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ここは廃れたガルの村。今はなき生命の匂いにガル達は涙を流す。だが、泣いてばかりもいられぬのが世の情け。それは立ち止まることを許さぬ無常を、分からせるための季節の変わり目。春の木漏れ日はどこへやら、いつの間にやら日は長くなり、照り付けるような太陽がガル達の身のみならず心まで焼くのだ。焦燥したガル達はやがて、魔物の本質を失いつつあり、血眼で王都に向けて業軍を開始する。生い茂る木々は太陽光を完全に遮断することは叶わず、乾いた森の中を歩む死の行軍を焼き付ける。まるで急かすように、命の灯を燃やし尽くすように。
蹂躙されたガルの村は、最早魔物の村と言い切ることは出来なかった。そこには営みがあったのだ、人間から隠れて慎ましく生きていたとはいえ、確かに生きていたのだ。ガル達はそのことを胸に刻みながら、しかし振り返ることなくただ死地を求めて歩き続けるのだ。
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帝都は変わり果てていた。特に帝国民は敗戦モードでげんなりとしているというのに、兵士たちの顔から笑顔が消えることはない。私はこのちぐはぐさが理解できずに、思わず身近にいた兵士に声をかける。
「すいません、兵士さん。帝国は王国との戦争に負けて賠償金もあるはずです。なのに兵士さん達はなぜ呑気に兵士を続けていられるのですか?その武器も少しは金になるのではないのですか?」
「あぁん?俺らは命がけで戦争から生き延びてきたんだ。ひと時の幸せを味わわせろよ。ん?お前鋤なんて持ってるのか。まぁ平民にはわからねぇか」
「命がけ・・・?その割には兵士の中で負傷している人はあまり見かけませんが。それに命がけで戦って負けただなんて、それこそ帝国民に対して立つ瀬がないのではないのですか?」
「だぁー!喧しいやつだな、俺らは命がけで戦ったんだよ。これ以上何か突っかかってきたら反逆罪で俺も容赦しねぇぞ?」
平氏が殺気立つが、聞きたいことは概ね聞けたのでそこで兵士と別れる。やはりあの戦争で兵士は命がけで戦ってなどいなかったのだ。魔物を精神干渉の魔法で操る、あれこそが帝国の切り札であり、逆に言えば兵士たちは切り札があると油断していてまともに王国軍と戦わなかったのだ。クラーク砦に洗脳されたダハウィと私しかいなかったのもこれで納得がいく。そして自分たちの切り札がいともたやすくリュー君率いる冒険者たちに無力化されてしまったので、自分たちの不祥事を隠すために帝国軍は真面目に戦ったという体にして、帝国民に負担を強いているのだ。
「それで戦争に参加した帝国民が野垂れ死ねば、生き証人も減って好都合という訳ですか・・・。変わっていませんねこの国は。思えば他人の命をゴミの様に扱う国でしたね。皇帝が復活の魔法を使うために沢山の魔力持ちを殺した時も、洗脳した魔物の効果を調べるために王国の国王の娘を襲わせた時も。こんな国滅んでしまえばいいのに」
最後の方は小声で悪態をつく。私は周りに流されるタイプであった、村の仲間が帝国に歯向かって見せしめに殺された時も、押し黙っていた。だが、戦争でリュー君達と出会ってからだろうか。多様な生き方があるという事を学んだのだ。
「あぁ、ここに彼らがいれば・・・」
「リグウェル、俺様を呼んだか?」
「・・・え?リクさん!?なんで帝国に?と言うか王国民という事はバレていないんですか!?」
「ちょっ、声が出けえよ。まぁなんだ、俺様は戦争が終わった後の王国の雰囲気が肌に合わなくてな。今はブラリ一人旅の途中だ。この後は砂漠の地底都市行く予定だが、その前にリグウェルがどうしてるか気になってな。帝国兵にはバレてねぇから安心しろ」
「そうですか、また会えてうれしいです。帝国は御覧の有様です。王国への賠償金は莫大な金額なのに、帝国兵達は命がけで戦ったと嘯き、結局帝国民が負担を強いられているという状況です」
「なんだそりゃ、地獄だな。リグウェル、こんな国出ちまおうぜ?旅はいいぞ」
リクさんが私を旅に誘ってくれる。その申し出自体はとてもありがたい。故郷の村を追い出された私には帰るべき場所がない。それならば放浪旅と言うのも悪くはないだろう。だが、私はここでやるべきことがあるのだ。
「すいません、実は妻が帝国兵に売られてしまって。妻を取り返さないといけないんです、帝国兵を殺してでも」
「・・・」
人を殺すという事に躊躇いはない、相手が憎ければなおのことだ。リクさんは暫く沈黙した後、予想外の事を告げた。
「オメェは戦場で何を学んだんだ。折角拾った命を無駄にするような真似をするんじゃねぇよ。リューが泣くぞ?」
「それは・・・。ですが、今の私には生きる希望は妻しかいないんです」
「オメェもリューに感化されやがって。先走るなって言ってんだよ。俺様が手伝ってやるから」
チラッとリクさんが私の首にかかっているペンダントを見た気がした。そして私の手助けを申し出てくれた。それは予想外のことで、およそ自分のことを第一に考えていたリクさんの口から出た言葉とは思えずに、ポカンとする。
「おい、何呆けてるんだ」
「驚きました、リクさんが助けてくれるなんて」
「おい勘違いするなよ、何も俺様一人でオメェを助けられるとは思ってねぇよ」
「え?じゃあなんで?」
「丁度オメェと同じで、帝国に恨みを持っている生き物に心当たりがあるんだよ。それもとびきり強力で、砦だって落とせるぐらいのな」
そしてリクさんは地底都市がある砂漠の方をちらりと見た。それだけで私にはリクさんの伝手が分かった。本当にリューさんをはじめ、彼らはの思考は柔軟で、かつ美しい。種族の括りや偏見を持ち合わせていたらおよそ及びもつかないような考えを、何の躊躇いもなく口に出す。
「俺様もオメェの話を聞いてこの帝国にイラついていところだ。この帝都、落とすぞ。そして帝国兵どもにきっちりと落とし前をつけさせてやる」
リクさんが不敵に笑った。彼の目には何が見えているのだろうか、私には分からないが、仲間になるとここまで頼りになるとは。リクさんが出した右手に、私は拳骨を軽く当てる。




