておらず、空席だったので久本はそこへ腰をおろした。友人達とプレイしていたあの頃が懐かしいなぁと少し感傷に浸り、久本のいる反対側の台に写し出された半グレのプレイを見物した。見た感じシリーズは新しくなってキャラクターが増えてはいるが、基本操作やゲーム性はあの頃と同じだ。久本は一度やってみようと百円玉を投入口に入れた。そしてスタートボタンを押し込むと画面にはチャレンジャーと文字がデカデカと表示された。


「おっ!誰か入ってきたぞ!」とゲーム台の向こうから声が聞こえた。久本は過去にプレイしていたお気に入りのキャラクターを選択し、姿勢を正し座り直した。だがプレイが始まってみればゲームは久本の圧勝だった。初めのうちは逆サイドから「ギャハハ!やられてやんの!ちょっと代われ」と賑やかな話し声が聞こえてきていたが、回数を重ねるごとに声が聞こえなくなっていた。それにしても弱い。俺なんか何年かぶりにプレイしたのにってレベルだぞと久本は少し笑みを浮かべた。しかしその時、タイミング悪く半グレの一人がこちら側を覗きに来たのだった。笑みを浮かべていた久本とそいつは完全に目が合ってしまった。


(あっ…やべ!)


久本は条件反射で目を反らしてその場をやり過ごした。だが目が合った半グレは特に何も言わず反対側へと戻った。ゲームをきっかけに距離を近付けて色々と話を聞き出そうとしていたのを忘れる所だった。それにしてもどうやってあいつらとお近づきになろうか。そうこうしている間にまたもゲームがスタートしてしまった。勝つ事が目的ではなかったから一回ぐらい負けてやっても良かったが、久本の負けん気の強い性格がそれをさせなかった。そして見慣れたWINの文字がまたもや画面を覆いつくした時、何者かが久本の背後から首を締め上げた。


「っ……!?!?」


久本は喉に食い込んだ腕を引き離そうともがいたが、食い込んだ腕はビクともしない。すると背後から締め上げているであろう人物が話し出した。


「お前さっき笑ってたな?もしかしておちょくってる?」


今久本を背後から締め上げているのは、先程目が合った半グレのメンバーの一人だった。


「いやいや!そんな事ないってっ……!」


久本は必死に弁解をしたが、首に巻き付いた腕はどんどん締め上げる力を強めた。すると反対側の台から残りの二人がニヤニヤしながらこちら側へとやってきた。


「あっ、カワチン!なにしてんねん」


「なになに?そいつが対戦相手やったん?」


二人は久本を締め上げているカワチンと呼ばれる男のもとへとやって来た。


「こいつさっきお前の事小馬鹿にしながらプレイしとったで。だからちょっといじめたろ思て捕まえてん」


それを聞いた二人は大笑いし、「いいやんそれ!もっといじめたろう」と身を乗り出した。


一方、久本はカワチンの腕から逃れようと今もなおもがき続けていた。そんな久本を見てカワチンが言った。


「もう諦めろや。完璧に腕入っとるがな!」


(おっ、落ちる……!)久本がそう思った時、向かいの一人がカワチンを止めた。


「こんなんで落としたらもったいないでぇ。はよ連れて行こーや」


その一言で久本はかろうじて意識を失わずに済んだ。それにしてもどこに連れて行く気だ?


「おいっ…どこへ連れて行く気だっ…!」


久本がむせながら問い掛けるとカワチンが「そんなん内緒に決まってるがな」と笑った。


(これはマズいな……)久本は三人に囲まれる形で店から連れ出された。三人は近くのコインパーキングへと向かい、自分達の乗って来たミニバンの所までやって来た。まるで流れ作業の様に一人が後部座席のスライドドアを開け、カワチンがそこから久本を中へと押し入れた。久本は打開策を練ってはみたものの、あっと言う間に車へと押し入れられてしまった。


すると突然外からバキッ!という鈍い音が聞こえ、車がドスン!と揺れた。久本は体を反転させ外を覗いた。そこには見覚えのある奴がいた。金色の長髪に綺麗な顔立ち。端から見ると子供の様に幼く見えるそいつは、あの日久本の目の前でヤクザに拉致されたあの青年だった。


「あの人が殺しました」


チャッピーの声がフラッシュバックする。


(なんでこいつが……?)


