君を覗かせて
すごく前髪の長い同じクラスの男子が気になる。顔を覆い隠す漆黒は上質なシルクのようでとても気になる。
今日は席替えがあり、彼が窓際の席に決まる。僕は彼がよく見える斜め後ろの席に席替えした。
10月初めのこの頃、まだ暑い日が続くためか窓が開いていた。風が吹いて欲しいと願いながら黒板より彼に集中しながら授業を受けた。秋は台風の季節かな、風の強い日が何日かあったが彼は学校を休んでいた。僕は残念な気持ちをぐっと抑え、休んでる日のノートを見せたいので彼の家を担任から聞き出した。もちろんでまかせでしか無く、彼の顔が拝みたいだけだった。
自分の帰り道の逆方向の電車に彼の家の前にたどり着いた。おんぼろのアパートで、雨漏りやネズミが出ると言われても何も不思議に感じさせないような貧相な身なりの建物だった。チャイムがないのでドアをノックしようとしたらドアが開いてたらしくそのまま入る形となった。
「黛くんいるー?」
返事がないが存在感のあるふとんのこんもりがあり近付く。おそるおそるめくると、可愛い丸坊主の頭がお出迎えした。なんだこれ・・・
「んん・・・」
涙を浮かべながら寝返りを打つ彼と目が合った。飛び起きる彼。
「なっえっ誰」
視認されてなかったらしい。同じクラスの学生証を出し安心させた。彼は布団の上で正座をして汗を尋常じゃない量流しながら青ざめた顔で僕のことを見てた。
「本当に君は黛くんなの?」
彼はぐちゃぐちゃの制服から学生証を取りだし僕にみせてくれた。髪を後ろで縛り顔が全部出てる貴重なショットだ。今の髪の毛が3mmぐらいの長さしかない彼と同じ顔だったため理解した。
「ノート見せに来たの」
「そうなんだ・・・テスト落ちない程度でいいからそんな気を使わなくていいのに」
これが僕と黛くんの初めての会話だった。初めて話す人が家にいるのどんな気持ちだろうか。僕はずっと君を知りたかったんだけど。
黛くんは謎の人物でテストの成績も誰も知らないし友達がいるかも知らないしお昼にどこでご飯を食べてるかも知らない。授業中にしか会えない妖精ぐらいに思っていたが、ここ何日間か休んでる理由はその髪型が原因なのだろうか。
「髪・・・」
「え、うん」
「髪型違くても学校来て欲しい」
彼の耳が赤くなる。目も何となく潤んでるように感じる。彼が唇を震わせながら小さい声で囁く。
「もう少し自分でも慣れてから行こうと思ったんだけど」
坊主の自分とのギャップで来れなくなってたのか!?やばい可愛すぎる・・・じゃあ何故極端にも坊主にしてしまったのかが気になりすぎる。僕は無意識に彼の頭に触れていた。ぴくんと驚く肩や耳は小動物を思わせる。ビビリだから前髪が長かったのかといろいろ考えてしまう。
「あんた俺のこと笑ってるの?」
睨んでる彼は鼻まで赤くなっており、怒ってはいるものの恐怖を感じさせない、絶妙なバランス。
僕は手をゆっくり動かし彼の頭を堪能した。途中で怒りより気持ちよくなったのか目がとろんとしてきた。猫を飼ってた経験がここで活かされたのだろうか・・・
「・・・親が」
親が彼の頭を施術した、ということなのだろうか。親の判断は正しい、彼の顔はつり目の一重で和風そのものなのだが、こんなにころころ表情が変わると印象がだいぶ違う。すごく愛嬌がある。暗めな言動やビビりな性格に対してこの表情筋は不思議である。お菓子をあげたくなる顔。
「黛くんとてもかっこいいと思うので学校来て欲しい。黛くんの髪型を講評したいんだけど、切れ長の目と美しい生え際の形、蝶のように薄い耳に控えめな色のそばかす、何より瞳が美しいのをこの髪型はとてもよく見せている。上品な唇からつむぎ出される言葉は正直ゲボとかゴミのように幼稚で悲しく感じる人もいるかもしれないが、黛くん君は表情が豊かだ、すごく少年ぽくて、可愛いと思いました・・・」
彼は唇を噛んで恨めしそうに僕を見ている。布団の上で手をグーにして二、三度打ち付ける。悔しそうに布団の上に顔面をダイブさせた。
「・・・」
「え?」
「保健室登校する」
「一緒に学校行こうよ、迎えに行くから」
「・・・し・・・」
「何?」
「あんたも坊主にして俺の登校ハードル下げろ」
僕はパーマのかかったマッシュの茶髪でこれにはいくらか金がかかってる。僕が黛くんを拝むために住所を聞き寝てる彼に寄り添ってしまったことに対し坊主にすることで差し引きゼロになるのだろうか。坊主にする必要は微塵も感じられないが、このまま黛くんが籠りきりになるのは寂しいので黛くんちの近くの1000円カットに向かった。
~~~
「2人なら怖くない、はず」
坊主にした僕の手を両手で握る黛くんは耳が赤かったもののさっきより目が開いており明るく感じた。僕の頭はまだら模様になっておりそれを指で彼がなぞってくすぐったかった。
明日が来るのが怖い。黛くんと二、三個すっ飛ばして仲良くなってしまったようで。