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「・・・あれ?ここは?」
「良かった良かった、気付いたんだねリュー君。ここは僕たちが暮らす洞窟だよ、ほら見覚えがあるだろう?リュー君は魔隠密の魔法を使った後、眠ってしまっていたんだよ」
「完全に安全ってわけじゃないけど、今回の遠征は乗り切ったのね。ありがとうリュー。貴方がいなければ今頃父さんは・・・」
「・・・よしてください。まだ王国は諦めてないと思います。大厄災が起きる前にまた必ず遠征隊は来ます。僕に出来るのはその場限りの時間稼ぎしか出来ないんです」
「いやいや、君は凄いよ。本当にありがとう。魔族の王たる魔王として、ここに感謝の意を示すよ」
結局魔族の皆は助かった。だが、ラティムさんの命が次の大厄災までの命、つまり後3年もないのは変わりないし、王国が完全に諦めたという事もないだろう。それに僕が生きている間は良いが、もし僕が消えると王国は今度こそ魔族を滅ぼすかもしれない。それが怖くて仕方がない。僕はちっぽけで、今回も魔族を守るので精いっぱいだった。
(ライザは大丈夫だろうか?)
僕は洞窟の出口の方を見やる。森は鬱蒼と茂ってはいるが、ライザの安否までは確認も出来ない。僕は人間だ、ガルと違って殊更鼻が利くわけでも無い。もどかしい、プレゼントを渡して友と呼んでおきながら、今は安否さえ分かりやしない。途方もない虚無感に襲われて、どっと疲れが押し寄せる。
「僕はもう行きます・・・。長い間ここにいても不自然ですし、はやく王都に帰らないと」
「待ってくれリュー君。最後にもう一度だけお礼を言わせてくれ」
「そうよ、魔族皆がリューに感謝してるんだから」
そして魔族たちは最後に最大限の感謝を僕に伝えて、頭を下げる。彼らは笑っていた、その笑顔を見て僕もつられて笑った。心の中ではライザの事が気になっているし、一刻も早く安否を確認したい。だがそんな事はおくびも出さず、努めて明るく振舞う。努々忘れるなかれ、僕は彼らの命を救ったのだ。堂々と振舞う事こそが彼らのためになるのだ。魔族の洞窟を出た後は、急いで王都に向かう。
王都では国王の演説が終わりかけていた。ヒステリックに叫ぶ若者をゴザ協会のシスターがたしなめている姿を見て、何処かホッとする。意外だったのは国王がシスターを咎めていなかったこと、それどころかむしろ魔族との争いを避けているように感じられたことだろう。僕は国王が魔物の討伐と共に魔族の殲滅を目論んでいて、それらの目標を達成することで王都の住民に安心感を与える狙いがあったのだろうと考えていた。だが、どうやら国王の狙いは魔族の殲滅では無かったようだ。
(僕は何か誤解をしていたのか?有り余る兵力で後顧の憂いを断ち切るのが目的じゃなかったのか?ただ単に魔物を討伐することが目的だったのか?それでシスティアにテラ花を渡された時にテラ花が発光したのか?思えば両親を魔物に殺されたシスティアと娘を魔物に殺された国王は、状況が似ていた。だがそれなら僕はまたも思い違いをしたのか?)
「見ろ、王国軍が帰ってきたぞ!」
その言葉と共に群衆が振り返りワッと歓声が巻き起こる。その言葉に僕も思わず振り返ると、魔物の返り血で汚れた王国軍と、魔物の死体の山があった。思わず僕の動悸が速くなるが、魔物の死体はどれもイスファ=リアより巨大であり、ガルの姿は一匹も見当たらなかった。当然ライザの姿も確認できず、僕はホッと息を吐く。
(良かった、今回の遠征の目的は大厄災の時に脅威になるような大型魔物の討伐だったんだ・・・)
安心したら何だかお腹がすいてきた。今日は頑張った、少し早いがパテンさんの宿に帰ってぐっすりと休むことにする。広場を立ち去る前にシスターと目が合って、向こうが微笑んできたので僕も笑顔を向ける。今まで空回りばかりの人生だったが、ようやく命を守ることが出来た実感と、蒔いた種から芽が出てきた実感を同時に味わいながら、僕はパテンさんの宿屋に向かった。
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ここはラスティ王国の王都の近く。と言っても日はすっかり沈み、煌びやかさは欠片もない。深夜の闇に紛れて、王都に入る影を月明かりが照らし出す。影たちは奇妙な格好をしていた。元々暗いのに、さらにその暗がりに身を隠すように全身を黒いローブで囲っていた。そして大きな台車を運んでいた。その台車にはガルの死体が積み上げられていた。それなりの重さになるにもかかわらず影たちは台車を難なく引く。それは昼間の王国軍による魔族の死体引きを彷彿とさせた。そして影たちはラスティ王国の首都に近付くと、城壁に立っている守衛に目配せを送る。
「おい、俺達だ。実験体の回収を完了した」
「了解。ラスティ王国に栄光あれ」
「ラスティ王国に栄光あれ」
そして影たちは何食わぬ顔で城門をくぐる。王都の住民が知りもしない陰謀が今、確かに動いていた。