久本が呆気に取られている内に状況がさらに変わる。車の下を見るとさっきスライドドアを開けた半グレが白目をむいて伸びていた。


「あんたら何やってんの?」


青年がそう問いただすとカワチンともう一人が「なんじゃわれぇぇ!!」と怒声を上げながら青年に拳を振るった。久本もその瞬間を終始見ていた。だが拳を振るったはずの二人がいきなりストンと膝から崩れ落ちた。


青年は無表情のまま崩れ落ちた二人に目をやり、「いきなり殴るって…ちょっとはこっちの質問にも答えなよ」と言った。そして車の中にいる久本に目を向け「大丈夫?」と声を掛けた。


「あ、ああ……大丈…夫かな?ありがとう」


「なら良かった。それよか早くここから逃げようよ。ほら、行くよ!」


そう言うと青年は突然走り出した。久本も青年に釣られて走り出す。


「待てや!ガキィ!!」


後方から恐らくカワチンであろう怒鳴り声が聞こえて来たが、二人はそれを無視し全力で走った。しかし久本の肺は久しぶりの全力疾走と普段からの不摂生のおかげですぐさま破裂しそうになった。


「はぁ…!はぁっ……!ま、待ってくれ…」


振り向いて後方を確認したがもうカワチン達の姿はない。だが青年は走るのを止めない。なぜだ?頼むからもう止まってくれ。久本がギブアップの意を表し足を止めた。すると、青年はアンテナでも付いているかの様に久本が足を止めた事を背中で察知し止まった。


「はぁ…はぁ…君…足はえーなっ…」


久本は両膝に手をつき、必死に呼吸を整えた。青年は聞き耳を立ててやっと聞こえるぐらいの息継ぎをしながら久本の方へと笑顔で向かって来た。


「まーね。身体能力が高い事だけが取り柄なもんなんで」そう言うとさらににっこり笑顔を見せた。


「それより…何で助けてくれたんだ?」


「ん?特に理由なんてないさ。連れて行かれるあんたを見かけたから追いかけてみただけ。ま、暇だったからって事で」


「はあ……まぁ、それでも助けてくれた事は事実だしなっ。感謝するよ。何か御礼させてくれないか?」


「別にいいってそんなの。そんなつもりで助けた訳じゃないし」


青年は気付いてないだろうが、久本はこの青年と初対面ではない。聞きたい話が積もるほどあった。このまま行かせる訳には行かない。少々強引ではあったが、久本は青年の手を引いて近くの焼肉屋へと向かった。


「ここまで来て今さらだけど、飯まだ食べてないかな?」


久本が聞くと青年は少し困った様子で「まぁ…」と答えた。


「ま、好きなだけ食べてよ。俺も初めての店だから美味いか分からないけど」


久本が話し終わる前に青年はメニューを開き、真剣な眼差しで見つめていた。


(変わった奴だな……)


