悲しみ
**
県大会が近くなるにつれ、光は毎日遅くまで部活での練習に励んでいた。
遠くから、テニス部員の掛け声が聞こえてくる。
今日もいつものように校門で、私は光を待っていた。
ざぁ…っと風が吹き、桜の木を揺らす。
校門の前に咲く桜から散ってしまった花びらが、少し冷たい夕暮れの風に吹かれて私の足元をさらさらと流れていった。
2年生の春になってからーー私は不安になっている。
日に日に、私と光の距離が遠く離れていくのを感じていた。
昔の頃のように無邪気に笑い合ってーー
お互いをかけがえのないものだと思っていた時が懐かしく感じる。
今はもうーー
その輝きで沢山の人を魅了している光が、とても怖くて堪らない。
そして、いつの日か私の前から姿を消してしまうのではないかという大きな不安を抱いている自分がいた。
「光!」
声にはっと後ろを振り返る。
校門から中を覗くと、校庭の真ん中で光と親しげに話をする男子生徒の姿があった。
その男子生徒は、光がよく憧れだと目を輝かせながら話していたテニス部の部長、3年生の佐久間さんだった。
練習試合の応援に同行した際に、何度か挨拶をしたことがある人だと覚えていた。
ーー嫌な予感。
光と佐久間さんは、数分間親しげに話をすると二人で校舎裏に歩いてい行った。
ーー光…!?
私は、とっさに二人の後を追った。
ーーきっと、部員として相談とか話しているだけだよね。
後を追いかけながら嫌な予感と、戸惑いが頭の中を混乱させていた。
校舎裏の倉庫の前で話し合っている二人を見つけ、とっさに光の名前を呼びかけた。
「ひか…!」
次の瞬間、声が出なくなった。
光と佐久間さんが、キスをしている光景が目の前に飛び込んできたのだ。
唇を重ね合わせている光は、私が今までに知らない女の子の顔をしていた。
衝撃のあまり、力が抜け通学カバンが地面に落ちた。
地面に落ちたカバンの音に、二人がこちらを振り向く。
「!ーー影!?なんでここに…!」
光は私の姿を見て、佐久間さんととっさに体を離す。
「…影…あの…」
光は戸惑った表情をしながら、立ち尽くす私の傍に心配そうに近寄る。
我に返った私は、カバンを無造作に拾い上げ、校門に向かって走った。
「影ーー!」
後ろで私を呼び止めようとする光の不安な声を振り切り、私はその場から逃げるように走り去った。