青年はメニューの隅々まで目を通し、本当に食えるのか?と言いたくなるほどの量を注文した。


「何であんな事になったの?」


久本は青年の声でハッと我に返った。


「ん?ああ、格闘ゲーしてたら絡まれてさ…ほんと危なかったよ」


「そりゃ災難だったね。でもお兄さん結構腕っぷし強そうなのに意外だね」


「そうかな?」


「うん、何となくそんな気がする」


「君も凄かったじゃない。あいつら結構年上だろう。それを三人もいっぺんにのしちゃうなんて」


青年は少し不思議な顔をしながら「年上?」と聞き返した。その顔に疑問が浮かんだ久本は「え?歳いくつ?」と尋ねた。


「今年で25だよ」


「うっそ!!俺と変わんねーじゃん!」


青年はまだ不思議そうな顔で「だろーね。俺は最初から同世代ぐらいだろうと思ってたけど 」と言った。


「幼く見られない?」


「見られるよ。それに背も低いから余計に…」青年は大げさに肩を落とした。


「あ、何かごめん…」


久本が気を遣って謝罪すると、青年は笑顔に戻り「冗談だって!別に気にしてないよ。俺は(ミナト)って言うんだ。よろしく!」


久本は何だ冗談かとホッとし、「俺は久本。よろしく」と自己紹介をした。それからは互いに趣味の話や仕事の話をした。聞くと湊は現在無職だと言う。昨年亡くなった祖父の遺産が多額だった為、それで十分生活できている様だ。久本はヒットマンとして活動している事は伏せて、現在は土木作業員をしていると言った。湊は久本の嘘を見抜けるはずもなくあっけなくそれを信じた。久本は自分を助けてくれた恩人に対して真実を話せない事に少々心を痛めた。


「それにしてもさっきの湊くんすごかったな。何か格闘技とか武道やってんの?」


「湊でいいよ。俺は何も習ってないしトレーニングもしてないよ。ただ元いじめられっ子でさ…人より強くなる事しか身を守る術がなかっただけなんだ」


「じゃあ昔は何か習ってたんだ」


「いいや、独学っていうの?ひたすら不良漫画と格闘技の入門書を読み漁ったよ」


湊は言い終わると「やばくない?はははっ」と愉快に笑った。でももしそれが冗談じゃなく本当の話なら、それだけでこの強さは異常だ。だが湊の人柄のせいか、久本は湊を特段驚異に感じなかった。


「まじ?それはすげぇーな」


「そうかな?人間追い込まれればある程度何でもできるって」


「いやいやいや。俺なんて成長スピードすんごい遅いから!」


久本は言い終わってからしまったと思った。すると案の定、湊は突っ込んだ、


「遅いって、何の成長スピードが?」


「えっ?あぁ、実は俺も少し格闘技をかじってるんだ」


「そうなんだ!何だ早くいってくれよー」


久々は危うくヒットマンとして活動している事を喋ってしまう所だった。それほど不思議と湊とはうまが合い、親密になりつつあった。


「それにしても湊の髪…凄く綺麗な金髪だよな。それだけ綺麗だと色を維持するの大変だろう?」


湊は長く綺麗な髪の毛先を指でつまみ「実はこれ地毛なんだよ」と言った。


「嘘!?じゃあもしかして湊ってハーフ?」


「そうだよ。別にそれで得した事はないけどね」


なるほどな、これで全て合点がいった。湊の端正な顔立ち、目を引く綺麗な髪色。そしてこの身体能力の高さ。久本は根拠はないがハーフだからこそ得られた恵まれた資質だと納得した。


「ハーフって事は両親のどちらかが外国人なんだよな。俺、ハーフの知り合いっていねぇーからすごく新鮮だよ」


「親父が外国人なんだ。とは言っても親父は日本での生活が長いから日本語ペラペラだよ」


「へぇーすごいな!親父さんは日本でどんな仕事してるんだ?」


「仕事?親父の仕事はごく普通のサラリーマンだよ。どこにでもいる営業マンってやつ」


「そうなのか。まぁ日本語がペラペラなんだったら営業マンでも楽勝だな」


「でも顔は外国人だから変な感じするけどね」


「たしかに」


それからも久本と湊は終始くだらない話で盛り上がり、店を後にした。店を出る頃にはすっかり友情すら感じられるほど打ち解けていた。


「久本っち、ご飯ご馳走様!今度は俺が何かご馳走するよ」


「いいって、そんなに気を使わないでくれ。あくまでこれはお礼なんだから」


湊は久本の肩を抱き「そんな事言うなってー」と茶化した。久本はそんな湊を不快感を抱く事なく、受け入れていた。


「じゃあまた連絡するよ!俺家この辺だしまた酒でも飲もう」


「ああ、そうだな。いつでも誘ってくれ」


そうして久本は湊に見送られる形で二人は別れた。久本はゆっくりと帰路につきながら考える。もしあの時、偶然湊が現れなかたったら俺は今頃どうなってたのだろう。良いとこ金を巻き上げられて終わり。いや、あの三人の感じだとそれはないか。どちらにせよ湊がいてくれて良かった。今は姫村組に追われる身。些細な事でも神谷に報告すべきだと久本は考えていたが、見習いとはいえヒットマンの端くれの自分が見ず知らずの半グレにさらわれそうになったとは流石に言えない。久本はこの一件を神谷には黙っておく事にした。そしてしばらく歩いていると、久本の視界に少し大きめの公園が入った。公園の存在は知っていたが特に用事がなかったので今まで足を踏み入れなかったが、久本は何となく公園内に入ると、周囲に人気が無いのを確認しファイティングポーズを取った。そこで今日の半グレ三人の顔と背丈を思い浮かべながら自分なりの三人の倒し方をゆっくりフォームを確認しながら行った。しかし何度やっても湊の様に三人をあっさり倒す動きが思いつかなかった。同世代でこんなにも差があるのかと落胆した。それに湊は自分みたいにヒットマンになろうとしている訳じゃないただの素人だから余計に落ち込む。久本は、俺には才能がないのか?と自身のポテンシャルをも疑った。


「お前は一体こんな所で何してんだ?」


突然背後から声が聞こえ、久本は驚いて振り返った。そこにはいつも通りの無表情で煙草を咥えた神谷がいた。


「え?神谷さん…何でこんな所に?」


「別に意味なんてないさ。それより鬼塚と中野の手掛かりを掴んだぞ。奴ら三ケ所のホテルを転々として暮らしてるみたいだ」


「嘘!?どうしたんですか?」


「無理矢理聞き出したんだよ。でも今回はさすがにやばかった」


久本は神谷の口調からまた誰か殺めたのかと察したが、これ以上何も言わなかった。


「これで一気に中野に近づきましたね。その三ケ所のホテルにはいつ向かうんですか?」


「うーん、そうだな…すぐにでもって言いたい所だけど色々と準備も必要だしな。来週か再来週ぐらいの予定だ。とりあえず今週はゆっくりしておけ」


「分かりました。ちなみにその準備って何を準備するんですか?武器の調達ですか?」


「武器の調達をしたい所だが、多分あまり期待できない。よく考えてみろ、ここは俺らにとって完全にアウェイだ。武器の流通ルートは登竜会や姫村組の奴らが牛耳っているだろうしな。だから銃器の類いはもちろん、刀や戦闘に特化した刃物類もダメだろうな」


「え…?じゃあどうするんですか?」


「一応できる限りの努力はする。ある程度のナイフならアウトドア用品店で揃うからな。後は中野や鬼塚がいるとされるホテルの間取り図の把握と何処で始末するかって計画を練る。だからお前はそれまでゆっくり体を休めておくといい。もちろん俺は殺られるつもりはないが、一応お前も急に死んでも悔いの残らない様に時間を使え」


「悔いの残らない様に…」


「そうだ、お前ももう肌で感じているだろうが、俺らの稼業はいつ何時だって気を抜けない。明日も生きられるという一見当たり前な事が通用しない。だから毎日今日で死ぬかもと考えながら一分一秒を大切にしろよ」


「俺は簡単にはやられませんよ!って言いたい所ですけど…たしかにそうですよね」


「ま、中野とケリをつければしばらくは平穏に暮らせるさ。だが鬼塚との関係もあるからその辺上手くやらないと登竜会に追われる事になるがな」


「それも踏まえての準備期間って事ですね。俺も自分なりにできる事をします」


「おう、便りにしてるぞ。些細な事でも何かあればすぐに報告な」


「分かりました」


久本はこの時、湊との出会いを神谷に伝えようと口を開きかけたが、神谷は言い終わると背を向け歩き始めたので結局何も伝えられなかった。しかしこの時の久本の判断が、後に後悔を招く事となるのだった。


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